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第二十一話:氷の令嬢と、初めての嘘

 ウィルクス商会への、謎の資金援助。

 黒幕に繋がる、ようやく見つけた一本の糸。だが、その糸は、屋敷の中にある資料だけでは、手繰り寄せることができないと、すぐに分かった。

 公的な記録に残らない、裏の金の流れ。それを追うには、もっと、生々しい情報が集まる場所へ行かなければ。


(……もう一度、王都へ)


 自室のベッドの上で、私は、固く決意していた。

 だが、問題は、どうやって屋敷を抜け出すか、だ。

 専属メイドという役職は、四六時中、セレスティーナ様の側にいることが仕事だ。前のように、気まぐれな「休日」を与えられるとは限らない。


 考えあぐねた末、私は、一世一代の大芝居を打つことにした。

 翌朝、セレスティーナ様にお茶をお出しする際、私は、わざとらしく、深いため息をついてみせた。


「……リリア」

「はっ!」

「昨日から、あなたのそのわざとらしい溜息は、一体何なの。聞いているこちらの気が滅入るわ」

「も、申し訳ございません!」


(よし、食いついた!)

 私は、内心でガッツポーズを決めると、しおらしい声で言った。

「実は、先日お休みを頂戴した際、王都の活気に触れ、私の荒みきっていた心が、少しだけ潤いまして…。もし、もしも、もう一日だけ、お休みを頂戴できるのであれば、私のこの淀んだ心も、完全に浄化され、これまで以上に、お嬢様への奉仕に邁進できるかと…」

「要するに、またサボりたい、ということね」

「滅相もございません!」


 我ながら、完璧な理由付けだった。これで、怪しまれることなく、一日、自由な時間が手に入るはずだ。

 しかし、セレスティーナ様は、じっと私の目を見つめると、予想だにしない一言を、放った。


「…あなた、何か企んでいるわね」

「……へっ!?」


 見透かされている。私の心臓が、嫌な音を立てて跳ねた。


「いいでしょう。その『リフレッシュ』とやら、許可します」

「ほ、本当でございますか!?」

「ただし、条件があるわ」


 セレスティーナ様は、氷の微笑を浮かべた。それは、獲物を見つけた、美しく、そして獰猛な肉食獣の笑みだった。

「あなたのその『リフレッシュ』とやらに、私も付き合ってあげるわ」


「……………………へっ!?」


 私の思考は、完全に停止した。

 な、なぜ!? 私の極秘調査が! それに、我が君と二人きりで王都に!? 心臓が、保つはずがない!


「た、たまには、私も息抜きが必要だということよ。お忍びだから、護衛も最小限にするわ。…何か、不都合でもあるのかしら?」

「い、いえ!滅相もございません!光栄の極みでございます!」


 断れるはずもなかった。

 こうして、私の人生で最も緊張するであろう、「セレスティーナとのお忍びでの王都行き」が、強制的に決定してしまったのである。


 自室に戻った私は、頭を抱えてベッドの上を転げまわった。

(どうしよう…! 我が君と一日中一緒だなんて、私の邪念が暴走してしまう! それに、調査なんてできるはずがないじゃない!)


 だが、数分後。私は、むくりと起き上がった。

(いや、待てよ。これは、逆に、チャンスかもしれない)

 私が常に側にいれば、我が君の安全は、完璧に確保できる。その上で、やり方次第では、情報を手に入れられるかもしれない。

 例えば、セレスティーナ様を表通りのカフェでお茶でもしていただき、その隙に、私だけが、裏情報が集まる場所へと向かう。


(……我が君を、騙すような形に、なるけれど)


 胸が、ちくりと痛んだ。

 初めて、我が君に対して、明確な「嘘」をつこうとしている。

 だが、私は、すぐに首を振った。


(これも全て、あなた様をお守りするため。この罪は、私が全て、背負ってみせる)


 王都へ出かける日の朝。

 約束通り、私たちは、お互いに、身分を隠すための簡素な街着に着替えていた。

 豪華なドレスを脱ぎ、飾り気のないワンピースを纏ったセレスティーナ様。その姿は、いつもの『氷の薔薇』とは違う、どこか儚げで、年相応の少女の可憐さを感じさせた。

 私は、思わず、その姿に見惚れてしまう。


「…何よ、その呆けた顔は」

 セレスティーナ様は、ぶっきらぼうにそう言うと、私の前に、すっと、その手を差し出した。

「行くわよ、リリア。置いていかれたくなかったら、ちゃんと掴んでいなさい」


 彼女は、少しだけ、本当に少しだけ、楽しそうに、そう言って笑った。

 私は、差し出されたその手と、彼女の笑顔を、交互に見て、固まる。

 そして、恐る恐る、その手に、自分の手を重ねた。

 繋がれた手のひらから伝わる、柔らかな感触。私の顔が、沸騰したように、真っ赤に染まっていく。


(ダメだ、しっかりしろ私! これはデートじゃない! 諜報活動だ! 任務なんだから!)


 心の中でそう絶叫しながらも、私の心臓は、これまでで一番、大きな音を立てていた。

 恋心と使命感の板挟みになりながら。

 私と、我が君の、奇妙で、危険な「お忍びでの外出」が、今、始まろうとしていた。

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