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【34000pv感謝】元衛兵は旅に出る〜衛兵だったけど解雇されたので気ままに旅に出たいと思います〜  作者: 水縒あわし
精霊のヴェール編

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湯の暖かさ


広大な草原を、俺とロウェナはゆっくりと歩き始めた。


抜けるような青空の下、風が草を揺らす音が心地よい。


森の中の張り詰めた空気とは全く違う、解放感のある景色だった。



ドレイクとの戦闘、そして森を駆け抜けた疲労がどっと押し寄せてくるのを感じる。


それでも、隣にロウェナがいることが、足を進ませる理由になっていた。




残っていた干し果物の小袋を取り出し、ロウェナに渡す。


ロウェナは小さく頭を下げ、一粒、また一粒と大切そうに口にした。


俺も一つもらって食べる。


マルコにもらい、森に入る前に足した干し果物。


この素朴な甘さがここまでの道のり……あの森での激闘と、この草原での安らぎを繋ぐ、小さな思い出になっている。



歩きながら、俺はロウェナに話しかけ続けた。


一方的な会話だが、ロウェナはちゃんと俺の声を聞いてくれている。



「森に来る前は、どこにいたんだ?」


ロウェナは何も言わず、ただ首を横に振る。


「捕まる前のこととか、覚えてないか?」


再び、ゆっくりと首を横に振る。


「…そうか」



無理に思い出させる必要はないだろう。


忘れられることなら、忘れた方がいい過去なのかもしれない。


「これから、何か行ってみたい場所とか、あるか?」


今度も首を横に振る。


「会いたい人とか、いるか?」


同じように首を横に振る。



ロウェナは、過去にも、未来にも、何も思い当たる節がないらしい。


まるで、数日前に俺が森で拾ったばかりの、真っ白な存在のようだった。


まあ、仕方ないか。


「よし。じゃあ、取り敢えず、ノーレストの街まで行こう」


俺はそう決めて、ロウェナに伝えた。


「あの森を抜けた先にある、大きくて賑やかな街らしい。そこで、これからどうするか、ゆっくり考えよう」


俺の言葉を聞いて、ロウェナは何も言わなかったが、小さく頷いた。


そして、俺が羽織っている外套の裾を、小さな手でキュッと掴んだ。



まるで、俺の存在を確認するように。


俺は立ち止まり、ロウェナの頭にそっと手を乗せた。


「大丈夫だよ」


優しく撫でてやる。


ロウェナは少し擽ったそうに、でも嬉しそうに、俺の手に頭を擦り付けた。



そんなことをしながら歩いていると、遠くに見えていた建物が、徐々に大きくなっていく。


点だったものが線になり、やがて個々の建物として認識できるようになった。



近づいてみると、それは街道沿いにある宿場だった。


黒葉の森の入り口手前にあった宿場と同じような規模だが、もっと開けていて、賑わっているように見える。



宿場の一番目立つ場所にある、二階建ての大きな宿を目指した。


綺麗で、何より暖かい湯が期待出来る。


森を駆け抜けて、体は汗と埃と返り血でベトベトだ。



ロウェナも、いつから身体を洗えていないかわからない。


多少、値が張っても構わない。

今日は贅沢をしよう。



宿の受付で声をかける。

愛想のいい女将さんらしき人物が応対してくれた。


「部屋を一つ。それと、湯を二つ、部屋に運んで欲しいんだが」



女将さんは手慣れた様子で受付してくれる。


部屋代に加え、湯の手間賃と、森を抜けてきて汚れていることへの心付けとして、少し多めにお金を払った。


宿屋は、こういう場所では情報が集まるし、顔を売っておいて損はない。


「それと、この子の着替えを探しているんだが、この辺りで子供服を扱っている店はあるか?」


ロウェナをちらりと見て、尋ねる。


女将さんはロウェナのボロボロの服を見て、少し気の毒そうな顔をした。



「ああ、それならこの道をまっすぐ行ったところに、小さな仕立て屋があるよ。既製品もいくつか置いてるはずだ」


女将さんに教えてもらった仕立て屋の場所を頭に入れ、部屋の鍵を受け取る。


「湯は部屋を準備したらすぐ運ばせるよ。ゆっくり休んでおくれ」



宿の階段を上り、指定された部屋へ向かう。簡素だが、清潔で、温かい空気が満ちている。これだけで十分だ。



ロウェナを部屋に置いて休ませようとしたが、どうにも俺から離れようとしない。


仕方なく、連れて仕立て屋へ向かった。



仕立て屋は、女将さんの言った通り、宿場の中にぽつりと建っていた。


店内には、様々な布地や仕立て中の服が並んでいる。


年配の店主が温かく迎えてくれた。


ロウェナに合いそうな服を何着か見繕う。


地味な色のものを選ぼうとしたが、ふと、明るい色の服に目が留まった。


旅に出るなら、少しは明るい方がいいかもしれない。


「これでいいかな?」


ロウェナに服を見せると、ロウェナは必死に首を横に振る。


どうやら、自分に服を買ってもらうのが申し訳ないらしい。


「いいんだよ。君に必要なんだ」


俺は構わず、ロウェナに似合いそうな、少し明るい色のチュニックと、丈夫なズボン、それに下着などを数着選んだ。


ついでに、ロウェナの小さな背中に合いそうな、丈夫な革製の背囊と外套も一つ買った。


これからは、自分で荷物を持たせた方が良いだろう。


「服は自分で持ってるんだぞ、ロウェナ。これからは君のだ」



新しい服と背囊・外套をロウェナに手渡す。


ロウェナは、申し訳なさそうにしながらも、とても嬉しそうな、複雑な笑顔で頷いた。



宿に戻ると、部屋には湯気の立つ大きめの桶が二つ用意されていた。


湯の温かい匂いが部屋中に広がっている。



「さあ、まずはお前が綺麗になるんだ」


ロウェナに、湯が張られた桶を示す。


ロウェナは少し戸惑いながらも、服を脱ぎ始める。


ボロボロになった服を脱ぎ捨てると、その痩せた体が露わになった。


全身に、森の中を逃げてきた際にできたであろう擦り傷や、古い傷跡が痛々しい。


ロウェナは湯に浸かり、ぎこちない手つきで体を洗い始める。


だが、慣れていないのだろう、上手く洗えていない。



「貸してみろ」



俺は近くにあった手ぬぐいを湯に浸し、優しく絞る。


そして、ロウェナの背中にそっと触れた。



「……ん…」



ロウェナが、首を振る。


「いいんだ。気にするな」


俺は構わず、手ぬぐいでロウェナの背中を優しく洗い始めた。


泥汚れや汗が湯に溶け出し、やがて湯の色が変わっていく。


髪も、湯で丁寧に流してやる。


長い間洗えていなかったのだろう、泡立ちが悪かった髪が、洗うにつれて少しずつ柔らかくなっていった。


全身を綺麗にしてやると、ロウェナの顔色が、見違えるように明るくなった。


大きなタオルで全身を拭いてやり、仕立て屋で買ってきた新しい服を着せる。



少し大きいが、これならしばらく着られるだろう。


ロウェナが綺麗になったのを見届け、俺も残りの湯を使って体を洗った。


熱すぎず、ぬるすぎず、ちょうどいい湯加減だ。


湯で身体を拭いながら、ここ数日の出来事を思い返した。


ドレイクとの激闘、ロウェナとの出会い。


気ままな旅のはずが、まさかこんなことになるなんて。


湯から上がり、体を拭いて、新しい下着と清潔な服に着替える。


ボロボロになった革鎧は手入れが必要だ。


二人とも小綺麗になり、用意されたベッドに横たわる。


柔らかいシーツの感触が心地よい。



ここまで張り詰めていた緊張が、フッと解けた気がした。



横を見ると、ロウェナはもう目を瞑っていた。


安らかな寝息を立てている。


新しい服を着て、暖かい部屋で、安全な場所で眠れる安堵を感じているのだろうか。


俺もゆっくりと目を閉じた。


食事は後でいい、今はゆっくりと眠ろう。


明日は準備をして、それから、ノーレストの街へ向かうおう。

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