祭りの喧騒と、三枚銅貨の仮面
少し話の区切り部分を変えてみました
翌朝。
宿のベッドで目を覚ました俺は、枕元に置かれた一枚の羊皮紙を見て、ズキリと痛む頭を抱えた。
『武術大会 参加登録証(控)』
昨夜のワインの余韻と、ロウェナの上目遣いに完敗した証拠だ。
「……夢じゃなかったか」
俺は大きく溜息をつき、天井を仰いだ。
一度引き受けたからには、適当にやるわけにもいかない。
いや、やるならとことんやって、賞金という実利を得るべきか。
「えど! おきた!?」
元気に飛び起きたロウェナが、俺の腹の上にダイブしてくる。
「仮面! 仮面かいにいく!」
「ぐふっ……。分かった、分かったから暴れるな」
俺は苦笑しながら起き上がった。
隣のベッドでは、クリスも既に身支度を整えている。
「おはようございます、師匠。……装備はどうするんですか? いつもの愛用の剣や脛当てだと、動きでバレてしまいませんか?」
「ああ。だから、まずは形から入る。買い物に行くぞ」
◇
王都は『建国祭』の本番を数日後に控え、熱気と興奮に包まれていた。
メインストリートは色とりどりの旗で飾られ、露店からは香ばしい匂いが漂っている。
俺たちは人混みを抜け、路地裏にある古びた武具店へと入った。
「いらっしゃい」
無愛想な店主が奥から声をかける。
俺は壁に飾られた煌びやかな剣や、ガラスケースの中の高級品には目もくれず、入り口付近の木樽に無造作に突き刺さっているコーナーへと向かった。
『特価品・軍払い下げ』
俺はその中から、一本の鉄剣を引き抜いた。
装飾も何もない、ただの鉄の棒のような剣だ。だが、手入れは最低限されている。
「……普通の剣ですね。なまくらではないですが、業物でもない」
クリスが不思議そうに首をかしげる。
「これでいい。いわゆる『数打ち』の量産品だ」
俺は剣の重さを確かめるように数回振った。
重心は甘いが、使えないことはない。
「自分の剣だと、手になじみすぎてて、どうしても『俺の癖』が出る。こういう個性のない量産品の方が、正体を隠すには都合がいいんだ」
それに、と俺はニヤリと笑った。
「どこにでもある安物の剣で、高い剣を持った連中に勝つ。……その方が『達人』っぽくて格好いいだろ?」
「……なるほど! 『弘法筆を選ばず』ですね! 深いです、師匠!」
クリスが勝手に感動している。
俺は銀貨数枚でその剣を購入し、店を出た。
次は仮面だ。
通り沿いの雑貨露店には、祭り用の仮面がずらりと並んでいる。
狐の面、鬼の面、舞踏会用の洒落たドミノマスク。
「ロウェナ、好きなのを選んでいいぞ」
「んー……これ!」
ロウェナが迷わず手に取ったのは、安っぽい紙粘土で作られた、ひょうきんな顔をした道化の仮面だった。
赤くて丸い鼻に、裂けたような笑顔。
どこか間の抜けた表情だ。
「……おい、本当にそれでいいのか? もっと強そうな鬼の面とかあるぞ」
「ううん、これがいい! これ、おもしろい顔!」
ロウェナはケラケラと笑って仮面を自分の顔に当てた。
値段は銅貨三枚。子供のお小遣いでも買える代物だ。
「……センス独特だな。ま、顔が隠れりゃなんでもいいか」
俺は苦笑しながら代金を払った。
最強の剣士がつけるには、あまりにもふざけた仮面。だが、それもまた一興か。
◇
翌日。
俺たちは広場の噴水前で、ある人物と待ち合わせをしていた。
「お待たせ。遅かったかしら?」
現れたのは、いつもの堅苦しいスーツではなく、柔らかな色合いのワンピースにカーディガンを羽織ったミネルヴァだった。
眼鏡も仕事用の銀縁ではなく、少しカジュアルな赤縁のものに変えている。
「……雰囲気変わるな」
「今日は非番だもの。私の『投資先』がちゃんと仕上がってるか、確認させてもらうわ」
ミネルヴァは悪戯っぽく微笑み、自然な動作で俺の隣に並んだ。
「さ、行きましょ。観光客には知られていない、美味しい屋台を知ってるの」
彼女の案内で、俺たちは王都の穴場スポットを巡った。
路地裏の名店で「揚げピザ」を頬張り、氷で冷やした「氷菓」に舌鼓を打つ。
「おいしい!」
ロウェナが口の周りをクリームだらけにして笑うと、ミネルヴァがハンカチで優しく拭ってやる。
その光景は、傍から見れば休日の家族連れのようだったかもしれない。
「今年の大会、出場者は過去最多よ」
歩きながら、ミネルヴァが小声で情報をくれた。
「でも、本命は騎士団のエリートか、北から来た有名な傭兵あたりね。賭けの倍率もその二強に集中してるわ」
「俺はダークホースってわけだ」
「いいえ。あなたは場を荒らす『ジョーカー』よ。……期待してるわ、仮面の剣士様」
彼女は楽しそうに、氷菓の匙を舐めた。
◇
そして、大会前日。
最後の買い出しに広場を通ると、特設ステージに人だかりができていた。
「我こそは伝説の『仮面の剣士』である! 真の力を見よ!」
ステージの上で、派手な衣装と仮面をつけた男が演説していた。
手には装飾過多な剣を持ち、大げさな動作で素振りを披露している。
「あ! えどのニセモノ!」
ロウェナが指差して叫ぶ。
「しっ、声が大きい」
俺は慌ててロウェナの口を塞いだ。
「……あんなのが今年は五人も登録してるわ。頭が痛い」
同行していたミネルヴァが、こめかみを押さえて溜息をつく。
最近のブームに便乗した偽物たちだ。
その時だった。
ステージ上の偽物が、調子に乗って剣を振り回しすぎた。
「はぁぁぁっ! ……あ!?」
手汗で滑ったのか、剣がすっぽ抜け、観客の方へと飛んでいく。
その軌道の先には、逃げ遅れた子供がいた。
「危ない!」
誰かが叫ぶ。
だが、俺は声を出さなかった。
代わりに、足元の小石を拾い、人混みの影から指で弾いた。
――デコピンの要領で、神速の一撃。
カィンッ!
乾いた音が響く。
空中で小石が剣の柄にヒットし、その軌道を大きく逸らした。
ドスッ。
剣は誰にも当たることなく、誰もいない地面に突き刺さった。
「……へ?」
偽物が間抜けな声を出して固まっている。
観客たちも、何が起きたのか分からずポカンとしている。
「……あぶなっかしいな。行くぞ」
俺は何食わぬ顔で踵を返した。
誰も俺がやったとは気づいていない。
ただ一人、隣を歩くミネルヴァだけが、ニヤリと口角を上げていたのを除いて。
◇
その夜。
宿の部屋で、俺は買ってきた「数打ちの剣」の手入れをしていた。
安物の鉄だが、丁寧に油を引き、布で磨き上げることで、鈍い輝きを放ち始めている。
その横には、ロウェナが選んだ三枚銅貨の道化の仮面。
「……」
俺は剣を置き、仮面を手に取った。
そして、顔に当てる。
スッ……。
その瞬間、部屋の空気が変わった。
いつもの「昼行灯なおっさん」の様な雰囲気は消え失せ、冷ややかで底知れない、研ぎ澄まされた刃のような気配が立ち上る。
ふざけた道化の笑顔が、逆に不気味なほどの威圧感を放っていた。
「……すごい。別人のようです」
クリスが息を呑む。
窓の外では、前夜祭を祝う花火が上がり、夜空を彩っている。
「えど、がんばれー!」
ロウェナがベッドの上で飛び跳ねる。
「ああ。やるからには優勝賞品は頂く。……明日は特等席で見てな」
俺は仮面の奥で、静かに笑った。
準備は整った。
いよいよ明日、波乱の武術大会が開幕する。




