第百十八話:二人の救世主
玉座の間は絶対零度の魔力と私のか細い祈りだけで満たされていた。
腕の中でセレスティーナ様が時折苦しげに身じろぎをする。その魂が「器」の囁きと戦っているのが痛いほど伝わってきた。
(大丈夫です、お嬢様。私が、必ず……)
その静かな決意を打ち破るように城の外から響いてきたのは地鳴りのような雄叫びと断末魔の悲鳴だった。
何事か。私は玉座の間の扉を固く閉ざしセレスティーナ様を背に庇いながら短剣を握りしめた。律章復興派の最後の抵抗か。あるいは全く別の第三勢力か。
やがて外の喧騒が嘘のようにぴたりと止んだ。
そして玉座の間の巨大な扉がゆっくりと軋んだ音を立てて開かれていく。
そこに立っていたのは私が今最も恐れていた人物だった。
「イザベラ……様……!」
燃えるような真紅の礼装に身を包みその肩には巨大な戦斧。彼女は律章復興派の残党を一掃してきたのだ。
その瞳にはもう天媒院で見たような高慢な光はない。ただ自らが信じる何かを遂行するためだけの絶対的な覚悟の色が宿っていた。
「決まっておりますでしょう。この世界の、バグを、削除しに来たのですわ」
彼女は大戦斧をその切っ先が床を擦るように引きずりながら一歩、また一歩と距離を詰めてくる。
バグ? 削除?
その意味不明な言葉が逆に彼女の常軌を逸した狂気を私に突きつけていた。
「どきなさい、メイド。あなたに、用はございません」
「お断りします」
私は震える足に叱咤を入れ対峙した。
「この御方を、傷つけるというのなら、このリリアが、お相手です」
イザベラ様は私の言葉を鼻で笑った。
「あなたごときが?わたくしの、相手に?……笑わせますわね」
彼女が戦斧を構え直したその時。私は叫んでいた。
「あなたも、同じなのでしょう!?」
「……何が、ですの?」
「あなたも、何かを、守るために、ここにいる!その瞳は、ただの、野蛮な破壊者のものではない!何かを、必死に、守ろうとしている者の、瞳です!」
私の魂からの叫び。
それに彼女の動きがほんの一瞬だけ止まった。
だが次の瞬間その瞳に宿ったのはより深く、そして冷たい決意の光だった。
「ええ、そうですわよ」
彼女は静かに告げた。その声は氷のように冷たい。
「わたくしは、守るために、ここにいる。あなたも、この国も、愛する家族も、全てを。……そのために、わたくしは、彼女を、討たねばならないのです!」
その独善的で、しかし揺るぎない正義。
私は理解した。
彼女もまた私と同じなのだと。
ただ守りたいもののその「範囲」が違うだけ。
彼女は全てを救うために一人を犠牲にする。
私は一人を救うために全てを敵に回す。
どちらもが譲れぬ「正義」をその胸に抱いて。
二人の救世主は今この絶望の玉座の間で対峙したのです。
第百十八話「二人の救世主」、いかがでしたでしょうか。リリアとイザベラ、それぞれの譲れない「正義」が、ついに、激突しました。
次回、第百十九話「魂の叫び」。二人の信念の、その先に、果たして、どのような、未来が待っているのか。どうぞ、お楽しみに。
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