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カハマルカの悲劇

 ケチュア人たちの悲鳴が広場に響き渡るより先に、雷鳴のごとき音が天高く放たれ、広場は瞬く間に血に染まった。スペイン人たちが建物に据え付けた砲が火を噴き、兵士たちの無防備な肌が破壊され、赤い血が飛び散った。

 

 我々の兵士たちは、火薬の爆発音のあまりの大きさに雷が目の前に落ちたと錯覚した。人々は無意識にビラコチャが降臨したのだと思い込んだ。


 私は今でもその瞬間を鮮明に思い出せる。兵士たちは茫然自失し、足をまっすぐに伸ばしたまま立ち尽くしていた。彼らの手には、斧や木製のこん棒が頼りなさそうに握られていた。


 カハマルカの荘厳な石造りの建物は、夕方の生暖かい風に吹かれながら静かに佇んでいた。砲から立ち上る黒色火薬の煙が空にゆっくりと漂っていった。


 遠くで誰かが叫ぶ声が響いていた。フランシスコ・ピサロは、何度も同じ言葉を繰り返しながら私の方へ向かってきた。


「サンティアゴ!サンティアゴ!」

 

 それはスペイン人たちが突撃の際に用いる叫び声だった。彼らは、イベリア半島でイスラム教徒と戦ったときにも、この鬨の声を響かせた。「サンティアゴ」とは、キリスト教の十二使徒の一人、聖ヤコブを指している。


 甲高いラッパの音が空に響いた。建物の影に隠れていた騎兵や歩兵たちが突如として姿を現した。彼らは数ではあまりにも少なかった。しかし、甲冑と神への信仰が恐れを打ち消した。


 火縄銃を構えた歩兵たちは一斉に発砲した。たった十数挺の銃声でも、音と煙のせいで遥かに多く感じられた。砲撃が終わっても、状況が呑み込めない兵士たちは茫然自失としていた。


 スペイン人たちは火縄銃を捨て、剣を抜いて広場へなだれ込んだ。騎兵たちが物凄い勢いで我々の密集陣形に向かって突き進み、進路に立ちはだかる兵士たちを轢き殺した。


 運よく馬の突進を避けた者は剣の犠牲となった。鉄を磨き上げた剣に対し、革製の防具はあまりにも無力だった。兵士たちの柔らかい肌が切り刻まれ、腕や足が切り落とされた。腹を切り裂かれた者は、両腕で飛び出した内臓を抱えていたが、どうすることもできず腐臭を周りにまき散らし、そのまま死んでいった。


 反撃に出る者は一人もいなかった。恐怖が兵士たちを完全に支配していた。誰もが広場からの脱出に躍起となり、指揮官たちが必死に制止しようとしたものの、突進する馬の姿に圧倒され、軍規は崩壊した。兵士たちは武器も捨てて逃げ始めた。


 狭い通路は逃げ惑う兵士で溢れかえり、倒れた者は次々と踏み潰されて命を落とした。さらに、広場の壁を乗り越えようとした者たちは、崩れ落ちた石の下敷きとなり、悲惨な最期を遂げた。


 私は一瞬、この虐殺の光景に見とれていた。兵士たちの青い衣服が赤い血に染まり、絶叫と悲鳴が響き渡る。その中でも、アンデスの山々は変わらず、私たちを見下ろしていた。


 我に返った私は、自らが生き延びるために兵士たちに脱出を命じた。だが、私は奇妙な想像に囚われていた。クスコで王位に就く自分の姿を思い浮かべていたのだ。


「彼らがビラコチャだと?馬鹿馬鹿しい」

 

 私の頭には広場の外で待機する兵士たちの姿が浮かんだ。彼らと合流し、今度こそスペイン人たちを生け捕りにするのである。私はその作戦が成功することを確信していた。なぜなら、私は太陽の子であり、ワスカルを打ち倒したのもその力だと信じていた。


 しかし、私たちは混乱した兵士に囲まれ、動くことはできなかった。スペイン人たちは、周囲より一段高い場所にいる私を目標にし、四方八方から押し寄せた。


 騎兵の速度は凄まじく、すぐに私たちは包囲された。間近で見たスペイン人たちの顔は、荒れ狂う怒りに支配されているように見えた。多くの者が怒声を上げ、異教徒への怒りを存分に発散した。


 私の護衛兵たちは、私を最後まで神格化するためにその場に留まった。彼らは祭祀用の道具や旗をもつだけで、何ら武器を持っていなかった。多くの者がすぐに殺された。


 スペイン人たちが私を輿から引きずり降ろそうと試みた。彼らは輿を担ぐ部下たちを殺したが、すぐに他の者がそれに代わった。彼らは神聖な私の身体を地面に触れさせないようにした。


 しかし、抵抗は長く続かなかった。部下の一人が身に着けていたオウムの羽飾りが地面に落ち、馬に踏み潰された。輿はバランスを崩し、そこに割って入ったピサロが私の腕を掴んだ。


 その瞬間、全てが変わった。今までの私は太陽王として崇められ、神聖な体を他の人間が触ることなど許されなかった。しかし、スペイン人たちは圧倒的な力によってその考えを改めてしまった。終に輿が倒れると私は地面に引きずり降ろされた。


 戦いは終結した。多くの人間が地面に佇む私を取り囲んでいた。私の身は土で汚され、私はちっぽけな人間に成り下がった。私の側にはピサロが勝ち誇った様子で立っていた。


 1532年11月16日、わずか30分の間に2000人の兵士が殺され、3000人ほどが捕虜となった。多くの妻が夫を失い、多くの親が子供を失った。


 カハマルカの大地は、無数の人々の血と涙に染まった。神は沈黙し、残された者たちには死の恐怖だけが重くのしかかっていた。



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