2、経営戦略会議
紅いドレスの女のことが頭から離れない向坂は経営者会議でその女のことを井川と桂田に相談する。3人の間で彼女についての想像をめぐらす。
前日の経営者会議は夜11時にはお開きになり、3人とも朝9時には会社に来ていた。毎朝のことだが、10時には桂川秘書が煎れてくれたコーヒーを飲みながら3人で経営戦略会議を開いた。今日は昨夜の約束通り、社長の持ち株から15%分の株式を桂川に譲渡する契約を取り交わした。これで向坂が65%、井川が20%、桂川が15%の持ち株比率にかわった。調印を終えると桂川は
「それでは社長の口座に150万円振り込ませていただきます。」と言ってスマホで自分の銀行口座から社長の個人口座に振り込みの手続きを完了させた。振り込まれた社長はあっけらかんとして
「あっさりしたもんだね。銀行はもう店舗なんかいらなくなるね。人員削減は進むだろうね。」とAI社会が人々の仕事を奪っていく現状を危惧した。
3人の会議が終了し桂川秘書は出ていったが、井川副社長はしばらく残り、大手通信事業者のKKDIからのドローン作成の依頼についてどのような設計にするかアウトラインを話し合っていた。途中で社長が立ち上がって白山を見ながら設計の要点を話していると
「副社長、あの車、また今日も来ましたヨ。ほらあの白い軽自動車。」と声をかけると副社長も立ち上がって窓際に立ち、隣の駐車場を眺め
「あれですか、昨日言っていた赤いワンピース。」と話したところで白い軽自動車は駐車場の端の方の白線の中に停車した。車のドアが開くと出てきた女性を見て、2人は息をのんだ。
「今日も赤いワンピースで腰の黒いベルトで絞り込んでいる。サングラスは頭の上に載せてます。」と副社長が興奮気味に話した。社長も
「30歳代半ばと言うところかな。今日は顔の表情がわかるね。うれしそうという感じもしないけど、悲しそうでもなく、急いでいる感じもないね。」と観察している。彼女は車から降りると昨日と同じように周りを見渡すと、すぐに入って来た青いSUVに手を振って、来ていることを知らせると、その青いSUVが近づいて来てそのまま助手席に乗せて走り去った。
その女性のことを5階から観察していた2人は息をのんで見ていたが、走り去って出て行ったあとは、互いに見つめあって昨夜の飲み会で店の秋帆さんが言ったことを思い出して
「やっぱり、秋帆さんが言っていたことが正解ですかね。青い車の男はデリヘリの店長ではないですかね。デリヘリは男性従業員が少なくて、店長が受付も送迎係も女の子のスカウトも全部やるらしいですよ。」と井川が興奮しながら言うと社長の向坂は
「副社長、よく知ってるね。業界通なのかい。」とほくそ笑みながら追求した。井川副社長は
「36歳、独身ですから時々利用しないでもないです。東京で付き合っていた恋人は福井に行くと言ったらついて来てくれなかったんです。」とプライベートなことを話してくれた。すると社長も
「僕もたまには利用するよ。でも出張で東京や名古屋に出た時だけだよ。」と打ち明けた。2人の親密感は共通の秘密を持つことで深まった感じがした。
「彼女が風俗関係だとしたらどんな家庭環境だと思いますか。」
副社長は社長を上回るような興味本位で前のめりに話してくる。社長も
「昨日も妄想したんだけど、シングルマザーで子供を学校に登校させた後、子供が帰ってくる午後3時までに出来る仕事ってことで、デリヘリをしてるんじゃないかと考えたんだ。」と昨日よりも突っ込んだ推測を披露した。副社長も
「なぜ風俗の仕事に入っていったのかも妄想が膨らむよ。シングルマザーと言うだけだったら借金があるわけじゃないから、風俗に染まらなくてもスーパーのパートで働いて何とか子育てできるんじゃないかな。シングルマザーの人たちはみんな、パートだけでもなんとかやっていますからね。風俗に染まるという事は、夫がろくでもない奴でギャンブルにのめり込んだか、詐欺めいた投資話に騙されて、大きな借金を作ってしまったことは考えられますね。」と更なる妄想を膨らませると社長は
「最近問題になっているのはホストクラブに熱を上げてしまった女性が大きな借金を抱えてしまう事だね。」と言って少し笑った。
「風俗にはまっていく女性たちは何らかの形でお金が必要になり、ほかに手段がないから風俗の世界に入っていくというのが一般的だと思うよ。」
社長が本で読んだような一般論を述べると、眉をひそめて副社長が自分の方が事情通だと言わんばかりに付け加えた。
「そうでしょうか。最近の子は海外旅行に行きたいというだけで、短期のアルバイトのような感覚で風俗勤めをする子もいるというレポートを週刊誌で読みました。」と付け加えてきた。
「ただ、10時ごろに2日連続で現れたのが何かのヒントだよ。もう少し様子を見る必要があるかもしれない。単純に風俗と決めつけるのは危険性もあるかもしれない。」と今後の方針を示した。
紅いドレスの女について妄想を巡らせた彼らはこのあとどんな手に出るのか。 皆様のご感想をお待ちしております。