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【34000pv感謝】元衛兵は旅に出る〜衛兵だったけど解雇されたので気ままに旅に出たいと思います〜  作者: 水縒あわし
鍛治の街カレドヴルフ編

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琥珀色の酒と、仮面の剣聖



 宿屋『大猪のあくび亭』の一階。




 夕食を終えた俺たちは、部屋に戻ろうと階段へ向かっていた。




「へへっ、ストラーノの旦那」



 その時、ほろ酔い加減の宿主が、カウンターの中から親しげに声をかけてきた。




「今年の『武術大会』はどうするんで? またあの時みたいに、ド派手に優勝さらっていくんですかい?」




 俺は足を止めた。




 この親父、昼間から飲んでいるのか、口が軽くなっている。




「……おい親父、声がでかい。俺はただの観光客だ。人違いだろう」



「へへへ、またまた~。俺の目は誤魔化せませんぜ。あんたの背中、昔とちっとも変わってねぇもの」



「昔の話だ。……行くぞ、バナーレ」



 俺はクリスの背中を押し、逃げるように階段を上がった。




「師匠、武術大会って……?」



「ただの世間話だ。気にするな」



 俺は適当にはぐらかしたが、入り口付近の柱の陰に、見慣れたスーツ姿の女性が立っていたことに気づかなかった。




 彼女――ミネルヴァの眼鏡の奥の瞳が、鋭く光ったことを。



          

 部屋に戻り、ロウェナをベッドに寝かしつけた後のことだった。




 コンコン、と控えめなノックの音が響いた。




「こんな時間に誰だ?」



 クリスが警戒して扉を開ける。




 そこに立っていたのは、書類の束と、高級そうなワインボトルを二本抱えたミネルヴァだった。




「こんばんは。……夜分にごめんなさいね」



「ミネルヴァさん? どうしたんですか、そんな荷物を持って」



「『完了報告書』に不備があったのよ。サインが一つ抜けていたわ」



 彼女は書類をヒラヒラと振った。




「そんなもん、明日の朝でいいだろう」



 俺が呆れて言うと、彼女は悪戯っぽく笑った。




「ギルドの事務員は几帳面なのよ。……お詫びに、いいお酒を持ってきたわ。入れてくれる?」



 完全に確信犯だ。




 俺はため息をつきつつ、ドアを開けた。




「……入れよ。ちょうど寝酒が欲しいと思ってたところだ」



          

 部屋の小さなテーブルを囲み、木製のマグカップに赤ワインが注がれる。




 芳醇な香りが部屋に満ちた。




「乾杯」



 俺とミネルヴァ、そして少しだけクリスも付き合ってグラスを合わせた。




 一口飲む。深いコクと滑らかな舌触り。




 安宿で出る酒とは別次元の代物だ。




「……で? わざわざ高い酒を持ってきた理由はなんだ?」



 俺が単刀直入に切り出すと、ミネルヴァはグラスを回しながら言った。




「さっき、下で宿主と話しているのを聞いたわ。……気になって、ギルドの記録庫を調べてきたの」



「仕事が早いな」



「私の特技よ。……ねえ、十数年前の話よ。この王都の闘技場に、彗星の如く現れた謎の剣士がいたわ」



 ミネルヴァは語り始めた。




 その剣士は常に『仮面』をつけて素性を隠し、圧倒的な実力で名だたる騎士や冒険者をねじ伏せた。




 派手な技も魔法も使わず、ただ研ぎ澄まされた剣技だけで。




「彼は三年連続で優勝し、観客から**『仮面の剣聖』**と呼ばれた。でも、四度目の大会を前に、忽然と姿を消したの」



 クリスがゴクリと唾を飲み込む。




「最近では『仮面の剣士』って呼ばれているわね、それで、その名にあやかった偽物が時々現れるわ。でも、どれも実力が伴わない人ばかり」



 ミネルヴァは眼鏡の位置を直し、俺の目を真っ直ぐに射抜いた。




「……本物が戻ってきたとなれば、ギルドとしても見過ごせないわね。ストラーノさん?」

          



 沈黙が流れた。




 俺は苦笑し、残りのワインを一気に煽った。




「……参ったな。そこまで調べがついているなら、隠しても無駄か」



「師匠、やっぱり……!」



 クリスが目を輝かせて身を乗り出す。




 俺は空になったカップを置き、天井を見上げた。




「二十歳の頃だ。当時、俺はヴェステリア公爵の護衛として、王都に長期滞在していたんだ」



「ヴェステリア公爵……! 先代のですよね? 領都の領主様で、文武両道の方だという……」



「ああ。滞在期間は三年ほどだったかな」



 俺は懐かしむように目を細めた。




「当時は若かったし、血の気も多かった。『自分の剣が王都でどこまで通用するか試したい』なんて、青臭い野心もあったんだよ」



 だが、一介の衛兵が、王都の騎士や有名冒険者を公衆の面前で叩きのめせば、主君である公爵に迷惑がかかる。




「だから仮面をつけて、正体を隠して出場したんだ。……ま、結果はあんたの言った通りだ」



「二回目あたりから話題になりすぎて、歩くのも大変だったわね」



「違いない。三回目の優勝の後、公爵の任期が終わって領都へ帰ることになった。いい潮時だと思って、そのまま仮面を捨てたのさ」



 俺は肩をすくめた。




「ただの若気の至りだよ。名誉なんて興味なかったしな」

          



 話を聞き終えたミネルヴァは、満足そうに頷いた。




「やっぱり、私の目に狂いはなかったわけね。……どう? 今年は出ないの? 本物の剣舞、私に見せてくれないかしら」



「断る」



 俺は即答した。




「俺の時代は終わった。それに、もう目立つのは御免だ」



「えぇ……。師匠、僕も見たいです。師匠の本気の試合……!」



 クリスまで食い下がってくる。




「ダメだ。俺たちの目的はあくまで『旅』だ。これ以上、無駄に目立って足止めを食らうわけにはいかない」



 俺が頑として首を横に振った、その時だった。




「んぅ……」



 話し声で目が覚めたのか、ベッドの毛布がもぞもぞと動いた。



 ロウェナが眠い目をこすりながら顔を出す。




「……えど、たたかうの?」



 完全に寝ぼけている。




 ミネルヴァが一瞬眉を動かしたが、何も言わずに微笑んでいる。




「いや、戦わないぞ。寝てなさい、ロウェナ」



 俺が優しく言い聞かせると、ロウェナはクリスとミネルヴァの顔をキョロキョロと見て、何かを察したように俺の服の裾を掴んだ。




 そして、上目遣いで言った。



「……ろうぇな、みたい」



「ん?」



「えどのかっこいいところ、みたい! 仮面、かっこいい!」



 その純粋無垢な瞳による直撃攻撃。




 俺の心臓にクリティカルヒットが入った。




「うっ……」



「だめ……?」



 うるうるとした瞳で見つめられる。




 俺の鉄の意志が、音を立てて粉砕されていくのが分かった。




「……はぁ」



 俺は深い、深い溜息をついた。




「今回だけだぞ。……ったく、しょうがないな」



 俺が頭をかくと、ミネルヴァが「ふふっ」と勝ち誇ったように笑った。




「やっぱり、女の子には弱いのね」



 彼女は手元の書類の束から、一枚の羊皮紙をスッと差し出した。




 『武術大会 参加登録用紙』。




 最初から用意していたらしい。



「……準備がいいな」



「事務員ですから」



 俺は渋々ペンを取り、サラサラとサインをした。




 王都の闘技場に、再び『仮面』の伝説が帰ってくることが決まった夜だった。




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― 新着の感想 ―
更新お疲れ様です。 前々からでは有りますが、エドさん完全に『娘の為に頑張るパパ』化してますねww この良い空気に水を差すイベントが起きないのを願いたい…。 それでは今日はこの辺りで失礼致します。
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