森の入り口で耳にした話
宿場に早めに着いたおかげで、時間に余裕があった。
埃を落とし、身なりを整えてから一階の食堂へ降りる。
夕食にはまだ少し早いが、すでに何人かの旅人が食事や飲み物を楽しんでいた。
俺も隅の方の席に陣取り、宿の主人に勧められた本日の特別料理とエールを注文した。
運ばれてきたのは、肉と豆を煮込んだ素朴なシチューと、皮ごと焼いた堅焼きパン。
そして冷えたエール。
歩き疲れた体には、何よりのご馳走だ。
ゆっくりとスプーンを運びながら、食堂内のざわめきに耳を傾ける。
様々な地方の言葉が飛び交っていて、それだけ多くの人がこの宿場を利用していることがわかる。
ふと、近くのテーブルに目をやった。
五人組の一団が、地図を広げながら何やら話し込んでいる。
装備から察するに、どうやら冒険者らしい。
剣士、戦士、斥候、薬師、といった具合にバランスが取れているように見える。
こういう場所では、地元の情報通は冒険者であることが多い。
どうせなら、これから向かう森のことについて何か聞いてみるのもいいだろう。
食事が一段落したところで、俺は席を立った。給仕をしていた女性に目配せし、先ほどの冒険者たちのテーブルを指差す。
「すいません、あの人たちの人数分のエールを、俺からの奢りということでお願いします」
給仕の女性は少し驚いた顔をしたが、すぐに笑顔で頷いた。
エールの入ったジョッキが五つ、冒険者たちのテーブルに運ばれていく。
冒険者たちは不思議そうな顔をして給仕の女性を見上げていたが、「そちらのお客様からです」と俺の方を指差されると、一斉に俺の方を向いた。
俺は軽く会釈をして、彼らのテーブルに近づいた。
「突然失礼します。旅の者ですが、少しお話ししてもよろしいですか?」
リーダーらしき大柄な戦士が、戸惑いつつも席を勧めてくれた。
「ああ、構わないぜ。エール、ありがとうな」
俺は空いている席に座り、自己紹介をする。
「エドウィンです。気ままに旅をしている者です」とだけ伝えた。
「俺たちは『黒い短剣』ってパーティーだ。リーダーのゴードンだ」
大柄な戦士、ゴードンがそう言って、他のメンバーを紹介してくれた。
筋肉隆々のもう一人の戦士がザック。
引き締まった体つきの女性剣士がフィオナ。
小柄で素早そうな女性が斥候のライラ。
そして、学者風の細身の男性が薬師のピップだという。
彼らは森を抜けた先の街『ノーレスト』を拠点に、この宿場周辺で活動しているらしい。
「ノーレスト、ですか。その街について、何かご存知ですか?」
「ああ、『黒葉の森』を抜けた先にある街だ。木材の産地で、かなり賑わってる街だよ」
ゴードンが答える。黒葉の森…なるほど、森の名前は『黒葉の森』か。
「その森は、やはり広いですか?」
「広いなんてもんじゃないさ。地図で見ただろう? 端から端まで抜けるのに、慣れた足でも数日はかかる。木の本数が半端じゃなくて、葉が鬱蒼と茂ってるせいで、昼間でも薄暗いんだ。だから『黒葉の森』なんて呼ばれてるんだがな」
フィオナがエールを一口飲みながら説明してくれた。昼間でも薄暗い森か。なんだか少し、面白そうだ。
「それで…最近、その森で何か変わったことはありますか?」
俺が尋ねると、彼らの顔から少し笑顔が消えた。
ライラが少し身を乗り出して、低い声で話し始めた。
「最近、森に入る旅人や商人が、行方不明になるって話が立て続けに耳に入るんだ。衛兵も調査に入ってるらしいが、いまだに手掛かりが見つかってないらしい」
「魔物か? それとも野盗か?」
「さあな。魔物なら普通は痕跡が残るもんだが…」
ゴードンが腕組みをする。
野盗なら、荷物が奪われているはずだが、行方不明ということは、人も荷物もまるごと消えているのだろうか。
「結構、物騒なんですね」
そうは言ったものの、俺の胸の奥では、妙な好奇心というか、小さな期待感がむくむくと湧き上がっていた。
行方不明? 面倒そうではあるが…衛兵でもお手上げの事態、か。
彼らにお礼を言って席を離れる。
給仕の女性を呼び止め、明日の朝食と、ノーレストまで持つ分の携帯食を頼んだ。
森の中では宿がないだろうから、しっかり用意しておきたい。
「あと、干し果物も、小袋いっぱいにいただけますか?」
領都を出るときにマルコがくれた干し果物が、もうほとんどなくなっていたのを思い出す。
甘いものが無くなると、どうにも調子が出ないのだ。
給仕の女性は少し多すぎるのでは、という顔をしたが、頷いてくれた。
広大な『黒葉の森』。
昼間でも薄暗いというその場所で、人々が行方不明になっている。
面倒なことにならないといいが。
いや、もしかしたら、少しはアクシデントがあっても良いかもしれない。