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第三十三話:最初のくじ引きと、無垢なる証明

 私が考案した、罠。

 その設計図は、私の頭の中にだけ存在する。あとは、これを、実行に移すだけだ。

 だが、その「実行」こそが、この計画の、最も抵抗がある部分だった。


 その夜、私は、自室で、四枚の、同じ大きさに切った羊皮紙の切れ端を、机の上に並べていた。

 一枚一枚に、私は、絞り込んだ容疑者たちの名前を、丁寧に書きつけていく。

 アンナ、マリー、セラ、エマ。


(この中の、誰が…)


 これ以上の捜査で、犯人を一人に絞り込むことはできない。

 だとしたら、私がやるべきことは、一つ。

 この四人を、一人ずつ、私の仕掛けた「鏡」の前に、立たせることだ。無垢なる者は、そのまま通り過ぎ、罪を犯した者だけが、その醜い姿を映し出される、真実の鏡の前に。


 だが、誰を、最初に?

 私は、四枚の羊皮紙を、それぞれ、固く折り畳んだ。

 そして、空になったお茶の缶に入れると、目を閉じて、心の中で、ただ一人に、祈りを捧げた。


(我が君、お導きを…)


 缶を、数回、振る。カラカラと、乾いた音が、静かな部屋に響いた。

 私は、意を決して、その中に、指を入れた。そして、指先に触れた、たった一枚の紙を、ゆっくりと、引き抜く。

 目を開けると、そこに書かれていたのは、「マリー」という名前だった。


(…マリー先輩)


 チェンバーメイド(寝室係)の、真面目で優しい、穏やかな年上のメイド。

 私は、その名前を、静かに見つめた。

 彼女なら、「寝室の調度品」を口実にすれば、ごく自然に、罠へと誘導できる。

 最初の被験者。私は、そう、心を決めた。


 決行は、翌日の午後。

 私は、計画通り、私専用の準備室に【おとりの茶箱】を設置した。錠前には、既に、私の仕掛けが施してある。

 そして、その茶箱の【罠の鍵B】を、机の上の書類の隅に、まるで、うっかり置き忘れてしまったかのように、無造作に置いた。


 私は、寝室のシーツを交換しているマリー先輩の元へ、慌てた様子を装って駆け寄った。

「マリー先輩、大変です! 先ほどお嬢様の寝室に下がった際、ドレッサーの引き出しが、きしんで開かないようなのです! 私は今、お茶の準備で手が離せません。専門家である先輩に、一度、ご確認いただけないでしょうか?」


 私の必死の演技に、人の良いマリー先輩は、すぐに心配そうな顔になった。

「まあ、大変。すぐに見てまいりますわ。お嬢様がお困りになる前に」


 そして、私は、罠の最後の一手を打った。

「申し訳ありませんが、私、これから侍女頭に呼ばれていて…。ああ、いけない。茶箱の鍵を、机の上に置き忘れてしまいました。私が戻るまで、誰もこの準備室に近づけないよう、お願いできますか?」


 これは、「使っていい」という許可ではない。

 「見張っていてほしい」という、信頼に基づいた依頼だ。

 マリー先輩は、こくりと頷くと、「ええ、分かったわ。任せてちょうだい」と、優しく微笑んでくれた。


 私は、その場を離れ、物陰から、息を殺して、彼女の行動を見守った。

 数分後。マリー先輩は、何事もなかったかのように、寝室から出てくると、私の元へやってきた。

「リリアさん、引き出し、少し位置がずれていただけのようでしたから、直しておきましたよ」

「ありがとうございます!」

 彼女は、机の上の鍵には、一切、触れなかった。


 私は、深い安堵のため息をついた。

 だが、検証は、まだ終わらない。万が一、ということもある。


 その日の夕方。私は、一人、準備室に戻った。

 私は、【おとりの茶箱】の前に立つと、懐から、小さなルーペと、特殊な試薬の入った小瓶を取り出す。

 錠前の、小さな鍵穴。

 そこに、試薬を染み込ませた、細い綿棒を、そっと、差し込む。

 そして、ルーペで、その内部を、食い入るように見つめた。


 錠前の内部は、ただ、鈍い金属の色をしているだけ。

 あの、二つの粉末が接触した時にのみ現れるはずの、微細な「灼け痕」は、どこにも、見当たらなかった。


 私は、その場に、へたり込みそうになるほどの、深い安堵に、包まれた。

(よかった……。マリー先輩は、無実だ…)


 私は、お茶の缶の中に残った、三枚の折り畳まれた紙を、思い浮かべた。

 次なるくじ引きで、誰の名前が、私の指に選ばれるのか。

 それは、神のみぞ知る。いや、私が、決めることだ。

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