疾風と、道化の“演技”
王都の大闘技場は、建国祭の熱気も相まって異様な興奮に包まれていた。
すり鉢状の観客席は満員御礼。空には快晴が広がり、絶好の武術大会日和だ。
だが、選手入場ゲートの裏で、俺は仮面の奥で盛大なため息をついていた。
「……帰りてぇ」
本音だった。
優勝賞金の金貨百枚は確かに欲しい。
何かと入り用になる路銀にもなるし、この先のまだ考えたことはないが隠居生活の足しにもなる。
だが、優勝特典として発表された『勇者との親善試合』。これが余計すぎる。
目立ちたくない。正体を隠したい。
そう思って道化の仮面をつけ、安物の剣で誤魔化しているというのに、よりにもよって国一番の有名人と、衆人環視の中で戦う羽目になるとは。
(……適当に勝って、エキシビションマッチ当日は『腹痛』で辞退できないかな)
そんな甘い考えを巡らせていると、司会の魔法拡声された声が響き渡った。
『さあ、注目の第一試合! 予選を不気味な勝ち方で通過したダークホース! 登録名は――『仮面の剣士』ッ!!』
わぁぁぁぁっ! と歓声が上がる。
『ですが、皆さんご存知の通り、かつてこの大会を三連覇した伝説の剣士と同一人物かは不明です! 今年は便乗した偽物も多いですからねぇ! 果たして彼は本物か、それともただのピエロか!?』
煽るねぇ、と俺は苦笑する。
観客席からも「どうせ偽物だろ!」「いや、予選の動きは本物っぽかったぞ!」と値踏みするような声が聞こえてくる。
(偽物扱い結構。このまま正体不明の道化として、賞金だけもらってドロンさせてもらうさ)
俺はダルそうに肩を回しながら、光の溢れるリングへと足を踏み入れた。
◇
闘技場の特等席、貴族や王族が座る貴賓席の一角に、一際華やかなオーラを放つ集団がいた。
国を救った英雄、勇者レオナルドとそのパーティだ。
煌びやかな聖鎧を纏い、爽やかな笑顔を浮かべるレオナルドは、入場してきた道化姿の男を見て目を細めた。
「……珍しいな」
「レオ様、どうされました?」
隣に控える聖女が小首を傾げる。
「あの仮面の選手だよ。本戦まで残ったのに、あの剣……軍の払い下げ品だ。それも使い古された数打ちだよ。防具もただの旅装だしね」
レオナルドの眼力は、遠目からでもエドの装備の質を見抜いていた。
「まあ……お金がないのでしょうか? それとも、この神聖な大会を舐めているのですか?」
「さあね。でも、あんなナマクラでも予選を勝ち上がったのなら、腕は確かなんだろう。……少し、気になるね」
レオナルドは興味深そうに顎に手をやった。
一方、一般観客席では。
「す、すごい……! 本物の勇者レオナルド様だ……!」
クリスが貴賓席を指差して、目を輝かせていた。
彼にとって、勇者は雲の上の存在、物語の中の英雄だ。
「遠くて顔まではよく見えませんが、凄いオーラです……!」
「ぴえろ、がんばれー!」
その隣で、ロウェナは無邪気にポップコーンを頬張りながらエドに声援を送っている。
そしてミネルヴァは、そんな二人を微笑ましく見守りつつ、視線をリングへと戻した。
「さて、お手並み拝見ね」
◇
対戦相手は、『疾風のベルナルド』。
二刀流の使い手で、予選を圧倒的なスピードで蹂躙した優勝候補の一角だ。
「おいピエロ。予選のマグレはここまでだ。俺の速さについてこれるか?」
ベルナルドが二本の剣を構え、挑発的に笑う。
(速いのか。じゃあ、さっさと終わらせてくれ)
俺が心の中で呟いた瞬間、開始の銅鑼が鳴り響いた。
ヒュンッ!
ベルナルドの姿がブレた。
次の瞬間、彼は俺の背後に回り込んでいた。
「遅いッ!」
双剣による十字斬り。
観客が「はえええ!」「消えたぞ!?」とどよめく。
俺は振り返りもせず、首を少しだけ左に傾けた。
ブォン。
剣風が頬を撫でる。
続けて放たれた横薙ぎも、半歩下がるだけで躱す。
「なっ……!?」
ベルナルドが追撃を繰り出す。
俺は剣を振らず、だらりと下げたまま、最小限の動きだけで全ての斬撃を避けていく。
しかし。
これがいけなかった。
「……おいピエロ! 棒立ちしてんじゃねぇ!」
「真面目にやれ!」
「地味なんだよ! もっと打ち合え!」
観客席から野次が飛んできた。
素人の目には、俺がやる気なく突っ立っているようにしか見えないらしい。
(ちっ、うるさいな。だが、金払って見てる客だから無視もできないか……)
俺は仮面の奥で舌打ちをした。
仕方ない。少し「サービス」してやるか。
「き、貴様ぁ! 俺の剣技を愚弄するか! 避けてばかりで!」
業を煮やしたベルナルドが、さらに速度を上げて突っ込んでくる。
「死ねぇぇッ!」
俺は来るタイミングに合わせて、わざと大げさにマントを翻した。
「おっと!」
まるで闘牛士のように、ひらりと体を回転させて斬撃を躱す。
ついでに無駄にステップを踏み、道化のようなポーズを決めてみせる。
「おおっ!?」
「すげぇ! あいつ遊んでるのか!?」
「いいぞピエロ! もっとやれ!」
観客の手のひらが返る。
俺は内心で呆れながらも、ベルナルドの猛攻に合わせてクルクルと回り、踊るように攻撃を避け続けた。
その攻防の中で、俺は一つ「確認」を入れた。
(こいつ、速いが……)
俺は回避の直後、わざと不規則に左へ鋭く動いた。
「逃がすか!」
ベルナルドが追ってくる。
だが、俺の動きに反応して方向を変える際、彼の大振りの足が深く地面を抉った。
ズザッ、と土煙が上がる。
(……やっぱりな。減速が下手だ)
トップスピードに乗った瞬間、急な方向転換が利かない。
ブレーキをかけるのに数歩のラグがある。
確認は取れた。なら、決めに行くとしよう。
「ふざけるなあああぁぁッ!!」
ベルナルドの顔が怒りで真っ赤に染まる。
俺の挑発に乗せられ、彼はスタミナ配分も忘れて最高速まで加速した。
「殺してやるッ!!」
猪のように真っ直ぐ、俺に向かって突っ込んでくる。
もう、今の速度では曲がれない。
俺は派手なダンスをピタリと止めた。
そして、剣を振るうのではなく――ただ、スッ、と剣先を地面近くに下げた。
彼の足が進むであろう場所へ、そっと剣を『置く』。
「――あ」
ガッ。
何かが引っかかる鈍い感触。
トップスピードで走っていたベルナルドの足が、俺の置いた剣につまずいた。
「うおっ!?」
当然、止まれない。
彼の体は慣性の法則に従い、盛大に前方へと吹っ飛んだ。
ズサァァァァァッ!!
ベルナルドはボールのようにゴロゴロと地面を転がり続け――。
ドスンッ。
そのまま勢い余って、リングの外、場外の砂地へと落下した。
「……はい、そこまで」
俺は剣を戻し、何事もなかったように立ち尽くした。
◇
一瞬の静寂の後、会場が爆笑に包まれた。
「あははは! なんだあれ!」
「勝手に転んで落ちたぞ!」
「足がもつれたのか!? 運がいいピエロだな! 最高だ!」
観客たちは、ベルナルドが勝手に自滅したようにしか見えていない。
笑いと歓声が渦巻く中、俺は「やれやれ」といったポーズで肩をすくめ、勝者として手を上げた。
だが。
貴賓席に座る勇者レオナルドだけは、笑っていなかった。
彼は身を乗り出し、真剣な眼差しでリングを見つめていた。
「……面白いね」
「え? レオ、何を笑っているのですか? 相手が勝手に転んだだけじゃありませんか」
聖女が不思議そうに尋ねるが、レオナルドは首を横に振った。
「違うよ。彼は攻防の中で、相手がトップスピードでは曲がれないことを確認していた」
「え?」
「さっき一度、急な切り返しをして相手の足元を見ていただろう? あれで確信したんだ。だから最後は、突っ込んでくる相手の足元に障害物を『置いた』だけ。剣技じゃない。ただの足掛けだよ」
レオナルドの口元に、好戦的な笑みが浮かぶ。
「彼とは、いい試合ができそうだ」
俺は歓声の中、ダルそうに退場ゲートへと向かった。
ふと背中に視線を感じて振り返ると、貴賓席の勇者がこちらを見てニッコリと笑っているのが見えた。
(……うわ、めっちゃ見てる)
俺はげんなりとして、早足で通路の奥へと姿を消した。
一回戦突破。
だが、この調子で悪目立ちしていくのは、精神衛生上よろしくないな。




