アタワルパの処刑
帝国の隅々から膨大な量の黄金が集められ、炉で一様に溶かされていった。その総量は、約6トンの金と約60トンの銀にのぼった。部屋を埋め尽くすに十分足るほどの量であった。
私は約束を守った。だが、無情なスペイン人たちは私の運命をすでに決定していた。
1533年7月26日の晩、私は牢から連れ出された。分厚い雲が空を覆っており、星一つ見えなかった。松明のかがり火が広場を怪しく照らし、スペイン人たちが処刑の準備を進めていた。その周りには怯えた表情をこちらに向けるタワンティンスーユの人々が蠢いていた。
広場の真ん中に大きな木材が立てられ、火刑の準備が進められていた。私の側にいたスペイン人たちは腰に剣を携えながら、私を十字架に向かって歩かせた。
「約束は守ったではないか」私は彼らに向かって反論した。「私を殺せばどうなるのか分かっているのか!」
冷たい風が炎を揺らした。私の声を聴いて、周囲のスペイン人たちが訝しげな表情で私を見る。通訳のフェリペは冷静な声で彼らの言葉を伝えた。
「あなたはワスカルを殺し、我々への反逆を企てた。それが全てだ」
その時、私の頭に浮かんだのはかつてフランシスコ・ピサロやエルナンド・デ・ソトらと興じたチェスのゲームのことだった。タワンティンスーユにおいて王は常に一人だった。征服されたチャンカ族やカニャリ族などの民族は言うまでもなく、終に征服されなかったマプチェ族ですら王を持たなかった。
世界に王として立つ人間は太陽の子である、サパ・インカただ一人だった。しかし、スペイン人たちの王はカルロス1世であった。チェスにおいてどちらかの王が殺されるまで戦いは続く。
私はスペイン人たちの輪の中心にフランシスコ・ピサロの顔を見つけた。彼は複雑そうな表情をこちらに向けた。
「ピサロよ。貴殿は私を裏切ったのか。私は約束を守ったではないか。なぜ、私が死ななくてはいけない!」
「あなたは弟を殺し、反乱を目論んだ。すでに決定されたことなのだ。どうすることもできない」
アルマグロ一派の人々がピサロを取り囲んでいた。彼らは自分たちの欲望をひた隠しにし、真剣そうな顔で私たちのやり取りを見ていた。三日月が建物の上に輝いている。建物の屋上には広場に入り切れなかったタワンティンスーユの人々が群がっている。
「私は貴殿と友になったと思っている。黄金なら好きなだけあげようではないか。足りないのであれば今度は二つ分の部屋を黄金で満たし、その二倍の銀を差し出そう。私が死ぬわけにはいかないのだ」
ピサロは少しの間黙ってから「それはできぬ」と答えた。「全ては神によって決められたことだ」
彼は振り返り、歩み出ると闇の中に消えていった。処刑場は私のすぐそばにあった。木材が私よりも高くそびえ、無機質な表面をこちらに向けていた。側にいたアルマグロ一派らが火をつけるための薪を用意していた。この時、私は深い絶望に落とされ、胸の激しい鼓動を感じていた。目は充血し、頬を自然と涙が流れた。月の光がぼやけ、女神が私を見捨てるのが分かった。
私は深い悲しみの中で、ピサロへの怒りを噛みしめていた。しかし、彼が振り向いたとき、涙を流しているのが見えた。
だが、私にとってそんなものは意味がなかった。友情よりも黄金を選んだ者の涙に、何の価値があろうか。
まとわりつく絶望だけが、私の唯一の味方だった。私は広場の中心へと歩みを進める。足裏が大地の感触を確かめるたび、当たり前の生がどれほど尊いものかを思い知らされた。呼吸をするたび、アンデスの冷たい空気が肺を満たした。
処刑場の側にたどり着くとバルベルデ神父が待っていた。彼は十字架を右手に持ち、聖書を左手に抱えていた。彼は私が神に対して犯した罪を並び挙げ、キリスト教への改宗を迫った。
「アタワルパよ、汝の魂は深い罪に染まっている。我らが主なる神と王カルロス1世に対する反逆を悔い改めよ。汝の罪は数多あるが、最大のものは異教の神々を崇め、王カルロス1世への忠誠を誓わなかったことだ」
神父は、火刑による処刑を宣告した。そして、改宗すれば刑の変更の余地があることを説明した。死の恐怖の中、私はわずかな希望にすがり、終に改宗を受け入れることを決意した。
「タワンティンスーユの人々よ安心するがよい。私の体が残る限り、私は父の太陽によって生き返ることができる。この地に太陽は昇り続けるのだ。パチャカマ神は常に我らと共にある。いつの日か、我らの時代は再び訪れる」
私の声は力強く広場に響き渡った。タワンティンスーユの人々は地面にひれ伏し、その姿勢のまま動かなかった。彼らの悲しみと敬意が、静寂となって広場を包み込んだ。フェリペは私の堂々とした態度に驚いていた。彼の瞳には畏怖の色が浮べていた。
神父は私に冷たい水を浴びせ、その瞬間私はフランシスコ・アタワルパという洗礼名を授かり、キリスト教徒となった。私は冷静さを取り戻し、最後に、子供たちのことを従者に頼んだ。
アンデスの山々は闇に隠れていた。私は、そこに無数の神がいたことを思い出していた。コンドルが舞い、アルパカが草を食み、川が流れる光景。神々が山々に宿り、風と共に語りかける声。その光景を二度と見ることができないのが非常に口惜しく思われた。
処刑台に立ち、首に鉄の環がかけられた時、雲の切れ間から一筋の月光が漏れ、私の顔を照らした。
「インティよ……私は戻ってくる」
1533年7月26日、私は絞首刑に処された。鉄の環が締まり、気道がふさがれ、息ができなくなる。消えゆく視界の中で、ワスカルの顔が浮かんだ。全ては巡り、輪を描いている。
闇が迫る中、私の意識は遠のいていった。最後の光が消える瞬間、私はアンデスの山々と、その上に昇る朝日を見た気がした。
私の魂は光に溶け込み、永遠の故郷へと還っていった。