鋼の轍と、爆炎の口付け
静寂が、地下空洞の熱気にじっとりと溶け込んでいく。
眼下では、十数体いた溶岩リザードが物言わぬ骸と化し、赤熱していた皮膚が急速に色を失い、黒ずんだ岩のような塊に変わっていた。
五人の冒険者たちは、獲物を囲んだまま、誰一人として即座に武器を収めようとはしない。
血振るいの一動作、残敵を確認する視線の鋭さ、そして互いの死角を埋める立ち位置の微調整。
そのすべてが、数多の死線を潜り抜けてきた「プロ」のそれだった。
「……終わったようですね、エドさん」
クリスが声を潜めて囁く。
その声には、圧倒的な技量を目にしたことへの純粋な驚嘆が混じっていた。
俺は黙って頷き、通気口の縁から身を起こした。
隠れ続けるのは、かえって無用な疑念を招く。
俺は意図的に足音を立て、自分たちの存在を階下の彼らに示した。
瞬時に、五対の視線がこちらを射抜く。
特に、あの重厚な大盾を傍らに置いた巨漢の男――リーダー格だろう――の眼光は、熱風よりも鋭く、俺の肌をチリリと焼いた。
俺たちは岩肌を伝い、慎重な足取りで空洞の底へと降り立った。
「手出し無用、という意味の矢だったな。……助かったよ。余計な体力を使わずに済んだ」
俺が少し離れた位置で足を止め、両手を軽く広げて敵意がないことを示すと、大盾の男は鼻を鳴らした。
「賢明な判断だ。あの状況で、後ろから素人に突っ込まれるのが一番の迷惑だからな」
男は、俺の装備や立ち振る舞いを、まるで値踏みするように見た。
クリスの緊張した面持ちや、俺の背後に隠れるロウェナ。
そして、最後に俺の腰にある、手入れの行き届いた剣の柄に視線が止まる。
「……だが出しゃばらず、最後までパーティのバランスを見て待機できていた。それだけで、お前らが昨日今日登録したばかりの若造じゃないことはわかる」
男の声は、先ほどまでの刺々しさが僅かに消え、同業者に対する最低限の敬意が混じっていた。
「戦うことより、待つことの方が難しい。……あんたこそ、あの状況で一度も盾を下げなかった。背後の連中への信頼がなきゃ、できない芸当だ」
俺がそう返すと、男の口角が僅かに上がった。
言葉少ななやり取りだったが、それで十分だった。
互いに、相手が「まともな戦力を有している」ことを肌で理解したのだ。
「俺はバラム。こっちは『鋼の轍』だ。……見ての通り、ギルドからこの熱気の調査を請け負っている」
「俺はエド。……こっちも、似たような依頼だ」
合流した俺たちは、バラムの仲間に加わっていた年配のドワーフ、ドランを先頭に、さらに地下の奥深くへと足を踏み入れた。
通路は狭まり、壁面に張り巡らされた銅製の配管が、熱で赤黒く変色している。
そこから漏れ出す蒸気が、視界を白く濁らせていた。
一歩進むごとに、吸い込む空気が肺の奥を焼く。
「……ひどい熱だな。配管が悲鳴を上げている」
俺が壁の近くを通ると、輻射熱だけで髪の毛がチリつくのがわかった。
ドランが忌々しげに鼻を鳴らし、手に持った大きなレンチで配管を叩く。
「本来なら、地上へと熱を逃がすための排熱シャフトが機能しているはずなんだ。だが、風が完全に死んでやがる。どこかで詰まってやがるんだ」
俺たちは、さらに三十分ほど迷宮のような回廊を彷徨った。
滝のように流れる汗が目に入り、感覚が麻痺しそうになる。
クリスは荒い呼吸を繰り返しながらも、遅れまいと必死に足を動かしていた。
やがて、俺たちは巨大な鉄扉の前に行き当たった。
「……ここだ。この先が中央排熱シャフトだ」
ドランが重い扉を押し開ける。
そこにあったのは、想像を絶する光景だった。
直径十メートル以上はある巨大な縦穴を、赤黒い肉の塊が完全に埋め尽くしている。
それは、熱を好む粘性の魔物、溶岩蝸牛の巨大な群れだった。
彼らは互いの粘液で癒着し、巨大な「栓」となって、街の排熱を遮断していたのだ。
「あんなの、どうやって斬ればいいんですか……」
クリスが絶望的な声を出す。
鋼の轍の剣士が試しに一太刀浴びせたが、刃はブヨブヨとした粘液に吸い込まれ、手応えすら残らなかった。
「物理攻撃は通じない。魔法もこの熱気で術式が組めん。……詰みだな」
バラムが苦々しく吐き捨てる。
「いや、やり方はある」
俺は腰の袋から、ずっしりと重い皮袋を取り出した。
「……エドさん、それって」
「ああ。コールベルクで仕入れておいた『爆炎袋』だ。いつか何かに使えると思ってな」
バラムが目を細める。
「……なるほど、内側から吹き飛ばすか。だが、奴らの皮膚は耐火性が高いぞ」
「だから、口の中に放り込む。……バラム、あんたたちが奴らを怒らせて、その大きな口を開けさせてくれ。放り込むのは俺がやる」
バラムは一瞬だけ俺を凝視し、やがて短く笑った。
「いいだろう。……野郎ども! あの『客分』のお膳立てだ。派手に暴れるぞ!」
バラムが盾を構えて突進する。
鋼の轍の連携は、流石の一言だった。
盾で魔物の触手を強引に薙ぎ払い、槍が粘液の隙間を突いて執拗に本体を刺激する。
苛立った巨大な溶岩蝸牛が、ついにその中心部を割り、蒸気と共に巨大な口を開けた。
「今だ、エド!」
俺は弾かれたように飛び出した。
足元の粘液に足を取られないよう、最小限の歩数で距離を詰める。
(外すなよ……一発勝負だ)
俺は全身のバネを使い、手持ちの全ての爆炎袋を魔物の開かれた顎の中へと投げ込んだ。
袋が粘液の奥深くへと吸い込まれた瞬間。
「射て!」
後方で構えていた鋼の轍の弓使いが、火を灯した矢を放つ。
放たれた一条の光が、魔物の口内、爆炎袋に正確に突き刺さった。
――刹那。
ドォォォォォン!
地下空洞全体を揺るがす轟音が響き、視界が真っ白な炎に包まれる。
俺は爆風に飛ばされる寸前、バラムが差し出した巨大な盾の陰へと滑り込んだ。
衝撃波が通り過ぎ、耳鳴りが収まるのを待って顔を上げる。
そこには、跡形もなく吹き飛んだ魔物の残骸と、ぽっかりと口を開けた巨大なシャフトがあった。
「……やったか?」
バラムが盾を上げ、様子を伺う。
ドランがすぐさま煤けた制御盤に駆け寄り、レバーを力任せに引き下げた。
「……よし、弁の固着もねえ。冷却機構、再始動するぞ!」
ドランがいくつかのバルブを回すと、シャフトの奥から、ゴォォォ……という巨大な回転音が響き始めた。
滞留していた熱気が、凄まじい勢いで上空へと吸い上げられていく。
そして。
シャフトの奥から、それまでとは全く違う風が吹き抜けてきた。
ヒュゥゥゥ……。
それは、街の深部に張り巡らされた冷却用の冷気ダクトが正常に動き出した証だった。
頬を打つ冷たい風に、吹き出していた汗が瞬時に引き、肌に鳥肌が立つのを感じる。
「……ああ、いきかえる~」
ロウェナが、その冷気を全身に浴びるようにして両手を広げた。
「依頼完了だな。……これで、上も少しは静かになるだろ」
俺は剣の柄から手を離し、大きく息を吐いた。
不気味に揺らめいていたカレドヴルフの熱狂が、ようやくこの冷気と共に冷めていくのを感じていた。
前話からかなり間が開いてしまい失礼しました
来年は一月一日から毎日更新目指したいなぁ……という所存です。




