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元衛兵は旅に出る〜衛兵だったけど解雇されたので気ままに旅に出たいと思います〜【1,500,000pv感謝】  作者: 水縒あわし
王都編

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留守番の約束と、老練なる刃のスカウト



 翌日からの西への旅立ちに向け、エドたちの借家では慌ただしく荷造りが進められていた。




 使い込まれた革鎧の留め具を確認し、予備のポーションを背嚢に詰め込むエド。



その横で、クリスは布に染み込ませた油で愛用の槍の穂先を丹念に磨き上げている。



二人の足元には、お揃いの『青剛鉄のすね当て』が置かれていた。




 部屋には、普段の魔物討伐の前とは違う、ひどく重く冷たい緊張感が漂っていた。




「……わたしも、いく」



 部屋の隅で膝を抱えていたロウェナが、ぽつりと呟いた。




 彼女にはこれから向かう西の領地で何が起きているのか、詳しいことは分からない。



ただ、クリスが実家の悪い人たちに狙われていて、エドがそれを助けに行くのだということだけは理解していた。




 だからこそ、家族がバラバラになるのが恐ろしくて、小さな手を強く握りしめていた。




 エドは背嚢の紐を結ぶ手を止め、ロウェナを見遣った。




「お前が来たいなら、連れて行く。どんな場所だろうが、俺が必ず守ってやる」



 それは、エドなりの絶対の自信と愛情だった。



しかし、その言葉に被せるように、クリスが静かに、しかし断固とした口調で首を振った。




「駄目です。今回はただの魔物討伐や、遺跡の探索じゃない。人の悪意と陰謀が絡む、貴族の泥沼の争いです。……いつ、誰が背後から刃を向けてくるか分からない場所に、ロウェナちゃんを巻き込むわけにはいかない」



「でも……っ、おいていかれるのは、いやだ!」



 泣きそうに声を上げるロウェナの前に、クリスは静かに歩み寄り、片膝をついて彼女の目線に合わせた。




「僕のわがままで、危ないことに巻き込んでしまって、お留守番までさせてしまって……本当にごめんなさい」



 クリスは、ロウェナの小さな両手を優しく包み込んだ。




「でもね、ロウェナちゃん。僕たちがどこへ行っても、戦いが終わって帰ってくる場所はここなんです。僕にとっての家は、もうこの家だけだから。……だから、誰かにこの大切な場所を守っていてほしいんだ」



「わたしが……おうちを、まもるの?」



「ええ。帰ってきた時、ロウェナちゃんが『おかえり』って言ってくれるから、僕は頑張れる。どうか、僕たちの帰る場所を守るという、一番大事な役目を引き受けてくれませんか」



 真剣なクリスの瞳を見つめ返し、ロウェナはぐっと唇を噛み締めた。




 溢れそうになる涙を堪え、彼女は小さく、けれど力強く頷いた。




「……うん。わかった。わたし、お留守番してる」



          ◇



 とはいえ、子供を一人で家に残しておくわけにはいかない。




 エドがツテを頼り、ロウェナを連れて向かったのは、領都の裏通りから少し外れた場所にある、古びた石造りの建物だった。




 かつてエド自身が育ち、冒険者として身を立ててからも密かに寄付を続けている領都の孤児院である。




「エドウィン! また顔に新しい傷を作って。少しは落ち着いたらどうなんだい!」




 出迎えてくれたのは、エドの恩師である恰幅の良い初老のシスターだった。



口うるさく小言を言いながらも、その目は温かい。




 事情を説明すると、シスターは二つ返事でロウェナの預かりを承諾してくれた。



孤児院の庭では同年代の子供たちが遊んでおり、最初はエドの後ろに隠れていたロウェナも、好奇心旺盛な子供たちに囲まれると、すぐに打ち解けたように笑い声を上げ始めた。




 その様子を見て、クリスも安堵の息を吐く。




 別れ際、エドがロウェナの頭をガシガシと乱暴に、しかし優しく撫でた。




「必ず戻ってくる。西の悪い貴族をぶっ飛ばしたら、一番早い特急の馬車で帰ってくるからな」



「ほんと? 帰ってきたら、何する?」



「そうだな……帰ってきたら市場で一番高い肉を買って、クリスに美味い飯を作らせよう。お前はそれまで、学校で習った新しい字を、ノートにいっぱい書いて待ってろ」



「うんっ! いっぱいいっぱい書いて、エドとクリスに見せる!」



 エドとロウェナは指切りを交わし、笑顔で別れを告げた。




 守るべき日常と、帰るべき場所。



それを背中に感じながら、二人は西での戦いに向けた最後の準備へと向かった。



          ◇



 ロウェナを預けた足で、二人は冒険者ギルドのマスター室を訪れていた。




 明日の旅立ちを報告すると共に、クリスはどうしてもマスターに頼んでおきたいことがあった。




「マスター……急な事で申し訳ないです。近々、引退を考えているベテランのパーティはいませんか? できれば、確かな腕があり、口が堅く、何より……西の貴族の派閥に一切属していない者たちを」



 ギルドマスターは、組んだ手の上に顎を乗せ、鋭い視線でクリスを見据えた。




「ギルドは政治的中立を貫くのが絶対の掟だ。貴族の私兵集めに手を貸すことはできんぞ」



「承知しています。ですが、引退『後』の冒険者が、個人の自由意志でどこに就職しようと、ギルドの規約には違反しないはずです」



 クリスの言葉に、マスターはふっと口元を緩めた。




 事務顧問もどきとしてギルドの書類仕事を手伝う中で、クリスはギルド法の抜け道を完全に把握していた。




 マスターは「やれやれ、うちの優秀な若手には敵わんな」と苦笑し、すぐにギルドの裏口から条件に合う一組のパーティを呼び出してくれた。




 面会室に現れたのは、数々の死線を潜り抜けてきたであろう、四人の歴戦の男たちだった。




 顔や腕には無数の古傷が刻まれ、鋭い眼光は未だ衰えていない。



しかし、年齢からくる体力の低下は隠しきれず、そろそろ第一線を退き、静かな余生を送ろうかと考えていた初老のBランクパーティである。




 彼らが席についた瞬間、クリスの纏う空気が劇的に変わった。




 冒険者としての砕けた態度は消え失せ、背筋を完璧に伸ばし、指先まで隙のない洗練された所作を見せる。



それは紛れもなく、西の大貴族・ハイモア侯爵家の次男としての威厳だった。




「単刀直入に申し上げます。西のハイモア領で、現在領主代行を務めている『僕の弟』の、専属護衛になっていただけないでしょうか」



 クリスは静かに、しかし圧倒的な説得力を持って交渉の席に着いた。




「もし可能であれば、今回の騒動が収まった後も、生涯にわたり弟の身辺警護を任せたいと考えています。引退後の年金も含め、待遇は騎士団以上のものをお約束します。……あなたたちのその老練な経験を、買いたいのです」



 破格の条件と終身雇用の打診。




 しかし、ベテラン冒険者たちは顔を見合わせ、鼻で笑った。



リーダー格の白髪交じりの男が、テーブルに足を投げ出す。




「待遇は魅力的だがな、坊ちゃん。俺たちは生涯、自由に生きてきた冒険者だ。今更、窮屈な首輪をつけられて貴族の犬になる気はねぇよ。お家騒動の使い捨ての駒にされるなんて、御免だね」



 冷ややかな拒絶。



だが、クリスは怯まなかった。




「権力闘争の道具ではありません。陰謀に晒され、理不尽に命を狙われている『一人の真面目な若者』を守ってほしいのです。……権力に靡かず、泥臭くとも確実に主の背中を守り抜く。あなたたち冒険者の誇りが必要なのです」



 クリスは深く頭を下げた。




 そして、これまで一言も発さずに壁際で腕を組んでいたエドが、ゆっくりと歩み出て、クリスの隣で同じように頭を下げた。




「先輩方。俺の大事な身内を、どうか助けてやってくれねぇか」



 彼が他人に頭を下げる姿など、ベテランたちは見たことがなかった。




 部屋に重い沈黙が落ちる。




 やがて、リーダー格の男が頭を掻きむしり、大きなため息をついた。




「……たくっ。ここまでされちゃあ、無碍に断るわけにもいかねぇな」



 男はニヤリと笑い、テーブルの上に身を乗り出した。




「長期の契約、終身雇用ってやつについては保留だ。まずは今回の厄介な仕事を片付けてからにさせてもらう。……その後のことは、仕事が無事に終わって、あんたの弟さんが俺たちの命を預けるに足る主かどうか、この目で見極めてから考えさせてもらうぜ」



 それは、誇り高き冒険者としての、最高の返答だった。




 クリスは顔を上げ、心からの笑みを浮かべた。




「ええ。それで構いません。……では明日、僕たちと共に西へ向かっていただきます」



 前金の入った革袋がテーブルに置かれ、固い握手が交わされた。




 腕利きのベテランたちを「弟の盾」として連れ帰る手はずが整ったのだ。



          ◇



 ギルドを出ると、冷たい夜風が火照った頬を撫でた。




 街灯の薄明かりの下、エドが首の骨を鳴らしながらニヤリと笑う。




「これで、西で暴れる準備は完全に整ったな」



「ええ。使者たちには明日……最高のサプライズを用意してあげましょう」



 クリスは遥か西の夜空を見据え、静かに闘志を燃やしていた。



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― 新着の感想 ―
更新お疲れ様です。 やっぱりクリスは色々と気が回りますね…。 今回のBランクの皆さんは長年冒険者をやって来た=生き延びる為の嗅覚や勘はその辺の有望株より凄い→いざというときはそういう第六感的なのが重…
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