#19 鬼神の行軍
土を蹴る音が、昼も夜も区別なく続いていた。
夜明け前に城門を抜けてから一昼夜、ザルク軍は休息も取らず進み続け、最初に出立した数の半分以上がすでに後方へ取り残されていた。
今、ザルクの背に続くのは、わずか百騎にも満たぬ精鋭だけ。
泥を踏むたび、鎖帷子が重く鳴る。馬の鼻息は荒く、汗に濡れた首を振るたび、白い飛沫が宙に散った。
「将軍、脱落兵が多数出ております」
副官が声を潜めて報告する。ザルクは馬上から前を睨み、わずかに言葉を落とした。
「ついてこられるやつだけでいい」
その一言で誰も足を止めなくなった。背後を振り返れば、補給の荷車や後続部隊はまだ遠い。――だが、彼らが来るのを待つつもりはなかった。この行軍は、深く、早く、相手の心臓を突き刺すための槍。その先端となるために、百騎の軍は土煙を上げながら進み続けた。
土煙の中、馬を寄せてきたのは副官フォルティスだった。鎖帷子の上に濃紺のマントを羽織り、腰の魔法剣が微かに紫電を走らせている。
「将軍、この速度を維持すれば……あと半日で国境線です。予定よりも半日早く到着できそうです」
ザルクは前を見据えたまま黙していた。フォルティスはさらに声を落とし、言葉を続ける。
「リスクはありますが、半日なら……私の“バーサク”のスキルで、体力の限界を越えられます」
短い沈黙のあと、ザルクが低く言った。
「大平原は死地だ。俺たちがリスクを恐れてどうする」
フォルティスの瞳が決意の色を帯びた。彼は剣の柄を握り直し、姿勢を正す。
「――承知しました」
次の瞬間、フォルティスが呪文を低く唱え、魔法剣が赤熱した。灼けた刃が閃光を放ち、“バーサク”の魔力が軍列全体に走る。兵士たちの胸に刻まれた疲労が、昂揚に塗り替わり、百騎の精鋭の脚がさらに速く地を叩き始めた。