#12 鉄を打つ約束
ルーンは神殿の前で深く息を吸い込んだ。
「ここが神殿か……空気が澄んでいるね」
とつぶやくと、傍らのディルフェが言葉を返した。
「王子、やはり緊張はされていないのですね」
ルーンは肩をすくめ、
「少しはしてるよ。だって、トリスさんは少しむずかしい人だって聞いたからね」
と笑う。
ミルダが気を揉むように
「なにかお菓子でも持って来たほうがよかったですかね……」
と口を挟むと、ルーンは軽く笑い、
「そうだね、けど、甘いものより——」
と言いかけたところで、ディルフェが小声で制した。
「王子!」
奥から現れた神官が静かに頭を下げ、彼らを大広間へと導く。
広間には司祭と数人の神官が並び、厳かな空気が漂っていた。
「お待ちしておりました。こちらが当神殿の司祭でございます」
と神官が紹介する。ルーンは王族らしい所作で一歩前に出た。
「はじめまして、ユグレインス王国、第一王子ルーンです。本日は国の願いを胸に、この地に参りました。お会いできて光栄です」
ディルフェは控えめに一礼し、ミルダは小声で「わあ……」と感嘆の息をもらす。
司祭は温かなまなざしで応えた。
「はじめまして、ルーン殿下。我らも、王子のご来訪を心より歓迎いたします。王子のご用向きはすでに伺っております。剣を鍛えるために、この神殿を訪ねられたと」
ルーンは頷き、
「はい。どうか、お力をお借りしたい」
と願いを口にする。
司祭は横を向き、一人の鍛冶師を呼び寄せた。
「もちろんです。王子のために、我が国が誇る鍛冶師をお呼びしてあります。こちらがトリスです」
腕を組んで立つ男は、軽くうなずくだけだった。
ルーンは布に包まれた素材を差し出した。
「さっそくですが、トリス殿、こちらをご覧ください」
布を解いた瞬間、トリスの眉がわずかに動いた。
「これは……、聞いていたものと違うな。王家の宝物庫からの品じゃない」
司祭が驚きの表情を見せ、
「ルーン殿、いったいどういうことです?」
と問いかける。
ルーンは少し笑みを浮かべ、静かに言った。
「もちろん、自分で取りに行きました。生涯使う剣ですから、素材も自分で決めたかったんです」
一瞬の沈黙のあと、トリスが豪快に笑い声を上げた。
「がぁはぁっは、気に入った! 打ってやる!」
彼は素材を手に取り、目を細めて重みを確かめると、真剣な顔に戻る。
「……だが、これだけの素材だ。火入れに五日、いや十日か。鍛えるのにさらに十日、磨きと調整を合わせて、一ヶ月はもらうぞ」
トリスは腕を組み直し、ニヤリと笑った。
「最近、ヴォルグがいい仕事しやがったからな。あいつばかりに良いカッコさせられねぇ」
ルーンは「期待してます」と笑みを返し、場は和らいだ。
やがて王子たちは神殿を後にした。
残された神殿で、トリスは再び素材を手に取った。司祭が静かに尋ねる。
「……それほど良い素材だったのですか?」
トリスは低い声で答えた。
「いや、ただの鉄だ――だが……良い鉄だ」