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【34000pv感謝】元衛兵は旅に出る〜衛兵だったけど解雇されたので気ままに旅に出たいと思います〜  作者: 水縒あわし
鍛治の街カレドヴルフ編

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白き都の汚濁と、ゼリー状の指南役



 翌朝。




 俺たちは冒険者ギルドの開館と同時に、その重厚な扉をくぐった。




 まだ人の少ないロビーを抜け、一般掲示板へ直行する。




 そこには昨晩、ミネルヴァが言っていた通りの依頼書が貼り出されていた。




『緊急:地下水路の清掃(スライム駆除)』



 報酬:銀貨15枚(※特別危険手当含む)




 相場の三倍。破格の報酬だ。




 だが、周囲の冒険者たちは依頼書を一瞥すると、露骨に顔をしかめて通り過ぎていく。




「げっ、ドブ浚いかよ……」



「臭いが染み付くからパスだ。割に合わねぇ」




 彼らの反応を他所に、俺は迷わず依頼書を剥ぎ取った。




 そのまま受付カウンターへと向かうと、そこには既に仕事モードに入ったミネルヴァが涼しい顔で座っていた。




「あら、早かったわね。一番に来てくれてよかったわ」



 彼女は俺が持参した依頼書を見ると、フッと口元を緩めた。




「手続きをお願いする。……しっかし、みんな逃げていくな。人気がない」



「報酬が高いのには理由があるのよ。ただの掃除じゃないわ」



 ミネルヴァは手際よくスタンプを押しながら、声を潜めた。



「建国祭に向けて、街の上(?)では念入りに清掃をしているでしょう? そのせいで大量の洗剤や汚水が地下に流れ込んで、スライムが異常繁殖してしまったの」



「なるほど。薬剤で活性化したスライムの群れか」



「ええ。普段より凶暴だし、数も多いわ。半端な冒険者じゃ怪我をする。……でも、昨夜のあなたたちなら任せられると思ったの」



 ミネルヴァは眼鏡の奥で、確信に満ちた瞳を向けた。




 彼女はただ情報を流したわけじゃない。




 昨夜、酔っ払いを一喝で制した俺たちの「場数」を見抜き、あえてこの厄介な仕事を回したのだ。




「……なるほど。厄介払いと人手不足の解消を同時にこなしたわけか。してやられたな」



 俺が苦笑すると、ミネルヴァは悪びれずに肩をすくめた。




「人聞きが悪いわね。適材適所よ。期待しているわ、バナーレさんたち」




          

 俺たちは雑貨屋で鼻栓とミントの香油を買い込み、路地裏のマンホールから地下へと潜った。




 ムッとした湿気と、鼻をつく腐臭。




 地上は白く輝く石畳の都だが、その皮一枚下には、生活排水とヘドロが流れる巨大な迷宮が広がっている。




「うぅ……想像以上です……」



 クリスが鼻を押さえて呻く。




 足元は苔とヘドロでヌルヌルしており、油断すると転倒しそうだ。




「来るぞ」



 俺が松明を掲げた瞬間だった。




 天井の暗がりから、ボタボタと何かが降ってきた。




 半透明のゼリー状の塊。スライムだ。




 だが、そのサイズは大人の頭ほどもあり、動きも素早い。




「迎撃する!」



「はいっ!」



 俺とクリスは同時に構えた。




 俺は腰の剣を抜き、襲いかかってくるスライムに向かって踏み込む。




 ヒュンッ!




 一閃。




 剣筋はゼリー状の身体を抵抗なく切り裂き、その中心にあるビー玉のような「コア」を正確に両断した。




 核を失ったスライムは、形を保てずにドロドロの汚水となって崩れ落ちる。




「核を壊せば終わりだ。簡単だろ?」



 俺は手本を見せて振り返った。




 だが、クリスの方は苦戦していた。




「くっ……!」



 シュッ、シュッ!




 クリスの槍が鋭い突きを繰り出す。




 しかし、穂先はヌルヌルしたスライムの身体を貫通するだけで、小さな核を捉えきれない。




 あるいは捉えても、ゴムのような弾力に弾かれ、軌道が逸れてしまうのだ。




「手応えがありません! 核が小さすぎて、狙いが……!」



 さらに悪いことに、踏ん張ろうとした足がヘドロで滑り、いつもの鋭い刺突が放てていない。




「止まれ、バナーレ!」



 俺は声をかけた。



「馬鹿正直に突くな。お前の槍は『点』で攻撃する武器だが、相手は不定形だ。相性が悪すぎる」



「で、ですが、どうすれば……」



「切ろうとするな。突こうとするな。――『割れ』」



 俺は短く告げた。




「槍の長さを生かせ。遠心力を使って、棍棒のように叩き潰すんだ。衝撃を内部に通せば、脆い核は勝手に砕ける」



「叩く……!」



 クリスの目に理解の光が浮かぶ。



 彼は槍を短く持ち直し、切っ先ではなく、柄を含めた全体重を乗せるように大きく振りかぶった。



「ふんッ!!」



 バヂィン!!



 湿った音が地下道に響く。




 槍の一撃がスライムの側面を強打した。




 ゼリー状の身体がひしゃげ、その衝撃波が内部を駆け巡る。




 パリン。




 内部の核が粉砕される音が聞こえ、スライムが液状化して弾け飛んだ。




「……これなら、いけます!」



 コツを掴んだクリスは、水を得た魚のように動き出した。



 滑る足場を逆手に取り、スケートのように滑りながら位置取りを変え、次々とスライムたちを「叩き割って」いく。




「ばなーれ、つよいー!」



「よし、その調子だ。一気に片付けるぞ!」



          

 数時間後。




 指定エリアの駆除を終え、詰まっていた水路の流れが戻ったのを確認してから、俺たちは地上へと這い出した。




「ぷはぁっ……!」



 新鮮な空気が肺を満たす。




 だが、俺たちの体はヘドロとスライムの体液でドロドロだった。




 通りすがりの人々が、あからさまに鼻をつまんで避けていく。




「師匠……自分、臭いです……」



「安心しろ、俺もだ。……よし、まずは報告だ」



 俺たちは人混みを避けながら、再び冒険者ギルドへと向かった。

          



「……うっ」



 カウンター越しに俺たちを見るなり、ミネルヴァは鼻をつまんで顔をしかめた。




「ちょっと、すごい臭いよ。半径十メートルは誰も近寄らないわ」



「へへっ、戦士の勲章だと思ってくれ。……ほら、完了証明書だ」



 俺がヘドロのついた書類を差し出すと、ミネルヴァは苦笑しながら、それでも指先で丁寧に受け取った。



「確認したわ。……まさか、半日で終わらせてくるなんてね。他のパーティなら丸一日はかかってたわよ」


 彼女は俺たちの仕事ぶりを見て、満足そうに頷いた。




「さすがね。あなたたちにお願いして正解だったわ。ありがとう」



 ミネルヴァは机の下から、ずっしりと重い革袋を取り出した。



「はい、約束の報酬。特別手当込みで弾んでおいたわ」



「助かる。……で、ついでに頼みがあるんだが」



 俺が自分の服を指差して見せると、彼女はクスクスと笑った。




「ええ、分かってるわよ。このまま宿に戻ったら追い出されるものね」



 彼女はメモ用紙にサラサラと地図を描いた。




「ここから二つ隣の区画に『白鳥の湯』っていう大衆浴場があるわ。広くて清潔だし、汚れのひどい労働者専用の洗い場もあるから、あなたたちでも気兼ねなく入れるはずよ」



「そいつはいい情報だ。重ねて感謝するよ」



 俺たちは地図と報酬を受け取り、逃げるようにギルドを後にした。




 背中でミネルヴァが「しっかり洗ってきなさいよー!」と笑いながら手を振っているのが聞こえた。



          

 教えてもらった大衆浴場は、煉瓦造りの立派な建物だった。




 番台で追加料金を払い、汚れきった服を洗濯サービスに放り込む。



 身体を覆っていた汚泥を、硬いタワシと石鹸で徹底的にこすり落とす。



 三度洗ってようやくヌメリが取れたところで、俺たちは湯船へと向かった。



 湯気が立ち込める広大な浴場。



 なみなみと湯が張られた巨大な石造りの浴槽が、俺たちを待っていた。




「入るぞ」



「はい……!」



 ザブゥゥゥゥン……。




 湯船に身体を沈めた瞬間、溢れたお湯がザザァと床を洗う。




 熱い。




 だが、その熱さが堪らない。




「~~~~っ…………ふぅぅぅぅ」



 思わず、魂の底から漏れるような声が出た。




 熱湯が冷え切った皮膚を刺激し、じわじわと筋肉の奥深くまで浸透していく。




 こわばっていた血管が解き放たれ、地下での緊張と疲労が、湯の中に溶け出していくようだ。




 手足を伸ばすと、浮力が重力を忘れさせてくれる。




 鼻腔を満たすのは、ドブの腐臭ではなく、清潔な湯気と檜の香り。




 まさに、地獄から天国への帰還だ。




「……極楽、ですね」



 隣で肩まで浸かったクリスが、とろんとした目で天井を見上げている。




 その顔からは、スライム相手に苦戦していた時の険しさは完全に消えていた。




「ああ。この瞬間のためにドブに入ったようなもんだな」



 俺は手ぬぐいを頭に乗せ、大きく息を吐いた。




 労働の後の、それも汚れ仕事の後の風呂ほど、格別なものはない。




「槍の使い方、勉強になりました」



 クリスがお湯を掌で掬いながら言った。




「突くだけが能じゃない。状況に合わせて形を変える……スライムみたいに柔軟に、ですね」



「そういうことだ。型に嵌まるな。生き残った奴が強いんだ」



「はい、師匠」



 俺たちは茹で上がったタコのように赤くなりながら、しばらく無言でお湯の温かさを堪能した。



 懐には重たい銀貨袋。




 体は清潔で温かい。




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