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【34000pv感謝】元衛兵は旅に出る〜衛兵だったけど解雇されたので気ままに旅に出たいと思います〜  作者: 水縒あわし
鍛治の街カレドヴルフ編

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黄金の掲示板と、バナーレな選択



 宿屋『大猪のあくび亭』の朝は早い。




 一階の食堂には、これから仕事に向かう職人や日雇い労働者たちが詰めかけ、ガチャガチャと食器を鳴らす音が響いている。




「……おはようございます、ストラーノさん」



 向かいの席についたクリスが、どこか恨めしそうな顔で挨拶をしてきた。




「おう、おはようバナーレ君」



 俺がニヤリと笑って返すと、クリスはガックリと肩を落とした。




「……やっぱりその名前、変えませんか? 意味を知ってる人がいたら笑われますよ。『平凡』だなんて」



「名前なんてただの記号だ。目立たなけりゃ何でもいいんだよ。……な、リベルタ?」



「ん! りべるた、パンおかわり!」



 ロウェナは新しい名前が気に入ったのか、ご機嫌な様子で堅焼きパンをスープに浸している。




 俺たちは簡単な朝食を済ませ、部屋に戻って装備を整えた。




 足元はまだ、革のブーツのままだ。




 王都に潜む「目」を誤魔化すため、しばらくあの青い脛当てはお預けだ。




「よし、行くぞ。まずは路銀の確保だ」


          

 王都の中央広場に面した一等地に、その建物はあった。




 『冒険者ギルド王都本部』




 重厚な石造りの外観は、まるで神殿か巨大な銀行のようだ。




 入り口は三つに分かれており、高ランク冒険者用、一般用、そして納品業者用と、それぞれの目的に合わせて絶え間なく人が吸い込まれていく。




「これが王都のギルド……カレドヴルフの三倍はありますね」



 クリスが圧倒されたように呟く。




 ロビーに足を踏み入れると、凄まじい熱気と喧騒が押し寄せてきた。




 数百人はいるであろう冒険者たちの話し声、羊皮紙を捲る音、受付の呼び出し声。



それらが混じり合い、巨大な唸りとなって空間を支配している。




「ひとがいっぱい!」



 ロウェナがキョロキョロと辺りを見回す。




 俺は二人の肩を引き寄せた。




「スリに気をつけるんだぞ。ここは戦場と同じだ。ボヤッとしてると、財布どころか装備まで剥がされる」



 俺は人波をかき分け、壁一面に設置された巨大な掲示板の前へと進んだ。




 そこには、地方の支部とは桁違いの数の依頼書が張り出されている。




「さて、どれにするか……」



 俺が品定めをしていると、クリスが一枚の依頼書を指差した。




「師匠、これなんかどうですか? 『街道に出没するオーガの討伐』。報酬もいいですし、僕たちなら……」



「却下だ」



 俺は即答した。




「えっ? でも、近郊の依頼ですよ?」



「よく地図を見ろ。王都の『近郊』ってのは、ここから片道二、三日の距離のことを言うんだ」



 俺は依頼書の詳細を指で弾いた。




「王都の周辺は、衛兵の巡回もしっかりしてるし、人通りも多い。魔物だって馬鹿じゃないから、そんな危険地帯には寄り付かねぇよ。つまり、魔物が出るような場所に行くには、それだけ遠出をしなきゃならん」




 移動だけで数日。



現地での探索と戦闘、そして帰還。




 下手をすれば一週間コースだ。




「今の俺たちの目的は、手っ取り早く王都での生活基盤を整えることだ。移動で時間を食う依頼は効率が悪い」



 俺は討伐依頼のコーナーから視線を外し、地味な色合いの依頼書が集まる「採取・運搬」のコーナーへと移った。




 そこから、数枚の依頼書を引き剥がす。




「こっちだ。『祝祭用の発光苔ルミナモスの採取』、それに『屋台の骨組み用木材の運搬』」



「……地味ですね。報酬も討伐に比べると……」



「普段ならな。だが、よく見ろ。今は『特別報酬』が上乗せされてる」



 建国祭が近い影響で、街は資材不足に陥っているのだ。




 飾り付け用の素材や、急造の露店を作るための木材。



それらの需要が爆発的に跳ね上がっている。




「討伐依頼よりも危険が少なくて、拘束時間も短い。それでいて、今の時期だけ報酬は倍近くになってる」



 俺は依頼書をヒラヒラと振った。




「その時のタイミングと需要を見極めて、一番割のいい仕事を選ぶ。……それが、都会で『楽に』生きるコツだ」



「なるほど……。さすが師匠、抜け目がないですね」




 クリスが感心したように頷く。



 俺たちは依頼書を持って、長蛇の列ができている受付カウンターへと並んだ。



          

「はい、次の人」



 事務的な声が響いた。




 窓口に座っていたのは、眼鏡をかけた三十代半ばほどの女性職員だった。




 隙のないスーツ姿に、きっちりと纏められた髪。




 その鋭い眼光は、数多の荒くれ冒険者たちを黙らせてきた「鉄の女」の風格を漂わせている。




「依頼の受注ね。冒険者カードを出して」



 俺は二人のカードと一緒に、自分のカードをカウンターに置いた。




「ああ、俺はストラーノ。こっちがバナーレだ。よろしく頼む」



 俺が愛想よく言うと、女性職員――名札にはミネルヴァとある――は、眉をひそめてカードと俺の顔を交互に見た。




「……?」



 彼女は眼鏡の位置を直しながら、冷ややかな声で言った。



「カードの名前は『エドワード』と『クリス』になってるわよ? 登録ミス?」



「い、いや、これは本名だが……呼ぶ時はそっちの『通称』にしてくれないか? ほら、規定でそういうのあるだろ? 通名登録とか」



「……そんな規定はないわ。ギルドは公的機関よ。書類も登録も、全て本名で行うのが規則です」



 バッサリと切り捨てられた。




「うっ……」



 言葉に詰まる俺の横で、クリスも「やっぱり……」という顔で青ざめている。




 てっきり、そういう融通が利くものだと思い込んでいたが、どうやら俺の認識が甘かったらしい。




 後ろに並んでいる冒険者たちから、「早くしろよ」という無言の圧力が突き刺さる。




 ミネルヴァは大きな溜息をついた。




 彼女の視線が、俺たちの少し事情ありげな様子と、背負った槍、そして停滞し始めた行列を瞬時に観察する。




(……訳ありね。いちいち事情聴取をして、行列を止めるのは非効率だわ)




 そんな心の声が聞こえてきそうな顔で、彼女はペンを取り上げた。




「はぁ……。わかったわ。書類上の処理は本名で通すけれど、窓口での呼び出しは『ストラーノ』と『バナーレ』にしてあげる」



「ほ、本当か! 恩に着る!」



「勘違いしないでちょうだい。あなたがここで『規則だ、事情だ』と大声で騒ぐと、業務の邪魔だからよ。私の判断で処理するだけ」



 ミネルヴァはクールに言い放ち、手際よく書類にスタンプを押していく。




「今回は特別よ。……さっさと手続きするわね」



 彼女の機転に救われた。



さすがは王都の受付嬢、捌き方が違う。




 手続きの間、ミネルヴァは手を動かしながら淡々と口を開いた。




「この時期は人が多いから、変な依頼には関わらないことね。……今年の建国祭は、あの『勇者一行』も凱旋パレードに来るらしいから、街中が浮き足立ってるわ」



 ピクリ。




 その単語が出た瞬間、隣のクリスの肩が強張ったのが分かった。




「……へぇ、勇者様御一行か。そりゃあ賑やかになりそうだ」



 俺は何でもない風を装って相槌を打った。




「ええ。警備も厳重になるし、ギルドへの依頼も増える。稼ぎ時だけど、巻き込まれないようにね」



 ミネルヴァは手続きを終えると、依頼書の控えをカウンターに滑らせた。




「はい、完了。……頑張りなさい、『平凡バナーレ』さん」



 最後に少しだけ皮肉っぽい視線を向けられ、クリスは「は、はい……」と小さくなって頭を下げた。



          

 ギルドを出ると、外の空気は相変わらずの熱気に満ちていた。




「……勇者、来るんですね」



 人混みの中で、クリスがポツリと漏らす。




「ああ。だが、向こうは雲の上のパレードだ。こっちから近づかなけりゃ、会うこともないさ」




 俺はそう言って、彼の背中を叩いた。




 その時、俺の視界の端に、掲示板の隅に貼られた一枚のポスターが映った。




 『王都武術大会 参加者募集中』




 祭りのメインイベントの一つだ。




 かつての俺なら、血が騒いで飛びついていたかもしれない。




 だが今は、隣に守るべき弟子と、小さな女の子がいる。




(……今年は観客として楽しむか)




 俺はポスターから視線を外し、二人に向き直った。




「さて、仕事だ。市場へ行って荷運びをするぞ。バナーレ君、その自慢の足腰を見せてやれ」



「もう、やめてくださいよその名前……」



 クリスが苦笑いし、ロウェナが笑う。




 華やかな王都の祝祭ムードの裏側で、俺たちの地道な生活がスタートした。




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