砕けた刃と、即席の金槌
一回戦を終え、俺が選手控え室で息をついていると、コツコツとヒールの音を響かせてミネルヴァが入ってきた。
彼女は手元の資料を見ながら、入り口近くにいた大会運営の係員と二、三言、業務連絡のような会話を交わす。
そして、話が終わったタイミングで、ふと部屋の奥にいる俺の方を振り返った。
表情は変えず、ほんの一瞬だけの目配せ。
彼女はそのまま踵を返し、部屋を出ていった。
……呼び出しか。
俺は少し時間を置いてから立ち上がり、何食わぬ顔で部屋を出て、彼女の後を追った。
一定の距離を保ちながら通路を進むと、彼女は人目のつかない部屋へと入っていった。
俺は周囲に誰もいないことを確認し、素早くその部屋の扉を開け、中へと滑り込んだ。
「……こんな所で何だ。目立つ真似はして欲しくないんだが」
「あら、ただの業務連絡よ。ここなら安全だわ」
ミネルヴァは悪びれもせず、懐から包みを取り出して渡してきた。軽食と水の差し入れだ。
「はい、これ食べて。……いい演技だったわよ、ピエロさん」
「茶化すな。それより、勇者の視線が痛いんだが。あいつ、俺のことを怪しんでるぞ」
俺が不満を漏らすと、ミネルヴァはクスクスと楽しそうに笑った。
「いいじゃない。あの国民的英雄の『勇者様』が貴方に夢中なんて、光栄なことよ? 精々、正体がバレないように上手く踊りなさいな」
「他人事だと思って……」
「ふふ。期待してるわよ、優勝」
彼女はそう言い残し、足音を忍ばせて部屋を出ていった。
俺は溜息をつきながらサンドイッチを口に放り込み、次の試合へと気持ちを切り替えた。
◇
休憩時間が終わり、二回戦へ向かうために薄暗い選手用通路を歩いていた時だった。
「――おや」
前方から歩いてくる人影を見て、俺は仮面の奥で顔を引きつらせた。
煌びやかな聖鎧。爽やかな金髪。
勇者レオナルドと、その護衛である聖女だ。
どうやらトイレ休憩か何かで席を立っていたらしい。
一本道。逃げ場はない。
俺は極力気配を消し、壁際を歩いてすれ違おうとした。
「やあ。さっきの試合、見事だったね」
レオナルドが足を止め、人懐っこい笑顔で声をかけてきた。
俺は足を止めず、軽く会釈だけして通り過ぎようとする。
だが、レオナルドはすれ違いざま、耳元で囁くように言った。
「最後の一撃、相手の減速が苦手なのを見極めてから剣を置いたね? ……君の剣術、どこで習ったんだい?」
心臓が跳ねる。
完全にバレている。俺の技術が。
だが、ここで動揺しては怪しまれるだけだ。
俺は足を止めずに、一言だけ返した。
仮面のせいでくぐもった声が響く。
「……ただの、偶然だ」
俺はそのまま早足で通路の奥へと消えた。
背後で、「謙遜までできるのか。いいね」という勇者の楽しげな声が聞こえた気がして、俺は冷や汗を拭った。
◇
そして始まった、準々決勝。
対戦相手は『ガラハド』という男だった。
全身を分厚いフルプレートメイルで固めた巨漢だ。
手には巨大なタワーシールドと、武骨なウォーハンマー。まさに歩く要塞だ。
「前の試合は見せてもらったぞ! 俺はさっきの男のようにはいかんぞ。この鎧と盾の前には、小細工など通じない!」
ガラハドが吠え、ドシドシと地面を揺らして迫ってくる。
(やりにくいな……)
俺は安物の鉄剣を構え、距離を取ろうとする。
だが、相手の武器はリーチの長いウォーハンマーだ。
しかも横薙ぎに振り回してくるため、攻撃範囲が広い。
ブンッ!!
風切り音と共に鉄塊が迫る。
後ろに下がれば躱せるが、そうするとリング端まで追い詰められる。
ガギィッ!
俺は剣の腹ではなく、鎬を使ってハンマーの軌道を逸らす。
重い。
一撃一撃が岩のようだ。
俺の剣は、軍の払い下げ品の数打ちだ。
決して悪い剣ではないが、相手の質量と装甲があまりに規格外すぎる。
「ちょこまかと! 潰れろぉぉッ!」
ガラハドが盾を構えたまま突進し、ハンマーを全力で振り下ろしてきた。
回避スペースがない。
受けるしかない。
俺は剣を両手で持ち、衝撃を受け流そうと構えた。
ハンマーと剣が激突する。
その瞬間。
バキンッ!!
乾いた金属音が闘技場に響き渡った。
俺の手の中で、剣が真ん中からへし折れた。
回転しながら宙を舞った刃先が、虚しく地面に突き刺さる。
「あっ……!」
観客席から悲鳴が上がる。
ガラハドがニタリと笑った。
「ハッ! 武器が折れたか! これで終わりだ!」
武器を失った俺に対し、ガラハドは容赦なくハンマーを振り回してくる。
ブンッ!
俺はバックステップで躱す。
ブォンッ!
続く横薙ぎも、上体を逸らして回避する。
折れた剣の柄を握りしめ、俺は数回、その猛攻を凌いだ。
相手の呼吸、ハンマーの振り幅、そして重心の移動。
それらを冷静に見極める。
ガラハドが大振りの一撃を放ち、体勢が前のめりになった瞬間。
(……ここだ)
俺は一歩、深く踏み込んだ。
武器がないなら、身体を使えばいい。
振り下ろされるハンマーの内側に潜り込む。
俺はガラハドの腕を巻き込み、彼自身の突進してくる勢いをそのまま利用して、体を回転させた。
「なっ――!?」
視界が回る。
てこの原理と遠心力。
単純な物理法則で、巨大な鉄の塊を背中越しに投げ飛ばした。
ズドォォォンッ!!
地響きと共に、ガラハドの巨体が仰向けに地面へ叩きつけられる。
重装鎧の最大の弱点。
それは、一度転倒すると、その重量ゆえに即座には起き上がれないことだ。
「ぐ、ぬぅ……!」
ガラハドが必死に体を起こそうともがく。
だが、俺はその隙を見逃さない。
即座に相手の胴体の上に飛び乗り、馬乗りの体勢を取った。
「お休みだ」
俺は右手に握ったままの「折れた剣の柄」を振り上げた。
刃はない。だが、鋼鉄の柄と鍔は、立派な鈍器だ。
ガンッ!
俺は容赦なく、ガラハドのヘルメットを殴打した。
ガンッ! ガンッ!
中身を直接叩く必要はない。
密閉された金属の鎧を外から叩けば、衝撃音は内部で増幅され、鐘のように反響する。
「あ、が……ッ」
ガンッ!!
最後の一撃。
強烈な脳震盪を起こしたガラハドは、白目を剥いてぐたりと力を失った。
「勝者、仮面の剣士ぃぃぃッ!!」
審判の宣言と共に、会場が割れんばかりの歓声に包まれた。
武器を失ってからの、泥臭くも鮮やかな逆転劇。観客のボルテージは最高潮だ。
◇
貴賓席では、勇者レオナルドが感心したように頷いていた。
「……見事だ。武器への執着がない。折れたなら折れたなりの戦い方へ、瞬時に切り替えた。あの判断力こそが強さだ」
「ええ。ですがレオ様……」
聖女が心配そうにリングを見る。
「次の準決勝はどうするのでしょう? もう剣がありませんよ。素手で戦うつもりでしょうか」
「そうだね。借りるにしても、手に馴染むかどうか……」
その頃。
観客席のクリスは、エドの勝利を見届けると同時に席を蹴って立ち上がっていた。
「ロウェナちゃん、走るよ!」
「どこいくのー?」
「宿だよ! 師匠のいつもの剣を取りに行くんだ!」
次の相手はさらに強敵になる。
師匠は目立つことを嫌って安物を使っていたが、もうそんな余裕はない。
予備の安物を買っている時間も、借りた武器に慣れる時間もない。
ならば、解決策は一つ。
師匠が普段の旅で愛用している、あの業物の剣を持ってくるしかない。
「いそげー!」
クリスはロウェナの手を引き、人混みをかき分けて走り出した。
次の試合が始まるまでに、絶対に戻らなければ。
リングの上で、俺は折れた柄を見つめて眉を寄せていた。
(勝ったはいいが……武器がなくなったぞ。どうするかな)
準決勝まであと少し。




