ワスカルとの再会
ある日、教室の空気が突如として変わった。張り詰めた静寂と、得体の知れぬ緊張が辺りを支配したのだ。
次の瞬間、見慣れない一団が教室に姿を現した。その衣装はひときわ豪奢で、紫と金を基調とするクスコ特有の布地が身体を覆い、随所にあしらわれた銀の装飾が鈍く光っていた。その足音は、教室の空気を一瞬で征服し、王権そのものの威光を運んでくるかのようだった。
私はその中に、見覚えのある顔を見つけ、心臓が激しく跳ね上がった。
「……ワスカル……?」
名を呼ぶこともできず、私はその場に立ち尽くした。
かつて未来の世界で会った彼が、今ここに、まだ十代半ばの少年として現れたのだった。思春期特有の鋭さと瑞々しさが同居する精悍な顔つき。その眼差しにはすでに冷徹な光が宿っており、同時に、かすかな不安――恐れにも似た陰りが滲んでいた。
あの日、彼の魂が語ったあの言葉が、私の脳裏に閃光のように甦った。
ーーアタワルパよ、頼む。お前がタワンティンスーユの人々を救うのだ。そして、私の魂を大地から解き放ってくれ
まるで時が逆流したかのような錯覚に囚われながら、私は黒板の前に立ち尽くしていた。ちょうど、熱機関の原理について板書していたところだった。
ワスカルは教室に入り、周囲の注目を一身に集めながら、静かに言った。
「……続けたまえ」
その声は澄んでいたが、どこか鋭さを含み、命令に近い響きを帯びていた。
私は胸の鼓動を抑えきれず、それでも授業を続けた。教室内は息を潜めたように静まり返っていた。
ワスカルは複雑で抽象的な科学理論に耳を傾けながら、何度もノートに文字を走らせていた。その筆跡に、私は驚いた。誰かが彼に文字を教えていたのだ。彼はもはや象徴ではなく、知を実践する者になろうとしていたのだ。
授業が終わると、彼は冷ややかな口調で言い放った。
「こんなものは、邪教の教えである。私は鉄の鉱山を視察する途中、道すがら立ち寄っただけにすぎない」
それきり彼は背を向け、何も言わずに去っていった。
その背中を見送りながら、私は深く息を吐いた。歴史は、確かに変わり始めていた。だがそれは祝福なのか、あるいは破滅の予兆なのか。
数日後、ワスカルに仕える長老、アポ・イルカ・パンカが校舎を訪れた。かつてと変わらぬ礼を尽くしながらも、今回は明確な条件を提示してきた。
「王家は、あなた方の活動に理解を示す用意があります。以下の条件をご確認ください」
彼の手から差し出された書面には、次のような提案が記されていた。内容は商人の契約書のように整えられていた。
①大学運営に対し、年間1,000ミタの資金援助を行う。これは王家が保有する収入の約5%に相当する。
②新たな校舎の創設を援助する。
③科学教育を受けた学生を選抜し、行政・軍事・土木事業などにおいて、王家直属の技術者として登用する。彼らの税は王家が負担する。
④大学の監督権は、トゥパク・インカ・ユパンキ王家に帰属する。
⑤有用な知識――特に印刷、機織機、鉄の精錬法に関しては、その知見を王家が独占する。
アポ・イルカ・パンカはこれらを説明しながら、繰り返しワスカルの才覚を讃え、いかに彼が文字と科学に目覚めたかを語った。だが、その口調にはかすかな焦燥がにじんでいた。
最後に、彼は声を潜めて忠告した。
「最近、あなた方が科学を“神の教え”として広めていると耳にしました。さらに、ヤンカラン・インカ様、あなたをまるでビラコチャ神の再来のように語る者もいると……」
私は黙って聞いていた。彼は続けた。
「科学と神は別物です。あなたも、それはお分かりでしょう。生徒たちはまだ導かれる存在。放っておけば信仰を失い、やがて混乱が広がる。我らが統制のもと、正しく育てるべきなのです……」
私は依然として決めかねた。
弟子たちが科学の教えを地方へと広めていくのを、私は黙認していた。だが、自ら旗を掲げることはしなかった。
それは恐れだったのだろう。
もしも私の行動が、新たな災厄を招いたら。未来を知るという立場が、かえって破滅の道を招くとしたら。
さらに数日が過ぎた。
アポ・イルカ・パンカは条件の一部を緩め、あるいは別の案を示しながら、なおも説得を続けてきた。しかし私の優柔不断な態度に、彼の苛立ちは次第に強まっていった。
「あなたはタワンティンスーユ……太陽信仰に弓を引くおつもりですか?だから自分が神と称えられても、沈黙を貫いているのですか!」
私は言い返した。
「科学は神への冒涜ではない。それは、神の創り給うたこの世界の理を紐解くための一つの鍵にすぎない。」
だが、それ以上の言葉は続かなかった。
やがてプキオの町が騒がしくなり始めた。大量の荷がマルコナの鉱山へと運ばれ、鉱区の境界を巡って武力衝突が起きているという話が飛び交い始めた。




