表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【34000pv感謝】元衛兵は旅に出る〜衛兵だったけど解雇されたので気ままに旅に出たいと思います〜  作者: 水縒あわし
鍛治の街カレドヴルフ編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

125/129

模倣の鏡と、錆びつかぬ鉄



 王都大闘技場は、異様な熱気に包まれていた。




 地面を揺らすほどの歓声と足踏み。観客たちのボルテージは最高潮に達している。




『さあ、いよいよ決勝戦です! 今年の建国祭武術大会、その頂点に立つのは誰か!』




 司会の拡声された声が、会場の隅々まで響き渡る。




『先に入場したのは、無名の若手ながら、並み居る強豪を「多種多様な技」で屠り、ここまで勝ち上がってきたダークホース! その才能は底知れない! ――シリル!!』




 ワァァァッ! と黄色い声援混じりの歓声が上がる。




 リングに上がったのは、線の細い、整った顔立ちの青年だった。




 銀色の髪を靡かせ、手には何の変哲もない鉄剣を握っている。



その瞳は、どこか爬虫類を思わせる不気味な光を宿していた。




『続いて入場するのは! 予選では道化と思われた男! しかし、準決勝であの優勝候補筆頭『白銀のユリウス』を真っ向勝負で撃破した、真の実力者! 今こそ認めましょう、彼は本物だ! 戻ってきた伝説――仮面の剣士ーーッ!!』




 ドォォォォォッ!!




 先ほどとは比にならない、地鳴りのような歓声が爆発した。




「偽物じゃなかった!」「本物だー!」「優勝してくれー!」



 俺は愛剣の柄を握り、苦笑いしながらリングの中央へと歩を進めた。




(……やれやれ。偽物扱いのままで良かったんだがな)




 左肩の傷がズキリと痛む。




 止血処置はしたが、激しい動きをすれば傷口が開くだろう。




 俺は左腕をあまり振らないよう、自然と右半身を前に出した構えを取る。




 リング中央で対峙する。




 シリルと呼ばれた青年は、値踏みするように俺の全身を舐め回した。




「光栄ですね、伝説の剣士と戦えるなんて。貴方の準決勝の試合……素晴らしかった。あの技も、全部『僕のもの』にさせてもらいますよ」



「……泥棒は感心しないな」



「人聞きが悪い。学習と言って欲しいですね」



 シリルが口の端を吊り上げる。




 審判が手を挙げた。




「始めッ!!」



 開始の合図と同時だった。



 シリルが奇妙な動きを見せた。剣を逆手に持ち替え、姿勢を低くして地面を滑るように疾走する。




(……なんだ、あの構えは)




 一瞬で間合いを詰めたシリルが、逆手のまま体を独楽のように回転させ、斬り上げてきた。


 

 ヒュンッ!




 鋭い回転斬り。




 俺はその動きに見覚えがあった。予選のどこかで見かけた、小回りの利く戦士の動きだ。




 だが、奴が持っているのは俺と同じ、刀身の長い鉄剣だ。




 俺は剣で受けることすらせず、半歩だけ後ろに下がった。




 ブォンッ!!




 シリルの剣先が、俺の鼻先を空しく通過する。




 リーチが長い分、回転半径が大きくなりすぎて、初速が遅いのだ。




 おまけに、遠心力に振り回されて体が大きく泳いでいる。




「隙だらけだ」



 俺は空振りして脇ががら空きになったシリルの胴へ、軽く牽制の前蹴りを入れた。




「ぐっ!?」



 シリルがよろめく。




 だが、彼は倒れない。体勢を崩した反動を利用し、今度は剣を順手に持ち替え、大上段に振りかぶった。




 全身の筋肉を膨張させるような、力任せの構え。




 どこかの怪力自慢の斧使いの真似事だろう。




 重厚な振り下ろしが迫る。




 俺は避けない。




 剣の側面を使い、降りてくる刃を軽く叩いた。




 カィンッ!




 軽い金属音と共に、シリルの剣は大きく軌道を逸らされ、地面を叩いた。




「なっ……!?」



 シリルが驚愕に目を見開く。



「くそっ、なぜだ!? 動きは完璧にコピーしたはずだ! なぜ威力が乗らない!?」



「……斧のような『先端に重心がある武器』なら、その振り方で破壊力が出る。だが、バランスの良い剣でやっても、ただの『大振り』だ」



 俺は冷めた声で告げた。




 シリルは唇を噛んだ。




 なるほど、器用な奴だ。見た動きをそのまま再現できる身体能力と才能がある。




 だが、それゆえに思考が浅い。




 武器の特性、体格差、筋力の付き方。



それらを無視して「形」だけを真似ても、劣化コピーにしかならない。




「……なるほど。半端な技じゃ、本物には通じないってことですね」



 シリルがゆらりと立ち上がる。




 その瞳から、焦りの色が消えた。代わりに宿ったのは、不気味なほどの集中力。




「なら――貴方の技なら、どうです?」



 スッ……。




 シリルが肩の力を抜き、剣をだらりと下げた。




 重心を落とし、呼吸を深く、長く整える。




 それは紛れもなく、俺が多用する「自然体」の構えだった。




『おおっと! シリル選手、仮面の剣士と同じ構えを取りました!』




 観客がどよめく。




 俺は眉をひそめた。




(……嫌な才能だな)




 俺が右に動くと、シリルも鏡のように動く。




 牽制の突きを放つ。




 シリルも全く同じタイミング、同じ角度で突き返してくる。




 キィンッ!




 空中で切っ先同士が弾き合い、火花が散る。




「これなら文句ないでしょう? 同じ武器、同じ剣技。それに僕は貴方より若く、動体視力もいい!」



 シリルが笑う。




 厄介なことに、彼の言う通りだった。




 同じ剣を使っている以上、「道具の不一致」という弱点は消える。




 カンッ! ガガッ! キィン!




 剣戟が激化する。




 俺が切り上げれば、切り返し。俺が流せば、流し返す。




 まるで鏡と戦っているような閉塞感。




 俺は左肩を庇うため、どうしても右側主体の動きになる。



その僅かな偏りを、シリルは見逃さなかった。




「やっぱり、怪我をしている左側が反応遅れてますよ!」



 シリルが構えを変えた。




 体を半身にし、レイピアのように剣を突き出す構え。




 準決勝で俺が戦った『白銀のユリウス』のスタイルだ。




「精密な突き……一番嫌でしょう?」



 シリルが踏み込む。




 狙いは一点。俺の負傷している左肩。




 ヒュンッ!




 鋭い突きが迫る。




 俺は剣で弾こうとするが、シリルは手首を返して軌道を変え、執拗に傷口を狙ってくる。




「くっ……」



 俺はバックステップで躱すが、追撃が止まない。




 ユリウスの技を完璧に模倣した連撃。




 俺は防戦一方になりながら、思考を巡らせた。




(……ならば、合わせて叩く)




 俺は覚悟を決めた。




 回避をやめ、一歩踏み込んで迎撃の体勢を取る。




 シリルの突きに対し、カウンターを合わせる構え。




 だが、シリルはニヤリと笑った。




「それも読み通りだ!」



 シリルは突きを途中で止めた。




 そして、俺が踏み込んでくる足元へ、スッと剣先を下げた。




 それは、俺が一回戦で見せた技。




 相手の突進に合わせて障害物を置く、『置き剣』のカウンター。




 俺がこのまま踏み込めば、自ら彼の剣につまずき、無防備なところを狩られる。




「終わりだ、仮面の剣士ぃぃッ!」



 シリルは勝利を確信し、俺が引っかかる衝撃に備えて足を踏ん張った。




 だが。




 俺は踏み込んだ足を、空中でピタリと止めた。




 急停止。




 踏み込みはフェイントだ。




「なっ……!?」



 シリルが目を見開く。




 彼は「来るはずの衝撃」に合わせて体重を前に預けていた。




 だが、衝撃は来ない。



支えを失った彼の体は、肩透かしを食らって前のめりに泳いだ。




「……俺があの技を使うのは、相手が『止まれない』時だけだ」



 俺は冷徹に見下ろす。




「お前のように、その場で待っている相手に飛び込む馬鹿が、どこにいる」




 体勢を崩し、無防備に顔面を晒したシリル。




 俺は剣を振りかぶった。




 派手な技も、鋭い突きもいらない。




 ただ、剣の平を、思い切りひっぱたくような一撃。




 バァァァァァァァンッ!!




 破裂音が響く。




 俺の一撃は、シリルの剣ごと彼の側頭部を捉え、強引に薙ぎ払った。




「が、はッ……」



 シリルは受け身も取れず、独楽のように回転して地面に叩きつけられた。




 白目を剥き、ピクリとも動かない。完全な失神だ。




「……歴史の浅い剣だ。軽すぎて話にならん」



 俺は愛剣を鞘に納め、肩の痛みに顔をしかめた。



          ◇



『しょ、勝負ありぃぃぃッ!! 勝者、仮面の剣士ーーッ!!』




 審判の宣言と共に、会場が揺れるほどの大歓声が爆発した。




 天井から魔法の紙吹雪が舞い散り、ファンファーレが鳴り響く。




『優勝! 優勝です! 伝説はやはり本物だったぁぁぁッ!!』




 俺はほっと息を吐いた。




 終わった。これでやっと解放される。




 運営スタッフから、ずっしりと重い金貨の入った袋を受け取る。




(よし、これで路銀は確保した。あとは着替えて、人混みに紛れてトンズラだ)




 俺が背を向け、早足でリングを降りようとした、その時だった。




『お待ちください! まだ終わりではありません!』




 司会者が興奮気味に叫んだ。




『優勝者には最高の栄誉が与えられます! 世界を救った英雄、勇者レオナルド様とのエキシビションマッチです!』




 ワァァァァァッ!! と歓声が一段と大きくなる。




 俺はぎくりと体を強張らせた。




『――ですが! 本日はここまで!』




(……ん?)




『チャンピオンは連戦により満身創痍。万全の状態での試合をお見せするため、勇者様との試合は、**「明日、正午より」**執り行います!!』




 俺は内心で胸を撫で下ろした。




 明日。




 つまり、今夜中に逃げれば問題ない。




(助かった。今日やるって言われたらどうしようかと……)




 だが、その安堵は一瞬で打ち砕かれた。




「おめでとう。素晴らしい試合だった」




 いつの間にか、貴賓席から降りてきた勇者レオナルドが、リングの下に立っていたのだ。




 爽やかな笑顔。だが、その瞳は逃げ場のない圧力を放っている。




「あ、ああ。ドーモ……」



 俺がしどろもどろに返事をすると、レオナルドは俺の左肩を見た。




「やはり、傷が深そうだね。……明日の試合、万全の君と戦いたいんだ」



 レオナルドは後ろに控えていた聖女に声をかけた。



「頼めるかい?」



「……レオ様。わたくしの祈りは、神に選ばれた貴方様や仲間たちのためにあるものです。どこの誰とも知れぬ者に安売りするものでは……」



 聖女は美しい顔を歪め、あからさまに躊躇いを見せた。




 巷で『奇跡』と噂される彼女の治癒魔法は、そう簡単に受けられるものではないらしい。




「頼むよ。僕のわがままだと思って」



 レオナルドが真っ直ぐな瞳で見つめると、聖女は頬を染めて溜息をついた。




「……もう。レオ様がそこまで仰るなら、仕方がありませんわね」



 聖女が俺の前に歩み寄ってくる。




 彼女は嫌々といった様子で、しかし厳かに手をかざした。




「光よ、癒やし給え」



 温かな光が俺の左肩を包み込む。




 焼けるような痛みが嘘のように引いていき、抉れた肉が塞がっていくのが分かった。




(うわ、凄ぇ……一瞬かよ)




 まさに奇跡だ。




 俺が礼を言う前に、聖女はフイッと顔を背けて勇者の後ろへ戻ってしまった。




「これでよし、と」



 レオナルドは満足げに頷き、ニッコリと微笑んだ。




「傷は治ったね。これで明日は言い訳なしの全力勝負ができる。……楽しみにしているよ」



 彼はそう言い残し、マントを翻して去っていった。




 会場からは「流石勇者様!」「慈悲深い!」「明日の試合が楽しみだ!」と称賛の嵐が巻き起こる。



俺は完治した肩をさすりながら、呆然と立ち尽くした。




 怪我が治ったのはありがたい。




 だが、これは「逃げるなよ」という死刑宣告にも等しい。




(……ありがた迷惑すぎる……)




 俺は天を仰いだ。




 今夜逃げ出すか、それとも観念して戦うか。




 袋に入った金貨の重みだけが、唯一の救いだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
更新お疲れ様です。 な~んか勇者以上に嫌な印象ですね聖女とやら…。聖女という称号→万人に慈悲を与える存在って感じのイメージなんですけどね……個人的にこやつにはあんまり聖女は名乗って欲しくないですな。…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ