俺とルクレステが出会った日のこと ③
俺のような子供に突然話しかけられるなどと宰相閣下は思ってもいなかったのだろうと思う。
この国の宰相閣下は、とても優秀だと噂されている。国民のため様々な政策を起こしてくれているし、それでいて陛下からの信頼も厚いと聞く。
それは王太子殿下と話してみてもよく分かったことだ。
王太子殿下の世界は、狭い。少し話しただけでもそれが分かるのだ。王太子として必要なことだけを機械的に詰め込まれていて、子供らしく過ごす日々などなさそうで……。だからこそ関わる者達も限られている。
……それ自体は悪いこととは言わない。王太子殿下という立場であるのならば、それだけよからぬことを企む人だっているだろうし。そういう相手から王太子殿下を守るというのは素晴らしいことだとは思う。
ただ本当になんだろう、必要なものまで削ぎ落している感が本当に半端ない。
「君は……ブラッドン伯爵の子息かな? 私に何の用かい?」
そう言って問いかけてくる宰相閣下に、俺は素直にすげぇという感想を抱いた。
いや、だってさ。俺みたいな王都に来るのも初めてなしがない伯爵子息のことも把握しているとか凄まじくないか。
顔を知っているからというわけではなく、おそらく状況的に判断したのではないかと思う。
王城に顔を出している子供というだけでも絞ることが出来るだろうしな。しかし若くしてこんな大きな国の宰相やっているのも凄いなと思ってしまう。うん、あと俺に対しても嫌な態度はしないのも含めて。
噂通りの人なんだろうなと思うと、一貴族の息子としてはただ安心してしまった。
だってさ、仕事中にこんな子供が話しかけてくるなんて邪険にしても仕方ないと思うし。俺もこういう大人になりたいものだなどと素直に思った。
「お忙しい中すみません!! 少しお話したいのですが、いいでしょうか?」
俺がそう言うと、笑顔で頷いてくれる。本当に出来た人!!
それから場所を移して、俺と宰相閣下と、王太子殿下だけになる。こういう身分の高い人たちばかりのところにいるなんて緊張する。王太子殿下は俺が何を言い出すのだろうかと気にしているようだ。
……なんだろう、何にも興味を抱いてはならないみたいな感じに思い込まされているけれど実際は子供らしい一面あるんじゃないかなって思う。今も表情はあまり変えないし、作ったような笑みではあるけれど――それでも俺が宰相閣下に言葉をかけようとするのを止めないのは、これからどうなるだろうかという興味が少なからずあるからだと思う。
「それでどういった話しかな?」
「私のような一介の伯爵子息が口出しをすべきことではないとは十二分に承知しています。ただ王太子殿下と話していて思いました。王太子殿下はあまりにも厳しい教育を受けているのではないかと感じました。それこそ王族だとしても、子供にすべきではないものではないかと」
いきなり俺がこんなことを言い出したからだろう。宰相閣下は驚いた顔をした。
まぁ、子供が同じ年頃の子供の教育に関することをこんな風に口出しするのってなかなか変だしなぁ。
俺が常に王都にいるわけではない状況だからこそ、こうして意見が言えるというのもある。ずっと王都にいて、宰相閣下の目がある状況でこんなことを言い出すのは流石に遠慮する。
「そうなのかい?」
「はい。王太子殿下と話している限り、娯楽などを完全に排除されているように感じられました。何かに興味を抱くことも、誰かを特別視することも許されていないようなそんな状況にあるように思えました。私は王族であろうとも幼い子供がそのような状況であるべきではないと思っています。そもそもこれだけ何もかも排除されていれば、大人になった際にハニートラップなどにかかる可能性も高くなるのではないでしょうか。王太子殿下は後々、王位をつがれる方です。だからこそ視野を広げることは重要だとも感じております。今後のことを考えると今の抑圧された教育よりも、もう少し楽しみながら学べる環境の方がよろしいかと」
何だかこうやって堅苦しい言葉で、長々と喋るのって疲れる。でも宰相閣下相手にため口をするわけにもいかないし、何より俺は王太子という立場だからといってこんな風な暮らしを強要されるのは違うと思うのだ。
「それとあまりにも抑圧されている子供というのは、後から耐えられなくなってしまうというのも当然あります。私は少なくともそういう例は知っています。私は王太子殿下にはそういう風にはなってほしくありません。王太子殿下はとても素晴らしい才能をお持ちの方であるとお聞きしています。だからこそその才能を潰さないためにも一考していただければと思う所存です」
俺はそう言ってまっすぐに宰相閣下を見る。
こんな風に真面目に宰相閣下に意見を言うのって、やっぱり落ち着かないなぁ。
というか俺がいきなりこんなことを言い出して宰相閣下は不快に思ったりしないだろうか。あと王太子殿下も勢いのままにこんなこと言い出した俺にどう思っているのかという心配は当然あったが、気づいたら勢いのままにこうして口にしてしまっていたわけである。
「ははっ。子供ながらにそのような意見をするとは面白い」
……宰相閣下は、俺の言葉を聞いて笑った。そしてそのまま続けた。
「そこまで言うなら、試してみるといい」
その言葉の意味を俺はすぐには理解出来なかった。が、その後、領地に帰らず俺はしばらく王城に留まることになってしまった。