炭鉱街の休息と、鉄の都への道
峡谷地帯を抜け、俺たちを乗せた蒸気機関車は、夕暮れと共に中間地点である炭鉱街『コールベルク』に滑り込んだ。
駅といっても、あるのは給水塔と広大な石炭置き場、そして作業員たちの詰め所くらいのものだ。
停車するなり、ドワーフの技師長たちがカンテラを片手に飛び出し、車体の点検を始める。
「……ひでえもんだな」
俺も一緒に降りて車体を確認する。
車輪周りや装甲板には、昨日の『鉄喰い』たちに齧られた無数の傷や凹みが刻まれていた。
塗装は所々剥げ、鉄の地肌がむき出しになっている箇所もある。
だが、技師長は顔をしかめるどころか、その傷跡をどこか誇らしげに撫でていた。
「フン、見た目は悪いが、肝心の足回りと機関部は無傷だ。あいつらの顎を弾き返したってことだからな。いいデータが取れたわ」
「走るのに支障はないか?」
「ああ、問題ねえ。最後まで走りきれるぞ」
その言葉に、護衛のメンバーたちも安堵の息を漏らした。
この街には冒険者が泊まれるような宿はない。
今夜も、ヴァンデルを出発してからずっとそうしてきたように、客車のシートで雑魚寝することになる。
硬いシートでの睡眠も数日目だ。体はすっかり慣れてしまっている。
ロウェナは「きょうも、きゃんぷ!」と、むしろ楽しそうに毛布にくるまっていた。
翌日。
機関車の整備と補給のため、列車は丸一日コールベルクに停車することになった。
俺たち護衛部隊は、二交代制で見張りと自由時間を回すことに決めた。
午前中はベテランの『ライオット』が見張りにつき、午後は俺たちと若手の『ファーリヒト』が担当する。つまり、今は自由時間だ。
「せっかくだ、街を見て回ろうぜ」
俺は『ファーリヒト』の若者たちに声をかけた。
彼らの武器は、昨日の戦闘でボロボロになっていた。鋼鉄の甲殻を相手にしたせいで、刃こぼれが酷く、中には折れてしまった槍もある。
「はい! 是非ご一緒させてください!」
炭鉱街だけあって、市場には武骨だが質の良い鉱石を使った武具屋が並んでいた。
武器を物色しながら、若手の一人がクリスに敬意の籠もった眼差しを向ける。
「昨日は本当に助かりました。クリスさんの指示がなかったら、俺たち全滅してましたよ。……あの動き、どこで習ったんですか?」
「え? ああ、それは全部、師匠からの受け売りですよ」
クリスが俺の方を見て笑う。
「師匠って……エドさんが?」
「はい。僕は師匠の弟子ですから」
それを聞いた若者たちは、驚きと共に俺とクリスを交互に見た。そして、何やら納得したように頷き合う。
「なるほど、クリスさんが師匠で……その師匠のエドさんは、俺たちから見れば『大師匠』ってことか!」
「へっ? だいししょー?」
ロウェナが面白がって真似をする。
俺は思わず顔をしかめた。
「おいおい、よしてくれ。爺さんみたいで背中が痒くなる」
「ええっ、でも!」
「『エドさん』と『クリスさん』でいい。な?」
俺が釘を刺すと、彼らは顔を見合わせて笑い、「わかりました、エドさん!」と元気よく返事をした。
「エドさん、どんな剣を選べばいいんでしょうか……」
改めて相談してくる若手剣士に、俺は棚から一本の剣を抜き放って見せる。
「対魔物を考えるなら、切れ味よりも『芯の太さ』を選べ。重くはなるが、今回みたいな硬い相手でも折れにくい」
「なるほど、耐久性重視ですか……!」
彼らが真剣に新しい相棒を選んでいる間、俺はふと、隣の道具屋の軒先に並べられた妙な商品に目を止めた。
「……親父、こりゃなんだ?」
指差したのは、手のひらサイズの革袋だ。中には黒い粉が詰まっているらしい。
「ん? ああ、若いのお目が高いな。そいつは『爆炎袋』だ。中身は細かく砕いた粉末状の石炭さ」
「石炭?」
「袋ごと相手に投げつけて、粉が舞ったところに火種を放り込むんだ。そうすると、ドカン! と派手に爆発する」
なるほど、炭塵爆発の原理を利用した簡易爆弾か。
炭鉱夫たちが発破作業に使ったり、あるいは坑道で起きる事故を武器に応用したものだろう。
「威力はあるが、管理が面倒だぞ。湿気ると使い物にならねえし、うっかり火のそばで袋が破れりゃ、自分が吹っ飛ぶ」
店主はニヤリと笑って脅してくる。
俺は袋を手に取り、重さを確かめた。
「どうだ? お前らも一つ持っておくか?」
俺が『ファーリヒト』のリーダーに振ると、彼は青ざめて首を振った。
「い、いえ……俺たちの主戦場は船の上ですから。火を使う武器はちょっと……」
「ああ、そうか。そりゃそうだな」
船火事は命取りだ。彼らが尻込みするのも無理はない。
だが、陸の旅なら使い道はあるかもしれない。いざという時の目くらましや、今回のような群れを相手にする時の切り札として。
「俺は貰っておくよ。とりあえず二袋だ」
俺は金貨を払い、慎重にそれを腰のポーチへ収めた。
その後、ロウェナが市場で石炭を磨いて作った黒光りするアクセサリーを物欲しそうに見ていたので、小さな髪飾りを一つ買ってやり、俺たちは機関車へと戻った。
翌朝。
山盛りの石炭と水を積み込んだ蒸気機関車は、再び長い汽笛を上げてコールベルクを出発した。
ここからの道のりは、驚くほど順調だった。
魔物の襲撃もなく、列車は数回、街道沿いの小さな給水所に止まり、ひたすら走り続けた。
五日ほどの時間が流れるにつれ、車窓の景色は荒野から文明の色を帯びていった。
線路沿いに、小さな集落や工場が点在するようになる。
通り過ぎる建物の看板には、『ネジ工場』『板金加工』『リベット製造』といった文字が見える。
「なるほど、この辺りの町は、それぞれが特定の部品を作っているんですね」
クリスが手帳にメモを取りながら感心する。
「この巨大な機関車も、一人の天才が作ったわけじゃなく、この一帯の職人たちの結晶というわけですか」
空の色も、澄んだ青から、徐々に煤煙の混じった灰色へと変わっていく。
それは、目的地が近いことの何よりの証だった。
そして、五日目の夕方。
ついに、その全貌が姿を現した。
「うわぁ……!」
ロウェナが窓に張り付き、声を上げる。
西の山脈の麓、巨大な扇状地に広がる大都市。
街全体がまるで針山のように無数の煙突を突き立て、そこから絶え間なく煙を吐き出している。
夕闇が迫る中、街のあちこちにある巨大な溶鉱炉の火が、街全体を赤々と照らし出していた。
「やまが、もえてるみたい」
ロウェナの言葉通り、それはまるで地上の星空か、あるいは火山の火口を覗き込んだような圧倒的な熱量だった。
カン、カン、キン、カン……。
風に乗って、無数の金属を叩く音が重なり合い、まるで街の鼓動のように響いてくる。
大陸中の職人が集まるものづくりの聖地。
『鍛冶の街』カレドヴルフだ。
列車は長い汽笛を鳴らしながら速度を落とし、街の入り口にある巨大な操車場へと滑り込んでいった。
プシューーーーー……。
完全に停止すると同時に、多くの労働者やドワーフたちが駆け寄ってくる。
彼らは煤と傷だらけになりながら走りきった「鉄の馬」を見て、帽子を投げて歓声を上げた。
「到着だ! 荷降ろしを手伝うぞ!」
俺たち護衛も、最後の仕事として積荷の搬出を手伝った。
重い鉄骨や木箱を次々と降ろしていく。
全ての荷降ろしが終わった頃には、すっかり日が暮れていた。
「世話になったな」
ドワーフの技師長が、ぶっきらぼうに俺に手を差し出してきた。
その手は油と煤で真っ黒だったが、力強かった。
「いい腕だったぞ。また乗りたきゃ、いつでも来い」
「ああ。面白い旅だったよ」
俺は苦笑してその手を握り返した。
『ライオット』の面々も軽く手を挙げて去っていき、『ファーリヒト』の若者たちは俺たちの前で整列し、深々と頭を下げた。
「エドさん、クリスさん! 本当にありがとうございました! お二人の教え、忘れません!」
「気をつけて帰れよ。海でも元気でな」
彼らを見送り、俺たちは駅のゲートをくぐってカレドヴルフの街中へ。
その足で、冒険者ギルドへと向かった。
受付で依頼達成の手続きを済ませ、報酬の入った重い袋を受け取る。
これで、護衛任務は完了だ。
「ふぅ……。やっと着きましたね」
クリスが肩の力を抜いて伸びをする。
「おなかすいた!」
ロウェナが俺の服を引っ張る。
俺は二人の頭をポンポンと撫で、賑やかな大通りを見渡した。
「そうだな。まずは宿探しと……この街一番の美味い飯でも食いに行くか」
「うん!」「はい!」
鉄と火の都、カレドヴルフ。
俺たちの新たな旅の拠点が、熱気と共に俺たちを歓迎していた。




