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第三十一話:容疑者リストと、過去の足跡

 私が「狩人」となることを決意した、その翌日から。

 屋敷の地下にある、埃っぽい記録保管室が、私の、第二の戦場となった。


 昼間は、セレスティーナ様の「専属給仕係」として、完璧な奉仕をこなす。

 そして、夜。皆が寝静まった後、私は、ロウソクの灯りだけを頼りに、このインクと羊皮紙の海へと、身を投じた。

 私が探す「痕跡」は、二つ。

 一つは、屋敷のメイド全員の、過去数ヶ月分の勤務記録。

 そして、もう一つは、料理長が、長年、几帳面につけ続けてきた、セレスティーナ様の体調不良が記録された「食事記録」だ。


 料理長は、私のただならぬ様子に、最初は眉をひそめていたが、「お嬢様のアレルギー体質の調査」という、もっともらしい嘘を信じ、協力してくれた。

「…お嬢様は、昔から、どうにも、お体が丈夫ではなくてな。何かの役に立つなら、持っていくといい」

 そう言って、彼は、分厚い記録帳を、私に託してくれたのだ。


 それからの数日間、私は、睡眠時間を削り、その二つの記録の照合に、全ての時間を費やした。

 前世で、膨大な判例集と、六法の条文を読み解いた、あの忌々しい日々。その経験が、こんな所で役に立つなんて、皮肉なものだ。


 左手に、メイドたちの勤務表。

 右手に、セレスティーナ様の食事記録。

 私は、まず、食事記録の中から、「原因不明の倦怠感」「軽い頭痛」といった、体調不良の記述がある日を、全て抜き出していく。

 そして、その日付と、メイドたちの勤務表を、一人、また一人と、照らし合わせていく。

 地道で、途方もなく、そして、心がすり減るような作業だった。


「この日は、アンナ先輩が、お茶をお出ししている。でも、マリー先輩も、セラ先輩も、エマも、同じ日に勤務しているわ…」


 だが、数日が過ぎた、ある夜更け。

 ついに、私は、一つの、恐ろしい法則性に、たどり着いてしまった。


 セレスティーナ様の体調が悪化した、全ての日。

 その全ての日に、共通して、彼女の身の回りの世話をしていたのは、たった4人のメイドだけだったのだ。


 私は、震える手で、その名前を、一枚の羊皮紙に書き出した。


 チェンバーメイド(寝室係)、アンナ・先輩。

 チェンバーメイド(寝室係)、マリー・先輩。

 キッチンメイド、セラ・先輩。

 スティルルームメイド(製茶係)、エマ。


 五十人以上いたはずの容疑者が、たった、四人にまで、絞り込まれた。

 もちろん、これは、状況証拠に過ぎない。

 この四人の中に、真犯人がいるのか。。

 それとも、全く別の、第五の人物がいるのか。


 答えは、まだ、分からない。

 だが、私は、初めて、敵の輪郭を、具体的に捉えることができたのだ。


 私は、その四人の名前が書かれた羊皮紙を、強く、握りしめた。

 その瞳には、疲労の色と共に、獲物を見つけた狩人だけが持つ、静かで、しかし、燃えるような光が宿っていた。


「見つけましたよ、尻尾を」


 私の、本当の戦いは、ここから始まる。

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