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対峙

 ソトたちが去ると、私は兵士たちに会見の準備を命じた。カハマルカの空には、すでに太陽が昇り、穏やかな朝の光があたりを包んでいた。見慣れた風景に安堵しつつ、その裏でスペイン人たちが何を企んでいるのかなど、私は思いも寄らなかった。


 夜明け前、スペイン人たちは闇に紛れるように寝床から這い出し、無言のまま準備を始めた。騎馬兵は馬の口元を撫でて落ち着かせながら、慎重にくつわを噛ませ、鞍を締めた。歩兵たちは息を殺し、鈍く光る刃を研ぎながら、火縄銃の火皿に火薬を詰めた。砲は人力で広場を取り囲む建物に運ばれ、慎重に配置された。カハマルカの住民たちは何も知らず、まだ深い眠りの中にいた。


 スペイン人たちの司令官であるピサロはわずか168名の兵をさらに三部隊に分け、それぞれのカピタン(隊長)に指揮を任せた。彼らは広場に面した三軒の家に身を潜め、合図を待っていた。その時が来れば、一斉に我が軍へ襲いかかる算段だった。


 スペイン人たちは周到に準備を整えていた。騎馬の機動力を活かせる広場を戦場に選び、窓からは野戦砲がわが軍の到着予定地を狙っていた。一方、我々は圧倒的な軍勢に慢心し、彼らがわざわざ策を弄する必要などないとすら思っていた。


 朝食の席で、側近がスペイン人たちについて尋ねた。私は自信満々に答えた。


「彼らがどれほど奇怪な獣に乗ろうと、銀の鎧を纏おうと、我が軍の敵ではない。我が軍はワスカルを討ち果たした選ばれし精鋭なのだ」


 私はかつて幽閉された北方のキトのことを思い出していた。石牢に閉じ込められ、クスコ派の軍勢に包囲されながらも、私は生き延び、最終的には勝利を手にした。


 昇りゆく太陽の暖気が肌を温めた。それは神が私を祝福している証に思えた。私は王位へ続く階段を昇っており、もはや何者も私を阻むことはできない。


 この不敵な自信は、側近を通じて軍全体に浸透した。兵たちは、スペイン人のことなど気にしていなかった。


 カハマルカの広場は大きかったが、八万の軍勢を収容するには狭すぎた。最終的に、親衛隊と護衛兵八千が会見に臨み、残る大半の兵は広場の外に待機することとなった。


 親衛隊や護衛兵たちは儀式用の斧や棍棒を持っていたが、実戦向きの武器は携えていなかった。多くの兵士たちは角笛や太鼓を手にし、色とりどりの衣装を身にまとい、戦装束とはほど遠い姿であった。彼らの多くは、これが戦になるとは思っていなかった。


 私はすでに情報戦で敗北していた。スペイン人に使者を送り、武装兵を同行させぬよう伝え、彼らにも同様にするよう要請していた。


 だが、彼らは約束を破った。武器を捨てるどころか、広場を要塞化し、兵を潜ませ、攻撃の機会を狙っていたのだ。


 広場の静寂の中、スペイン人たちは石畳の向こうから響く歌や音楽をじっと聞いていた。その異質な旋律と響きの大きさは、彼らの恐怖を掻き立て、異教徒への怒りを煽った。


 大軍は狭い石畳の道を波のようにゆっくりと進んだ。角笛が響き、太鼓の音が空気を揺らし、兵たちは踊りながら進軍した。だが、その歩みは遅く、隊列は長く伸び、昼を過ぎてもまだ広場にたどり着いていなかった。


 行列の最後尾では、有力な首長たちが私の乗る輿を担いでいた。私の目線からは、兵たちの頭上に煌めく金銀の冠が見えた。その壮麗な光景は、この後に起こる悲劇とは対照的だった。


 しばらく進むと、前方から使者が駆け寄り、報告した。


「主君、広場にスペイン人の姿が見えません。不自然ではありませんか。彼らは我々が無防備であることを知り、どこかで攻撃の機会を狙っているのではないでしょうか」


 使者は不安げな口調だった。彼は最後までスペイン人を疑っていた。しかし、行進と歌の高揚感に包まれていた私は、その忠告を軽んじた。


「彼らは我が軍の威容に恐れをなしたのだろう。隠れているならば、我らの偉大さを見せつけてやるのだ」


 使者の目に、不満の色が浮かんだ。彼は賢明な男だったが、王である私に意見することはできなかった。彼の名はカウキ、地方貴族の一人だった。そして、私が彼の忠告を退けたがために、彼は死ぬこととなる。


 行進は昼過ぎまで続き、ついに私を乗せた輿が広場に入る頃、日は傾き始めていた。


 スペイン人たちは依然として姿を現さなかった。私は広場の中心に至ると、全隊に停止を命じた。広場は兵士たちで埋め尽くされていた。


 輿の上から、うねるように動く兵の頭が見えた。そのとき、広場を囲む建物の屋上で何者かが動くのを認めた。


 それは、我が軍の兵ではなかった。銀の鎧に身を包んだスペイン兵であった。彼の傍らには砲が据え付けられていたが、私はそれが何を意味するのか考えもしなかった。


 先ほどまで響いていた角笛や太鼓の音が、いつの間にか止んでいた。カハマルカの町全体が静まり返り、広場を埋め尽くす兵たちさえ息を潜めるようだった。辺りは薄暗くなり、兵たちの鮮やかな衣装の色も影の中に沈みつつあった。


 しばらくして、ビセンテ・デ・バルベルデ神父が通訳を連れて広場に入ってきた。神父は相変わらず鋭い眼差しを兵たちに向け、堂々とした態度で歩いていた。


 一方、通訳の顔には恐怖の色が濃かった。彼の肩は小刻みに震え、目は焦点を結ばず、神経質に地面を見つめながら歩いていた。その姿を見て、私は彼が我が軍の威容に怯えているのだと思った。しかし、それは違った。


 彼は、何が起きるかを悟っていた。雷鳴のごとき砲撃とともに炎が吹き、大地が血に染まる。その時が来ないことを願い、彼は最後の祈りを捧げていたのだった。

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