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【34000pv感謝】元衛兵は旅に出る〜衛兵だったけど解雇されたので気ままに旅に出たいと思います〜  作者: 水縒あわし
精霊のヴェール編

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新しい名前


森の中で迎える朝は、ひどく静かだった。


耳を澄ませば、遠くで鳥の声が聞こえるくらいで、昨日までの緊張や興奮が嘘のようだ。


慣れない場所、そして誰かと一緒に寝るという状況で、昨夜はあまり休息は取れなかった。


それでも、体はいくらか軽くなった気がする。



そっと目を開ける。


横を見ると、毛布に包まれた少女が、まだ静かに寝息を立てていた。



その小さな寝顔を見ていると、昨夜の激闘が夢だったかのように思える。



起こさぬように、そっと体を起こす。


冷えた毛布の上から自分の外套をかけてやった。



まだ朝は冷える。




焚き火に枯れ枝をくべ、火を熾す。


やがて炎が勢いを増し、鉄鍋に水を入れて火にかける。


湯が沸くまでの間に、背囊から乾燥スープと干し肉を取り出した。


鍋にそれらを放り込み、朝食の準備をする。


質素だが、温かい食事は何よりのご馳走だ。




スープの匂いにつられたのだろうか。


香ばしい匂いが漂い始めると、少女が小さく身動ぎ、やがてゆっくりと目を開けた。


まだ少し寝ぼけた様子のその顔に、俺は「おはよう」と小さく声をかけた。



出来上がったスープを木皿に注ぎ、黒パンと共に少女に手渡す。


少女は少し戸惑った様子だったが、俺が食べているのを見て、ゆっくりと真似て食べ始めた。


「慌てなくていい、ゆっくり食べな」


そう声を掛けると、少女は小さく頷いた。



二人で黙々と朝食を摂る。


森の静寂の中で、スープをすする音だけが響いた。



食事をしながら、改めて少女のことを見る。


まだ幼さの残る顔立ち。


痩せ細っているが、これから旅しっかり食事をとれば少しは肉もつくだろう。


そして、やはり気になるのは名前だ。


「名前がないのは…不便だな」


ぽつりと、独り言のように呟いた。



俺の言葉を聞いた少女は、不安げな表情を見せた。


名前がないことが、自分にとって悪いことなのか、と考えているのかもしれない。



少女は再び、地面に落ちていた枝を拾い上げ、何かを書き始めた。


焚き火の明かりが弱くなっているが、日の光もあり昨夜よりよく見える。



俺は身を乗り出し、地面に書かれた文字を解読しようと試みる。


乱雑に書かれた線。


「ろ…ろ……」


どうにか、一文字目が「ろ」らしいことだけは分かった。


「ろぅ…?」


次の文字を繋げて、そう発音してみた。



少女は、俺の言葉を聞いた瞬間、大きく、勢いよく頷いた。


「ろぅ、なのか?」


もう一度確認するように尋ねると、少女は目を大きく見開き、力強く頷いた。


間違いない、それが彼女の呼び名らしい。


「…ロゥ…」



俺は地面に書かれた文字をもう一度見る。


そして、少女の顔を見る。


(ロゥ、か…多分、人攫いから呼ばれてたんだろうな…ぞんざいな響きだ…)



そんな名前で、これから旅をする少女を呼ぶわけにはいかない。



俺は少しの間、考えるために目を閉じた。


頭の中を、様々な考えが駆け巡る。


これからどうするか。


この子をどこに連れて行くか。


そして、まず、なんて呼んでやればいいか。



ふと、昔、代官騎士様が話してくれた異国の話が脳裏に蘇った。 



遥か遠い国に伝わる、美しいお姫様の話。


白く輝くような髪を持つ、気高くも優しい姫の話だった。



その名前が、不意に口からこぼれた。


「……ロウェナ」


俺は顔を上げ、少女に向き直った。


少女は、俺の突然の言葉に、少し戸惑った顔をしている。


「いいかい、ロゥという名前の少女は、もういない」


俺は静かに言った。少女の顔に、戸惑いに加えて、少しだけ影が差す。

 


「彼女は、昨夜ドレイクに食われて、この森でいなくなったんだ」



少女の表情が曇る。


まるで、自分自身が消滅したかのような顔をしている。




「君の名前は……今からロウェナだ」




俺はまっすぐ少女の目を見て言った。


「俺が、今、名付けた。いいかい?  君の名前は、ロウェナだ」



ロウェナ。



その響きは、森のざわめきとは違い、清らかで、そしてどこか強さを持っているように感じられた。


少女は、俺の言葉を聞いた瞬間、ハッと息を呑んだ。


そして、ゆっくりと、その表情が輝き始めた。


それは、曇り空から太陽が顔を出したかのような、明るく、純粋な笑顔だった。



「ロウェナって言うのは、遠い国のお姫様の名前と一緒だ」



俺は微笑みながら、少女の、少し埃っぽい髪にそっと触れた。


「輝くほど綺麗な髪の毛を持つ、素敵なお姫様だったらしいぞ」



少女は俺の言葉を聞きながら、自分の髪の毛に触れた。


細く汚れた金髪を、不思議そうに眺めている。


お姫様の輝く髪とは違う、と思っているのかもしれない。



「さあ、続きを食べな」



俺は優しく声をかけ、少女の頭をもう一度撫でた。


少女は新しい名前に少し慣れない様子だったが、嬉しそうに頷き、再び食事に取り掛かった。


朝食を終え、焚き火の後始末をする。


燃え残りを土で埋め、火の気を完全に消す。


旅慣れた人間にとって、野火は何よりも恐ろしい敵だ。



背囊を正面に抱え紐を締め直す。


昨夜倒したドレイクの尻尾は、左肩に縛り付けた。

かなり重いが、捨て置くのも勿体無い気がしたのだ。


素材として売れるかもしれないし、あるいは…まあ、今は理由なんてどうでもいいか。



「ロウェナ、行くぞ」



新しい名前で呼ぶのは、少しこそばゆい感じがする。


ロウェナは、俺の言葉にすぐに反応して立ち上がった。


ふらつき、まだ少し足元がおぼつかないようだ。



「ちょっと重くなるけど、背負うぞ」



回復したとはいえ、ロウェナの体力はまだ完全に回復していないだろう。


この森の中を歩かせるのは、かなりの負担になる。


それに、できるだけ早くここを抜けたい。危険はあのドレイクだけではないだろう。



背囊を抱え、ロウェナを右肩に背負う体勢をとる。


小さな体は、思ったよりも軽かった。



「振り落とされないように、しっかり掴まってろよ」


そう声をかけると、ロウェナは素直に俺の首に腕を回し、しがみついてきた。


その小さな手に、俺の背中が温かく感じられた。


さあ、行こう。俺の旅に、新しい仲間ができた。


大量の荷物と、そしてロウェナを背負い、俺は黒葉の森の街道を、全速力で走り出した。

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