第一話:無気力メイドと氷の薔薇
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完璧な笑みを顔に貼り付け、完璧な角度でお辞儀をしながら、私の心はどこまでも冷え切っていた。
(はいはい、今日もメイドのお仕事、お疲れ様です、私。この異世界転生は、一体なんの罰ゲームなんでしょうかね?)
私の名前はリリア。表向きは、貧しい村から働きに来た、ごく普通の少女ということになっている。
しかし、その中身は――司法試験に盛大に滑って人生に絶望した、二十代半ばの元・日本人だ。
トラックにでも轢かれたのか、過労で倒れたのか、前世の最期の記憶は曖昧だ。ただ、気づいた時にはこの体になっていて、ファンシーなメイド服を着せられ、石鹸の作り方から叩き込まれていた。
ここは、私が知る歴史のどこにも存在しない、剣と魔法が普通にあるファンタジー世界。そして私は、有力貴族であるヴァイスハルト公爵家に仕える、権力なし・コネなし・特殊能力なしの、ただのモブメイドAである。
前世でエリート法曹への道を盛大に踏み外した私が、今世ではメイド。……笑えるくらい、ぱっとしない人生だ。
だからもう、何も期待しないことにした。波風立てず、面倒事を避け、ただ息をするように、この与えられた役目を全うする。それが私の、第二の人生における、ささやかで、そして唯一の目標だった。
「ねえ、聞いた? またお嬢様、朝からご機嫌が麗しくなかったそうよ」
「いつものことじゃない。あの銀色の髪を見るだけで、こっちまで呪われそうだわ」
「しっ! 聞こえるわよ!」
リネン室の隅で、同僚のメイドたちがひそひそと声を潜める。
彼女たちの言う「お嬢様」とは、この屋敷の主、セレスティーナ・フォン・ヴァイスハルト様のことだ。
この国では、銀髪は古来より「不吉の象徴」とされているらしい。月と同じ色であることから、狂気や災いを招くと信じられている、実に前時代的な迷信だ。
その銀髪を持って生まれてしまったセレスティーナ様は、公爵家の一人娘という高い身分でありながら、使用人たちからすら腫れ物のように扱われ、遠巻きにされている。
まあ、私にとっては、そんなゴシップはどうでもいいことだった。
(面倒そうな人、というのが第一印象。よって、関わらないのが吉)
それが、私がこの屋敷で平穏に過ごすための、最適解のはずだった。
廊下を磨き上げる作業をしていると、カツ、カツ、と大理石の床を鳴らす、冷たい足音が近づいてくる。
顔を上げなくとも分かる。この屋敷の絶対君主にして、私の雇い主。人呼んで『氷の薔薇』こと、セレスティーナ様のお成りである。
私は慌てて立ち上がり、壁際に寄って深く頭を垂れた。
銀色の髪が、私の目の前を通り過ぎていく。
その髪は、不吉だなんて到底思えないほど、月の光を溶かし込んだように繊細で、美しかった。だが、彼女が放つオーラは、真冬の氷のように鋭く、人を寄せ付けない。
最後まで、私という存在が彼女の視界に入ることはなかった。
よし。今日も一日、平穏無事に過ごせそうだ。内心でガッツポーズをした、まさにその時。
「リリア」
背後から、侍女頭の厳しい声がかかった。
「はい、なんでしょうか」
「セレスティーナ様がお呼びです。書斎の整理を手伝いなさい」
「……え」
私の思考が、フリーズする。
書斎。そこは、セレスティーナ様が最も長く過ごす、彼女の領域。いわば、ラスボスが待ち受ける魔王城の玉座の間だ。
なぜ、入ったばかりのモブメイドAである私が、そんな重要任務に?
呆然とする私に、侍女頭は釘を刺すように、冷たく言い放った。
「いいこと? くれぐれも、粗相のないようにね。お嬢様の癇に障るようなことがあれば、どうなるか……分かっているでしょう?」
その言葉は、ほとんど脅迫に近かった。
どうやら私の平穏な一日は、始まる前に終わりを告げたらしい。
私は、これから向かう戦場を思い、誰にも聞こえない、深くて長いため息をついたのだった。
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