知らない令嬢に滅茶苦茶怒られた。
「ちょっと、あなた聞いているの!? あなたが原因なのでしょう!!」
目の前に目を吊り上げた赤目の令嬢がいる。明るい桃色の髪に、愛らしいルビーのような赤い瞳。腰まで伸びたふんわりとした髪に、小さな背丈。
まるで小動物のような見た目の少女とは、俺はウェイアン・ブラッドンは完全なる初対面であるはずだ。
俺は昔から記憶力だけはあったので、本当に知らないはず。
……まぁ、俺はある意味、有名な自覚はあるので向こうは一方的に俺のことを知っている可能性はあるが。
しかし俺のことを知っていれば、まずこのようなことをいきなり捲し立ててくることはないはず。少なくとも少しでも頭が足りていればそんなことはしない。
「何のことかわかりかねます。それと、そうやって私に文句を言うのはやめた方がいいかと」
初対面の相手の真意はいまいちわからない。
なぜなら、本当にいきなり……学園内で一人でいた際にこの令嬢に突撃されたからである。正直このような態度の令嬢にきちんと返答をする必要などないのだけど、どうしよう?
俺はそんなことを思考する。
それにしてもこうやって声を荒げられることも最近はあんまりなかったから、うーん? って感じ。
「何を澄ました顔をしているのよ!! あなたのせいでしょう! だってあなたがルクレステと一緒にいるなんておかしいのよ!!」
俺がどうしようかなと考えると、耳を疑うようなことを言い出した。
ルクレステとは、我が国の王太子殿下の名前である。俺が誰か分からないということは、ルクレステだって目の前の少女のことを知らないと思う。というか認識さえもしてないんじゃね?
あいつ、あんまり人のことを気に掛けないタイプだし。
それでいて周りに見目美しい女性が沢山いるから、目の前の少女ほど可愛くても特に何も感じないだろうしな。女性慣れしていないタイプだところっといったりするかもだけど。
というか何の権限があって、そんなことを言っているんだ?
本当に意味不明すぎる。確かに俺は身分的にはただの伯爵家の子息。それも田舎の伯爵家の出である。だからまぁ、うん、身分的にはそうかもっては思う。
けれど結局それって本人が決めることであって……この女子生徒がどうのこうのいうものでもないしなぁ。
というか今の状況を知ったら絶対にあいつは怒る。
うん、とりあえずなるべくルクレステがこの状況に気づく前にさっさと終わらせた方がいいだろう。
こういう風によく分からない言いがかりをかけられて、嫌な思いはしている。思い込みが激しすぎてこうやって行動を起こしているのかもしれないけれど、後から落ち着いてくれるんじゃないかなと思う。
俺が顔を知らないってことは入学したてだろうし……。
それなのにいきなりルクレステに目をつけられて学園生活が苦行になるのもなんか気分が悪くなるしなぁ。尤もこうやっていきなり俺に向かってどうのこうの言いがかりをつけている目の前の少女が一番悪いんだけどさ。
でもこれだけ偉そうなのだから、それなりに身分が高いのか? 自己紹介もされてなくて意味が分からないので、一旦丁寧口調では接するけどさー。
「何を言っているかは分からないですけれど、王太子殿下のことを呼び捨てにしない方がいいかと。私のせいで何かしらの不都合があったのかもしれないですが、一旦冷静になってから今度ゆっくり話しません? 時間を取って話を聞くことはでき――」
「何を言い訳しているのよ!! あなた、転生者でしょう!!」
叫ばれた言葉に俺は驚く。
だってそんな言葉を此処で聞くとは思わなかった。
転生者。うん、まぁ、確かにそれはそう。俺は前世の記憶があって、それこそこの世界ではなく異世界からの転生者だ。というか、今までバレたことなかったのにどこで分かったのだろうか。
なんだろう??
「えーっと?」
俺が意味が分からないと、困っていると目の前の女子生徒は続ける。
「この世界が『煌めき魔法学園』の世界だというのを知っているでしょう!! あなたが、余計なことをしたから!! 私が攻略が出来なくなっちゃったじゃない!!」
「なんのはなし??」
なるべく俺は丁寧な態度で発しようとしていたのに、正直言って何言ってんだ? としか言いようがなく、俺は思わず素で声を出してしまった。
俺の態度が気に食わなかったのか、どうのこうの騒いでいる。
このまま放っておいて、去るか?
俺はそんなことを考えながら、ただ聞き流す。
それにしても俺がこんなに反応していないのに、どれだけ俺に文句があるんだ? 滅茶苦茶怒っているし。
こんな風に怒られても正直なーって感じ。
そのまま俺はこの場を後にしようかと考えていると、
「ウェイ」
と、俺を呼ぶ声が聞こえてきた。
あ、まずいと思った時には遅かった。
目の前でどうのこうの言っていた女子生徒が、蹴り飛ばされた。……足が出るの速すぎだろう。
いや、まぁ、俺が絡まれているのがうざかったからなんだろうけれど。さっとその場に現れた騎士が女子生徒を抱えたから大怪我はしていないだろうけれど。
「なんだ、あれ」
「さぁ? よく分からないこと言われて絡まれただけ」
「は?」
俺に向かって問いかけるのは王太子であるルクレステである。
恐ろしい表情を浮かべて、騎士に抱えられている女子生徒に追撃しようとしたルクレステを俺は慌てて止める。
「ちょっと、待て! 何かする気だろう。俺はいいから、とりあえず向こういこうな?」
「しかし……」
「ほら、最近出来たカフェに行きたいっていってだろう。行こうぜ!」
俺がそう言って笑うと、ルクレステが笑った。
うん、美形の笑顔は破壊力が強いぜ。俺の言葉に機嫌を良くしたルクレステと俺はその場を後にした。
しがない伯爵子息である俺がどうして王太子とこれだけ親しくしているかと言えば、話は八年ほど前にさかのぼる。