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信用創造の破壊

 1522年の初頭、ワスカルは鉱山の名を「トゥパク・インカ王家鉱山」と改称し、この地を王家にとっての重要戦略拠点と位置づけ、自らが行政権を掌握した。


 それにより、商人たちは鉄の売買から完全に排除された。それまで、鉄の精錬や道具の製造といった専門分野では、彼らが業者として注文を受けることもあった。しかし、ワスカルの施策によって、採掘から精錬、製造に至るまでの全工程が管理され、商人の介入は一切認められなくなった。


 商人たちの怒りは凄まじかった。彼らの多くは王家や貴族とつながりを持ち、その代理人として経済活動を担っていたからだ。ワスカルの措置は、彼らが代表する特権層の利益をも否定するものであり、事実上の宣戦布告に等しかった。


 彼の支配が始まると、街の風景は一変した。かつて商人たちの活気ある声が響いていた市場には、今や無言の兵士たちが立ち並び、色鮮やかな織物や装身具で彩られていた店々は、王家の紋章を掲げた官営の施設へと変貌した。街角からは笑い声や値段交渉の声が消え、代わりに太鼓の命令と兵士の足音だけが響く。人々の顔からは生気が失われ、皆が下を向いて歩くようになった。


 やがて、経済も静かに衰退の兆しを見せ始めた。


 マルコナの地で経済の土台となっていたのは鉄だった。商人たちが発行していた紙幣は、鉄との引き換えが保障された「兌換券」として機能していた。その鉄が王家に奪われた今、紙幣の価値は一夜にして消滅した。信用に基づく先物取引や契約も軒並み破棄され、人々はやむなく物々交換の時代へと戻っていった。


 それでも、ワスカルは涼しい顔のままだった。彼は町の中心に豪奢な邸宅を建て、三重の柵でそれを囲ませた。最外郭は鉄製の頑強な柵、中間は銀細工の装飾が施され、内側は黄金で彩られていた。まるで権力そのものをかたどった要塞であった。


 さらに彼は、新たな紙幣制度を打ち出し、保険などの金融制度も王家の管理体制に組み込んだ。しかし人々は、その新紙幣をまるで毒のこもった札のように恐れ、誰も市場で受け取ろうとはしなかった。取引は地下で細々と物々交換で行われ、新紙幣は「王家の支配の象徴」として忌み嫌われる存在になった。


 邸宅の前には広場が設けられ、市場が再建されたが、かつての自由な商いの場の面影はなかった。市場は常に兵士たちによって監視され、商人たちは管理下に置かれた。


 商人とはもはや商いを行う者ではなく、官製の帳簿を記すだけの書記官に成り下がっていた。扱える商品も価格も数量もすべてが決められ、自由な取引を支えていた「見えざる手」は跡形もなく消えていた。


 ある日、学生のひとりが私に報告してきた。


「マルコナで異変が起きています」


 彼は自発的に新聞のようなものを作り、情報をまとめていた。


「見たこともない姿をした人々が、船に乗せられて運ばれてきました。全員、鉄の輪で繋がれています」


 その報せは即座に文字となって私の手元に届いた。私は、これは前例のない事態だと直感した。


 生徒たち、とりわけパウリオらは、ワスカルの支配に対して自由を訴え始めた。表立ってではなかったが、反対の声は紙に記され、街にばらまかれた。その中にミトゥという生徒が書いた新聞形式の文章があった。


『自由の声』第三号~

「ワスカル王子は南部アタカマの民族を征服し、数百人の奴隷を連れてきた。彼らは家族と引き離され、鉄の鎖で繋がれたまま鉱山での過酷な労働を強いられている」


 この新聞が注目を集めたのは、奴隷たち自身の言葉を載せていた点だった。


「我々は、名も奪われ、ただ鉄のために命を削る道具として使われている。かつての自由が夢だったとは思いたくない」


 この短い記事はプキオやクスコの街に急速に広まり、多くの人々が手に入れようとし、中には金を払って入手する者さえいた。


 ワスカルは、鉄で得た武器を北方に送ることはせず、むしろ南部へと力を注いだ。鉱山労働に奴隷を使い、鉄の確保によって戦略的な自由を得たのである。鉄があらゆる技術の生命線である以上、彼にとって鉱山の支配は絶対的な主導権を意味していた。


 しかしこの方針は、ワスカル一人の発想ではなかった。背後には、ラマコチャの影があった。


 ラマコチャにとって、民衆の自由や幸福は二の次だった。彼の関心は権力の均衡と、その中でいかに自らが有利に立ち回るかにあった。彼はワスカルに取り入り、その野望を巧みに煽った。


 ある日、彼は王子にささやいた。


「北の脅威に備えるには、まず南を固めることです。資源と労働力を手中に収めてこそ、真の力が得られるのです」


 ラマコチャは混乱を欲していた。混乱の中こそ、彼のような策士が真価を発揮するからである。彼はワスカルの台頭を手助けしながらも、その破綻さえも計算に入れていた。すべては、自らの壮大な夢のためだった。


 彼はワスカルに金と技術を提供する代わりに、商売の独占権を獲得した。その中で彼は一枚の契約書をワスカルに署名させた。そこには小さな文字で次のように記されていた。


「本契約の履行に際し、契約者は相手方に将来にわたる一切の事業収益の優先分配権および担保物件に対する包括的処分権を付与し、これを不可逆的に承認するものとする」


 大学コレジオの独立もまた、危機に瀕していた。


 ワスカルは講義の内容をすべて記録させ、印刷所を監視し、書物を検閲した。表立った弾圧はなかったが、監視と威圧は日増しに強まり、我々の動きはすべて彼とラマコチャの掌に握られるようになっていた。


 それでも、学生たちは密かに語り合い、商人、鉱山労働者、抑圧された各地の民と連絡を取り始めていた。


 ある夜、一人の学生が私の部屋を訪れ、言った。


「先生、皆が動き始めています。もう黙ってはいられません!」


 私は迷った。旅人として、歴史に干渉せずに見守るべきか。それとも、一人の人間として、自由のために声をあげるべきか。


 私はアタカマの民や北部民族の苦悩を思った。そして、傍観者ではいられないことを悟った。


 学生や部下たちに促され、ようやく私は重い腰を上げた。合議による新たな連合を立ち上げよう。自由の理念に基づいたタワンティンスーユの新国家を築くのである。


 そのためには、まず信頼できる仲間と連携し、会議の場を設けなければならなかった。ワスカルの目をかいくぐり、各地の代表者を呼び寄せるには、慎重かつ緻密な準備が求められた。


 私は、静かに、その第一歩を踏み出した。

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