月明かり 陰謀
いまや私は、水車と鉄という二つの力によって、この村における支配権を確固たるものとしていた。
新たに築かれた水路は真っ直ぐに伸び、土地は碁盤の目のように整然と区画され、建物はその用途に応じて秩序立って配置されていた。人々は「職業」という、それまで存在しなかった概念を少しずつ受け入れ始めていた。
統治は順調に進み、生産性は飛躍的に向上していた。畑の収穫量も目に見えて増加しており、日々の生活に確かな変化が現れていた。
農地には、税として納めるための土地と、生活の糧を得るための土地の二種類があった。
新たな都市計画のもと、耕地の面積は約1,500ヘクタールから3,000ヘクタールへと倍増した。このうち、窪地に広がる農地が1,000ヘクタール、川沿いの肥沃な土地が500ヘクタールを占めている。これらの土地は、整備作業に参加した者たちへ均等に分配された。
この国の人々にとって、労働は生活と不可分のものであった。彼らは農作業の合間によく歌を口ずさみ、身体を動かすことそのものを楽しんでいた。
「労働は苦しみを伴うものだ」という近代的な価値観とは異なり、労働の中に喜びを見出す彼らの姿は、村の空気に活気をもたらしていた。
農地の拡大によって労働量こそ増えたものの、新たに導入された農具の効果によって作業効率は格段に上がり、彼らは広がった土地を、以前よりも少ない苦労で耕しきることができた。
行政官との約定も、この調子であれば守り通せると信じていた。だがその一方で、私の知らぬところで、目には見えぬ不穏な兆しが、地中の根のように静かに、しかし着実に広がりつつあった。
ある晩、太陽神殿の屋上で、神官ヤチャチクはひとり月を見上げていた。澄んだ夜空の中、月を司る女神、ママ・キリャの光が燦然と輝き、積み上げられた石々の輪郭を銀色に照らしていた。
月は夜の太陽である。その穏やかな光は人々の心を鎮め、夜の恐怖から守ってきた。しかしその夜、ヤチャチクの胸の内は荒れていた。村の変化を目の当たりにしながら、彼の中では信仰が、理性と鋭くぶつかり合っていた。
タワンティンスーユにおける太陽信仰とは、王の神聖性と正統性を保証するための装置にほかならない。それは民の心の中に宿るものではなく、むしろ軍事力によって支えられた、政治的制度に過ぎなかった。ヤチャチクが真に信じていたのは太陽ではなく、帝国という巨大で無慈悲な構造だった。
だが今、村を揺るがす新たな力が出現している。それは「科学」という名の教えだ。太陽の教義を超えたその力は、金属を自在に操り、機械をもって労働を不要にしつつあった。
タワンティンスーユにおいて「統治」とは、人民に労働を課すことを意味した。石は人の手で運ばれ、削られ、積み上げられた。だが今、その根本が覆されようとしている。では、ヤチャチクは何を信じればいいというのか?
三日三晩、彼は思索に沈んだ。いつもの儀式を神殿で淡々とこなしながら、彼の内面では激しい葛藤が渦巻いていた。処女の館に仕える若い巫女たちは、彼の不安げな態度に気づいていたが、それが村人に伝わることはなかった。
そしてある新月の夜、ヤチャチクは一人の使いの男を呼び、クスコへと走らせた。空には月も星もなく、道を照らすものは何ひとつない、深い闇の中だった。
彼が下した決断は、我々を異端者として中央に告発することであった。
それだけではない。ヤチャチクは狡猾でもあった。村に適応しきれない者たち——変化に戸惑う老人たちや、職を失い始めた技術者たちを神殿へと引き寄せ、私や「科学」の教えに対する不信と恐れを巧みに吹き込んでいた。
こうして、村には日に日に陰りが差し始めていた。人々の間には疑念が静かに芽吹き、村には分裂の兆しが忍び寄っていた。
1515年12月。私が村に来てから半年近くが経った。畑にはトウモロコシが実り、十一歳の私の背丈と肩を並べるほどに育っていた。その間も水車は絶えることなく回転を続けたが、人々の心には、じわじわと澱のような不安が沈殿していった。
村人の多くは農民か漁民だったが、誰もが何らかの技能を持ち、村の生活の歯車の一つを担っていた。金銀細工師、土器職人、織物職人。だが、歳を重ねた彼らの多くは、科学の登場とともにその立場を失いつつあった。
いまや、物理や数学の知識こそが最も重要視されるようになっていたのである。
そのころ、はるか遠くナスカの地を離れたクスコでは、事態が静かに、しかし確実に動き始めていた。
タワンティンスーユの統治体制について、ここで簡単に触れておく必要がある。各地の村や町は、村を直接統治する「村長」と、中央政府に派遣される「代表首長」という二重の構造を持つ。後者はクスコに滞在し、国家の意志を地元に伝える役目を担う。
この鏡像的な二重構造は、タワンティンスーユの象徴的なレトリック——月と太陽、陰と陽、表と裏——に通じていた。ナスカの村長であるウィラヤに対応するのが、クスコにいる代表首長、ラマコチャであり、彼はナスカの村を含めた南部海岸一帯の実質的な支配者であった。
彼は四十代半ばの逞しい男であり、海岸の民らしく、焼けた肌と深い皺を持っていた。彼の血筋は、かつて海上貿易で栄えたチンチャ王国に遡る。父は半世紀前の征服戦争の後、処女の館に娘を差し出し、クスコの有力者と婚姻関係を結ぶことで、その一族は中央に食い込んでいった。
チンチャの商才は、ラマコチャにも脈々と受け継がれていた。彼は、誰と酒を酌み交わすときも、気を緩めることはなかった。そして、語られた何気ない言葉の端々から、欲望や恐れ、野望の匂いを嗅ぎ分けていた。
彼の関心はただ一つ、次なるサパ・インカの座を誰が勝ち取るかという点に集中していた。帝国内には複数の王族が存在するが、「唯一の王」を名乗れるのはただ一人。その証が、房飾りであった。
最近になって、彼の耳には妙な噂が入っていた。それが彼の心に影を落としていた。
ある夜、クスコの邸宅の一室で、彼は月を見上げていた。妻は夕食を終えるとすぐに部屋へと引きこもったが、それもいつものこと。彼女は彼の沈黙を気に留めなかった。
「どうするべきか……」
彼は小さく吐息を漏らした。彼はいままで、パチャクテク王家に忠誠を尽くしてきた。だが今、クスコの勢力はトゥパック・インカ・ユパンキの血を引く、若きワスカル王子のもとに集まりつつあった。
そしてその理由の一端が、私に関する噂であった。私は父の寵愛を受けながら、それを裏切るように都を飛び出した。その事実が、クスコの人々の耳に届き、王都の空気を変え始めていた。
ラマコチャはまぶたの裏に、タワンティンスーユ全土の地図を思い描いた。次に風が吹くのはどこか。火種がくすぶるのは、どの地か。その一手が、未来の秩序を決する。
そのとき、扉が静かに開いた。
「ナスカから、使者が到着しております……」
低く抑えられた声に、ラマコチャはゆっくりと顔を上げた。従者の表情は張り詰め、影を湛えている。それが吉報でないことは、言葉にされずとも明らかだった。




