#16 先手
戒厳令の翌朝、ユトはザルクとミレニアを軍議室へ呼び寄せた。
部屋の中央には大きな地図が広がっていた。
「……ビーストフォークが来る」
低い声に、二人の表情がかすかに強張る。
ユトは指を地図に沿わせ、言葉を重ねた。
「ただし、いつもの南西からではありません。森を北へ抜け……ここ、北西に出るでしょう」
地図の上で、濃い緑の帯が南北に走っている。その西寄り、やや南の一角にビーストの印。そこから細い赤線が北へ伸び、広大な平原で止まっていた。
ザルクは剣の柄に手を置き、苛立ちを隠さず問いかける。
「なぜ今なんだ?」
ユトは視線を地図に落としたまま、言葉を返さない。
沈黙を割るように、ザルクがさらに詰める。
「具体的に、いつ動く」
ユトはゆっくりと顔を上げた。
「……明日の夜明けには動き始めるはずです。森を北上する道のりは、人なら十日、ビーストフォークでも五日はかかります。しかし――」
彼は赤線を指でなぞり、静かに続けた。
「彼らが“プレーン”を使えば三日でここまで来るでしょう」
「待て、それは……森を越えて攻め込むということか?」
ユトは静かに頷いた。 ザルクが苛立ったように、声を荒らげる。
「ならば、大平原で決戦すれば済む話だろう、何を悩むことがある!」
ユトは視線を地図に落としたまま、低く答えた。
「……犠牲が大きすぎる。平原でぶつかれば、多くの血が流れる。奴らの兵站は広大な森林に守られている。こちらが守りに徹すれば、補給線を整え、じわじわと押し込んでくるだけだ」
指先が地図の森をなぞり、さらに北西の一角で止まる。
「……ビーストフォークの領に先手をかける」
ザルクの顔に怒りが浮かぶ、、机を蹴るように一歩前へ踏み出し、怒声をぶつけた。
「ガイエンブルグ城はどうなる! 王都の援軍がなければ、五日も保たんぞ!」
「勝つためだ」
「ふざけるなぁ!!」
ザルクの怒声が軍議室の壁を震わせた。
その時、静かな声が割り込んだ。
「……わたしが行きます。」
ミレニアが地図に目を落としたまま告げる。
「広大な平原なら、私の範囲魔法で防衛線を張れる。少なくとも……数日は稼げるはずです。」
短い沈黙の後、ユトが低く言い放った。
「ザルク、五日だ。五日で牙を折らなければ、ガイエは落ちる。」
それは同時に、ミレニアの死も意味していた。ザルクは振り返らず言い放つ。
「……もぬけのからなんだろ。三日もあれば十分だ。」
ユトはその背を見つめながら、言葉を飲み込んだ。
***
その夜、ドラグニアの小さな村が、静かに燃えていた。
いつも『ヴァルドラ=エイル戦記』を読んでくださり、ありがとうございます。
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