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プロローグ〜旅の始まり〜


 古びた孤児院の一室で、俺はその人の話を聞くのが何よりも好きだった。



代官騎士様。



俺を拾ってくれた恩人だ。


厳めしい鎧姿とは裏腹に、その語り口は温かく、聞く者を惹きつける魅力があった。



騎士様は、これまで見てきた様々な光景について話してくれた。


「王都はそれはもう綺羅びやかだったよ。石畳の道にすら宝石が埋め込まれているんじゃないかと思うくらい、光が溢れていてね。行き交う人々も皆、活気に満ちていた」


「深い森で遭遇した巨大なグリフィンは迫力満点だったが、手練れの冒険者たちと一緒だったから無事に討伐できたよ。魔物には魔物の住む世界があるものだ」


「護衛でついて行った遺跡は、まるで時間が止まったかのように静かで、壁に刻まれた文字や模様には太古の叡智が宿っているように感じた。足を踏み入れるだけで肌が粟立つような、不思議な場所だったな」


「遠征で初めて海の向こうの国へ行った時は、匂いも景色も何もかもが違って、まるで夢の中にいるようだった。香辛料の匂いが強烈でね、飯は正直あまり美味くなかったが」


「そして、何処までも広がる海原! 水平線しか見えないんだ。空と海が一つになったみたいな景色で、自分が世界の果てに立っているような気分になったよ」




騎士様の話を聞いている間だけは、自分が孤児であることや、誰も家族がいないことを忘れることができた。


話の中で描かれる世界はあまりにも広大で、俺が知っている孤児院の景色とは全く違っていた。


いつしか、子供心に強く思うようになっていたのだ。


いつか、この目で、騎士様が話してくれたあの世界の全てを見てみたい、と。





時は流れ、俺はもう子供ではない。



衛兵として、この領都でそこそこ長い時間を過ごした。


騎士様が推薦してくれた職場で、特にこれといった不満もなく、実力を隠して地味に過ごす日々は、面倒くさがりの俺にとっては悪くないものだった。




しかし、運命というのは気まぐれなものらしい。


俺は今、街角の小さな菓子屋で、焼き立てのタルトを齧りながら途方に暮れていた。


甘酸っぱいベリーのタルトはいつものように美味しいのに、全く味を感じない。




原因は一つ。数日前、俺は衛兵を解雇されたのだ。


理由は単純明快、「出自不明の孤児だから」。


後ろ盾だった代官騎士様が、病で亡くなられた。


そして、騎士様の後を継いだ貴族が、衛兵隊の刷新を始めたのだ。



騎士様が保護した孤児である俺は、真っ先に切り捨てられる対象だったらしい。


長年一緒に仕事をしてきた同僚たちは、少なからず動揺し、中にはささやかだが抗議の声を上げてくれた者もいた。


俺が実力はともかく、衛兵としては真面目に職務をこなしてきたことを知っていたからだろう。




だが、結局は何の意味もなさなかった。




12年勤めた衛兵の職を失い、そして俺を拾い、育ててくれた恩人もこの世にいない。


完全に天涯孤独の身となったわけだ。

さあ、どうする? この先、何をすればいい?




「おいエド!うちの店でいつまでため息ついてるんだい!商売の邪魔だよ!」




店の女将さんに小言を言われ、苦笑いしながらタルトを平らげる。



この店には衛兵だった時から世話になっている。


女将さんの小言も、俺にとってはもはや挨拶みたいなものだ。



「すいみません、女将さん。ちょっと考え事してまして」


「考え事ねぇ。まあ、色々大変だろうが、たまには顔出しな。っと、これ、孤児院へのお土産だろ? 多めに焼いといたよ」



女将さんはそう言って、紙袋に焼き菓子を詰めてくれた。


俺が時々孤児院に顔を出すのを知っているのだ。




礼を言って店を出る。


いつもの衛兵服ではなく、非番の時に着ている軽装の革鎧姿だ。



腰には愛用の片刃剣。


衛兵として支給されたショートソードは、退職時に返却した。


まあ、これも面倒くさい手続きではあった。


焼き菓子の入った袋を提げ、慣れた道を孤児院へと向かう。


道すがら、煙草に火をつけて一服する。



紫煙をくゆらせながら、今後のことをぼんやり考える。



新しい職を探すか? でも、どうせまた出自を理由に断られるかもしれない。



領都から出るか?



孤児院の門をくぐると、シスターが迎えてくれた。


女将さんから預かった焼き菓子を渡すと、子供たちの明るい声が響き渡る。




「エド兄ちゃんだー!」

「お菓子ー!」

「ねぇねぇ、エド兄ちゃん!今日も面白い話聞かせてよ!」



かつて自分が過ごした場所。


ここで、元冒険者や流れ者から様々なことを学んだ。


ここで、面倒くさいことから逃げる癖がついた。




そして、ここで、騎士様の話に夢中になった。



子供たちに囲まれ、せがまれるままに話を始める。



自分が知っている、外の世界のほんの少しの話。


子供たちは目を輝かせて聞いている。


その姿を見て、ふと、昔の自分と重なった。




そうだ、これだ。


騎士様の話を聞いて、憧れたあの景色。



子供の頃に抱いた夢。



別に、この領都に縛られる必要なんてないんだ。



仕事もない。



守るべき家族もいない。



後ろ盾もない。



何もないなら、逆に何だってできるじゃないか。



面倒な人間関係や余計な責任から解放されたんだ。




…よし、決めた。




旅に出よう。




騎士様が見たという、あの広大な世界を、今度はこの目で見に行こう。



どこへ行くかは、その時の気分で決めればいい。


面倒な予定なんて立てなくていい。



気ままに、気の向くままに。


子供たちにはまた来る、と適当なことを言って話を切り上げ、孤児院を後にした。



シスターが心配そうにしていたが、大丈夫だと答えて家路を急いだ。



しばらくして、俺は長年借りていた部屋を引き払った。


最低限の荷物を大きな背囊に詰め込み、身支度を整える。革鎧、外套、愛用の片刃剣。



旅に出る場所は、孤児院の子供たちに見せられた地図に載っていた、騎士様が話していた南方の港町にしようか。



いや、まずは北の森でも散策してみるのもいいな。



思いつく限りの行きたい場所を、昔騎士様がくれた手帳に記す。


真っ白だったページが少しずつ埋まっていくのを見ていると、心が躍った。



背囊を背負い、剣を腰に差す。



重さを確かめるように、柄頭を触る。

 


長年住み慣れた領都を出る。


特別な感慨はない。



ただ、新しい場所へ向かうことへの期待だけが、胸の中に満ちていた。


友人の『塩野さち』さんと一緒に1話目の流れを考えました!


感謝!ありがとう!

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