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北の森へ


翌朝、目が覚めると、窓の外では聞き慣れない鳥たちがさえずっていた。


領都にいた頃も鳥の声は聞こえたが、どこか違う。旅先での朝は、なんていうか、体が軽くて、妙に清々しい気分になるものらしい。


これも旅の醍醐味の一つだろうか。



一階の食堂に降りていくと、もうすでに何人かの客が朝食を摂っていた。


夜明けとともに着いたらしき御者や、早朝から商談を始めたらしい商人たち。


皆、それぞれの慌ただしさの中にいる。


俺は彼らの邪魔にならないように、隅の席を選んで座った。


運ばれてきたのは、昨夜とおなじ硬いパンと温かいスープ、それから少し酸っぱいチーズ。


質素だが、旅の腹ごしらえには十分だ。



食事をしながら、持って降りた手帳を取り出し、昨夜確認したばかりの地図を広げる。この宿場は、街道のちょうど分岐点になっている。


南へ行けば、代官騎士様が話してくれた、広大な海に面した大きな港町。


北へ行けば、地図のほとんどを占める広大な森林地帯を抜け、その先に別の大きな街があるらしい。



さて、どっちに行こうか。




特に決めていないからこそ、悩ましいといえば悩ましい。

港町で潮風に吹かれるのもいいが、未知なる森の中を歩くのも捨てがたい。


周囲の話し声が、BGMのように耳に入ってくる。



「いやはや、南から来たんだが、道中で厄介なことになったぜ…」


「ああ、やっぱり出たか。最近は特に物騒らしいな」


「まったく、何処の街道も野盗どもが我が物顔で荒らしてるんだから困ったもんだ。商売あがったりだよ」


どうやら南の街道は、最近野盗の活動が活発になっているらしい。



面倒くさそうだ。



野盗ときたか。


腕試しにはなるだろうが、面倒な連中に絡まれるのは御免だ。


それに、巻き込まれた商隊や旅人が困っていたら、結局放っておけない自分もいる。


それはつまり、面倒なこと確定、ということだ。


一方、別のテーブルからはこんな声も。


「北の道は今は安定してるな。気候もいいし、森の中も通りやすいだろうよ」


北の街道は今は通りやすい、か。


普段の俺なら、間違いなく後者を選ぶだろう。


面倒な野盗がいる南は避けて、気候が安定していて通りやすい北。


それが、最も楽で、波風立たない選択だ。


野盗が出るということは、多少なりとも危険が伴う。


旅は気ままにするもの。


危険な場所には近寄らず、一人でひっそりと過ごすのが一番だ。




…いや待て。


確かに面倒は嫌いだが、困っている人がいたら…いやいや、いけない。 



すぐに面倒な方へ引きずられそうになる。

気楽な旅がしたいんだろう、俺は。


結局、俺は北へ行くことに決めた。




気候が安定している方が気分良く旅ができる。


それに、野盗に遭遇する可能性も、南よりは低いだろう。面倒に巻き込まれるリスクは少ない方がいい。


うん、これが俺らしい選択だ。


合理的で、面倒がなくて、何より気が楽だ。



食事を終え、カウンターで女将さんに代金を払った。


ついでに、森を抜けるのに必要だろうと、数日分の携帯食を頼んだ。


干し肉と堅焼きパン、それから乾燥スープの素。


女将さんは慣れた手つきで包んでくれた。



部屋に戻り、最終的な荷物のチェックをする。


背囊の中身を改めて確認し、腰の剣の状態を確かめる。


特に忘れ物はないだろう。


重すぎず、軽すぎず。


旅に必要なものは揃っているはずだ。



携帯食の包みを受け取って宿を出る。



朝日が街道を照らしている。


清々しい空気が肺いっぱいに広がる。



さて、行くか。


目指すは北。


地図の大部分を占める、広大な森林地帯だ。



街道を進む。


土の道は歩きやすい。


昨日よりも足取りは軽い気がする。



時折、すれ違う旅人や商人たちと軽く挨拶を交わす。


皆、それぞれの目的地へ向かう途中の人間だ。


短い挨拶だけでも、なんだか一人ではない、という連帯感のようなものが芽生える。



別に馴れ合いたいわけではないが、こういうのも悪くない。



日中はひたすら歩き、日が暮れる前に次の宿場か、見当たらない場合は野営に適した場所を探す。


運良く宿が見つかれば、そこで一晩厄介になる。

暖かい食事と、埃っぽいとはいえ屋根のある寝床はありがたい。


宿がなければ、街道から少し離れた場所を選び、焚き火を起こして野宿だ。


持ってきた携帯食を温めて食べる。星空を眺めながら一人で過ごす夜も、静かで悪くない。



風の音や虫の鳴き声だけが、夜の帳に響く。




街道の風景は日ごとに変わっていく。


開けた平原だったかと思えば、いつの間にか緩やかな丘陵地帯になっていたり。


遠くに連なる山々が見えたり、小さな川を渡ったり。


飽きることがない。


騎士様が話していた景色とは違うかもしれないが、これはこれで俺が見たいと思った景色だ。


野盗の噂は南の街道で耳にしただけで、この北の道では聞かない。


幸いなことに、今のところ遭遇もしていない。


適度に人の多い時間帯を選んで街道を歩いていることが功を奏しているのかもしれない。


そうやって数日歩き続けた結果、ようやく道の先に濃い緑の塊が見えてきた。


地図で確認した、広大な森の入り口だ。



そして、その手前に、また一つの宿場が現れた。


街道沿いにぽつりぽつりと建物が現れ始め、やがて宿屋や商店が集まった集落になったようだ。


ここが、これから足を踏み入れる森林地帯を抜ける前の、最後の宿場らしい。


森は広大で、地図によると抜けるには数日はかかる。


その間、次の宿場はなさそうだ。



今日の宿は、この宿場に決めよう。


森に入る前に、しっかりと準備をしておきたい。

明日の朝、いよいよ未知なる森の中へ入るのだ。


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