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スペイン人たちの到来

— エピクテトス(Epictetus)

「富とは、たくさんの財産を持つことではなく、少ない欲望を持つことだ。」

 黄金への欲望は、人を狂わせる。しかし、スペイン人ほどその虜になった者たちはいなかった。


 こんな話がある。


 ある日、征服者たちは先住民から黄金を奪い、その過程で無数の命を奪った。怒った住民たちは待ち伏せし、石や槍で襲いかかった。最初は甲冑に阻まれたが、遠距離からの執拗な攻撃でスペイン人の腕や脚を砕いた。


 敵の数に圧倒され、スペイン人は退却する。行く手には大河があり、彼らは木製のボートに殺到した。だが、黄金の重さに足を取られ、乗り切れない者を見捨てて逃げ出した。取り残された者は川に沈み、運よく逃げた者は戦友を忘れ、金を抱えて歓喜した。


 やがて、取り残された者たちは先住民の手にかかり、全滅した。


 黄金は単なる原子の塊に過ぎない。しかし、その輝きが持つ魔力は人間がの遺伝子に刻み込まれているようだった。黄金を巡る争いは今も続いている。あの時、スペイン人たちが行った蛮行についても、本能的な作用だったに違いない。


 1531年1月、ピサロたちの一行は黄金を求め、パナマを発してエクアドル海岸に上陸した。彼らはただの冒険者ではなかった。すでにキューバ、ユカタン、アステカ、マヤの都市を手中に収めた征服者で、コンキスタドールと呼ばれる者たちだった。


 彼らは途中でいくつかの町を築きながら、黄金帝国を探し求めて南下していた。だが、その報せが届いた時、私はそれほど脅威とは思わなかった。


 私はカハマルカで兵を休ませていた。ワスカルとの王座争いは終わったが、戦の傷跡は深い。兵は疲弊し、帝国全土も消耗していた。それに、スペイン人はまだ遥か遠くの存在だった。


 思えば、すべては病から始まったのかもしれない。数年前、奇妙な病が帝国を襲った。父、ワイナ・カパックと皇太子ニナン・クヨチもその犠牲となった。彼らの肌は奇妙な疱瘡に覆われ、衰弱し、やがて息絶えた。その時、神々がアンデスの地を見放したのではないかと、私は思わずにはいられなかった。


 ハウハに囚われているワスカルのことを思うと気が沈んだが、それ以上に、帝国を立て直さねばならないという思いがあった。戦で失われた命、病で消えた民、その魂に報いるためにも、私はタワンティンスーユの分裂を防ぎ、より強い国を築く必要があった。私は早く、正式な儀式の下、王として認められることを望んでいた。


 太陽はアンデスの山に隠れてしまっていた。カハマルカの町を見下ろす平野には、兵士たちのテントが無数に張られ、松明の炎が暗闇をぼんやりと照らしていた。私はカハマルカの建物の中で、他の従者たちとこれからの作戦について考えていた。


 その時、使者が帰還したとの報告があった。部屋に入れると、彼は息を切らし、額には汗が滲んでいた。彼は私の命を受け、贈り物を携えてピサロ一行のもとへ向かい、報告を持ち帰ったのだった。


「主君。報告がございます」


 使者は膝をつき、荒い息を整えながら言った。彼はサーニャからカハマルカまで休むことなく駆け続けてきたのだ。それはインカ道を走り慣れた飛脚とて容易ではないことだった。垂れ幕越しに見える彼の顔には疲労の色が濃く刻まれていた。従者が差し出した水を一気に飲み干し、ようやく口を開いた。


「主君。彼らは銀色の奇妙な服を纏い、中には巨大な獣に乗る者もいます。それに、多くの住民が彼らに従っており、すでにサーニャを出発した模様です。彼らは見慣れぬ武器を持っています。威力は未知数ですが、決して侮るべきではありません。一度迎え入れるふりをし、慎重に排除するべきかと。奴らの目には、ただの旅人とは思えぬ、不穏な企みが見えます。それに……あの巨大な獣。我が軍とて、容易には対処できないでしょう」


 私は眉をひそめた。我が軍は長引いた戦の疲れを癒しており、すぐに戦える状態ではない。だが、報告を聞いた途端、不安は和らいだ。


 報告によれば、彼らの軍勢は千にも満たぬ程度だという。それに対して、こちらには八万もの兵士がいる。私は王として任命されるのを待つ身であり、決して強がっていたわけではない。実際に、私はスペイン人たちの一行を大した存在ではないと考えていた。


 部屋の中には私の妃たちのほかに、将軍や貴族、首長たちが同席していた。しかし、従者の報告に真剣に耳を傾ける者はいなかった。誰もが天然痘の災厄や内紛を乗り越えたことで自信をつけていた。


 私が即位すれば、彼らにも征服地の町や土地、女たちが与えられることになっていた。彼らは、その恩恵に与るため、自分たちの意見をひた隠しにしていた。


「主君。会見を設けて、我々の皇位請求に正当性があることを見せつけるのです。そうすれば、彼らの国でもあなたが王として尊敬されるでしょう」


 将軍や貴族たちは私の目を見て微笑んだ。反対する者はいなかった。彼らは未知のスペイン人たちに対して、私が最大限の威光を発揮するために会見の手はずを整えようとした。


「しかし、彼らは私たちの首長たちを殺したという情報も現地の徴税官たちから聞きました。彼らは邪悪な存在であり、我が軍の正義を示すためにも、これに報いることが必要だと思われます」


 私は少しの間考えたが、たとえ敵が武器を持っていたとしても、千人の兵が八万の軍を脅かすことなどありえないと考えた。


 私は従者に命令して彼を下がらせた。使者は最大限の尊敬の意を込めて私に挨拶し、部屋から出て行った。彼の顔に不満が残っているのは明らかだった。


 決断を下すにしても、まずは彼らに会うのが先決だと思った。そこで全てを考慮して、私が決定を下す。我はタワンティンスーユを統べる王となる身であり、すべての者が私に従うはずだった。我が決断こそが、太陽神の意志であると信じて疑わなかった。


 私の側でなまめかしい恰好をした妃たちが、炎の揺らめきの下で退屈そうな顔をしてくつろいでいた。彼女たちは、自分たちに危機が訪れるなどとは考えてもいなかった。

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