自由を求めて
大学は封鎖され、私たちは弾圧の網をくぐり抜けてナスカ周辺の村々へと散っていった。各地の支部は、暗号化された通信網によって水面下で連携を保っていた。
緊張と不気味さが漂う中、着々と準備が進められていた。
各地の民族出身の兵士たちは、バルサ船の貨物に紛れて水面下でナスカへと流れ込んでいた。彼らは、こちら側に与する商人たちが仲介業者を装い、鉱山労働者として潜入させた者たちだった。
町ではワスカルを糾弾する新聞が堂々と頒布され、壁にも抗議の声が刻まれた。
鉱山の各地施設へは、次々と木箱が運び込まれていた。木箱の中身は巧妙に偽装され、実際には黒色火薬や武器がぎっしりと詰まっていた。
腹をすかしたアタカマ族の奴隷の一人が箱を空けた。そこには、見たこともない黒い粉が詰まっていた。
彼は空腹と好奇心に負けて、それをそっと舌に乗せた。微かに甘い味が広がったが、すぐに硫黄の刺激臭が鼻を突き、硝酸カリウムの鋭い苦味が口内に残った。思わず顔をしかめて吐き出すと、木炭の粉が唇を黒く染めていた。
地下の会議室では、各民族の代表者たちが円形に座っていた。揺れるロウソクの炎が、彼らの表情を陰影の中に浮かび上がらせていた。
戦士長クラクアが重い口を開いた。「たったこれだけの兵で、あの大国に弓を引くのか?歴代の反乱軍はことごとく討たれた。我らもまた、死地に向かおうとしているのではないか……」
アタカマ民族のカウチが拳を震わせながら反駁した。「黙って滅びを受け入れろと言うのか!なぜ我らが王の杯を仰がねばならん!息子は鉱山で死に、妻は病に倒れた。もう、何も残ってはいない!」
チムー王国の末裔アプが静かに頷いた。「我らは心に神を宿している。太陽信仰などに塗り替えられてたまるか。娘たちは連れ去られ、血は薄まった。誇りが、先祖の記憶が消されようとしている」
コジャ族の長老ワマンが厚い外套を引き寄せながら言った。「しかし、理想だけでは戦争に勝てない。現実を見なければならない」
商人イルパが帳簿の表紙を叩き、苛立ちを隠さずに叫んだ。「現実とは何だ?ワスカルの管理経済で我々商人は破産した。自由交易を奪われ、貨幣は価値を失った。もはや我々に残されたものはない」
元奴隷のパカリが両手首の鎖の傷跡を見せながら呟いた。「私に選択肢などない。戦って自由な人間として死ぬか、惨めな奴隷として死ぬかだ」
私は立ち上がり、軍勢の詳細を説明し始めた。
「我々の兵は、総勢およそ三千。決して多くはない。しかし、質において優れている部分もある」
チャンカ族からは戦士長クラクアが率いる五百の戦士。
コジャ族からは長老ワマンのもと三百。
アタカマ民族の生き残りカウチは、百五十の同志を伴って現れた。
元奴隷たちはリーダーのパカリの導きで三百が蜂起。
商人階級の末裔イルパは、交易民と護衛を合わせ二百を組織。
学生たちは、パウリオとミトゥを中心に百名が志願。
遠方からはチンチャ族が百、カニャリ族が五十。
チムー王国の末裔アプが率いる四百の精鋭。
こうして集まった兵力が、ちょうど三千。
多くはなかった。だが、それぞれが怒りと希望を抱え、ただの「兵」ではなかった。
そして、革命軍の真の切り札。それは私が密かに設計し、苦難の末にようやく実用化にこぎつけた火薬兵器であった。
アーキバス(火縄銃)五十挺は、敵の密集隊形を瞬時に粉砕する力を持っていた。銃弾は鉛で鋳造され、計千五百発。小銃兵は一人三十発を携行した。
さらに、小型のカルバリン砲五門と砲弾二百発、さらに黒色火薬三百キロが密かに備えられていた。それらは持ち運び可能な小型砲ながら、岩を粉砕する威力を秘めていた。
この火薬兵器の存在は、私の最も近い側近たちを除いて秘密とされていた。
異なる出自を持つ我らは、今や「自由」の名のもとに鉄と火薬、そして理想によって結ばれていた。ワスカルの軍勢に立ち向かう、その刻は近づいていた。
「諸君」私は力強く声を上げた。「我々は今、歴史の分水嶺に立っている。自由は戦ってこそ得られるのだ」
カウチが立ち上がった。「その通りだ。私たちは既に奴隷として死んでいる。今こそ、人間として生きる時だ」
アプも頷いた。「チムーの血は決して屈服を知らない。我らが祖先も、海の向こうからの侵略者と戦い抜いた」
パカリが鎖の傷跡を撫でながら言った。「この傷こそ、かつての鎖の証だ。だがこれから刻まれる傷は、我々の誇りとなる」
それぞれの代表者たちは、抑えきれぬ熱情を湛えていた。顔にはタワンティンスーユに対する怨念と、民族としての誇りと悲しみが入り混じっていた。
だが、その時、ルミ・ウルマだけは不安げに私を見ていた。彼の唇は固く閉ざされたままだった。
「ヤンカラン・インカ様、本当に戦わなければならないのでしょうか。自由を得るために、この美しい大地に血を流さなければならないのでしょうか」
「戦わずして勝つのが最善である。だが、最も大事なのは自分がどうしたいかなのだ。理想の世界を築こうとする者は、時として死体の山をも乗り越えなければならないのかもしれない」
ルミ・ウルマは遠くのアンデス山脈の方向を見ながら黙っていた。その先にスペイン人たちがすでに上陸していることを、彼はまだ知らなかった。
「彼らはヤンカラン・インカ様とは違う考えをお持ちです。本当の自由がどういうものであるかも知らないのです」
「そうか……だが、各々が違う理想を語る。それこそが自由というものではないだろうか……?」
「ならば……我々の営みは、虚構の上に築かれた幻想なのでしょうか。科学ですら信仰の一種に過ぎないというなら」
「ウルマよ……」
ルミ・ウルマは賢い人間だった。その頭には人道主義と理想主義が根付いていた。
すべては私が選んだことであった。 家族の崩壊、新しいコミュニティ、自由、個人主義、工場労働、貨幣制度...。古いコミュニティが崩壊し、新たなコミュニティが始まろうとしていた。ロビスピエール、レーニン、ヒトラー、ポルポト─彼らが目指した新しい世界……。
私はルミ・ウルマの目を見て考えた。私は、彼らと同じ過ちを犯すのだろうか。理想のために大量の人々を犠牲にするのだろうか。
結局答えは出なかった。その夜は、月の女神すら雲に隠れていた。ワスカルの言葉が頭によぎった。「彼ら他民族たちは女や名誉のために他人を殺す野蛮な人間たちだ」と。




