表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/10

10、結婚

小百合が考えた企画を社長の向坂に提出する。しかし彼が期待するレベルではなく、期待外れであった。しかしそんな時、名古屋から小百合の元の夫が小百合と雄太を訪ねてくる。再婚しようとでも言ってくるのか。小百合は困るが向坂も気持ちは揺れる。

小百合が提出した企画書は社長の所に提出されたが、アイデアがさほど仰天するような中身ではなかったので、採用にはならなかった。しかし小百合にとっては初めての仕事らしい仕事になった。不採用になったことは残念だったが、小百合は企画書の書き方も覚え、収穫の大きな仕事となり、仕事へのやる気も増してきた。

 会社から戻り、晩御飯を作って雄太の帰りを待っているときに、携帯電話が鳴った。発信者の名前を見て小百合は表情を変えて着信を拒否した。名古屋で別れた元夫だった。仕事も長続きせず、ギャンブルとお酒におぼれ、借金を作って小百合に風俗で働いて稼いでくれと言ってきた男だった。雄太がまだ小さいころに離婚したので雄太は父親の顔を覚えていない。離婚して名古屋を出て福井に来たのは雄太がまだ2歳だったから、13年も前のことだった。小百合はあの男から逃れるために福井まで来たが、もし居場所を知られたのならば大変だと思い、玄関のカギを確かめた。しかししばらくするとまた電話が鳴った。発信者はまたあいつだ。

「松田健吾 何の用があるって言うんだ。」携帯の発信者の名前を見ながら、かつての悪夢を思い出した。あのまま別れずにいたら、確実に風俗で働かされていただろう。マッサージどころではなく、ソープランドで毎日10人以上の客を取らされ、受け取る給料をほとんどこの松田健吾に搾取される生活になっていたら、今頃地獄だっただろう。折角福井でささやかに雄太と2人で暮らせているのに、絶対邪魔されたくない。そんな思いで再び着信を拒否した。その時ドアのカギを開ける音がして雄太が帰ってきた。

「ただいま、おかあさん、何かお母さんにお客さんだよ。」と言ってドアを開け、もう一人誰かを玄関に入れた気配がした。小百合は玄関に出て雄太を迎えると雄太の手を取り、中に引き入れるとその後ろにいた男を睨みつけた。

「よお、久しぶりだな。元気だったか。探したぜ。離婚届を強引に提出してすぐさま俺の前から消えちまったから俺は途方にくれたんだ。おまえなしで俺が生きて行けると思ったのかい?」と悪びれた言い方をすると小百合は

「何しに来たんだい。どうせ金がなくて私を頼ってきたんだろ。金なんかないよ。付きまとわないで返って。」と頼んだ。後ろで雄太は少し震えながら2人の話を聞いている。

 そんな雄太を見ながら松田が

「雄太君、大きくなったな。俺のことを覚えているかい。」と話しかけた。すると小百合が血相を変えて

「雄太に話しかけないで。雄太に近づかないで。離婚は成立しているし、雄太は私が育てることになっているんだから。あんた、今さら何の用があるのさ。」と大声で叫んだ。すると松田は

「そう大きな声を出すなよ。俺だってあれから一人になって、仕事はするようになったんだ。非正規だけど以前の工場で働かせてもらっている。もう一度戻って来てくれないか。」と今回やってきた目的をようやく述べた。すると小百合は雄太が聞いている前で

「雄太、信じられないだろうけど、この男は自分がギャンブルで作った借金でどうしようもなくなって、お母さんにエッチな仕事をさせてお金を儲けてくれって頼んできたんだよ。そんなことできないからお母さんは雄太を連れて離婚して、福井に来たんだよ。こんな男の元に戻れると思うかい?」と雄太に今まで秘密にしてきたことを告白して判断を雄太に委ねた。中学3年生の雄太には判断が難しかった。雄太は即答は出来なかった。突然実の父親が現れただけでも心が揺れるのに、その父親は母に風俗で働けなどと言ったというのだ。どう答えていいか分からず下を向いて黙ってしまった。

 とにかく

「出て行ってくれ」と言うと松田は

「また来る」と言い残して外へ出て行った。


小百合と雄太はその夜、話し合った。名古屋に住んでいたころいったい何があったのか。小百合がどんな思いをさせられたのか。そして小百合の実家でどんな生活環境で小百合が育ったのか。雄太には刺激が大きかった。そして今の自分がどんなに幸せで、母親がどんなにつらい生育を送ったのか。雄太は涙ながらに母の話を聞いた。


 翌日、小百合は会社で向坂のいる社長室を訪ねた。そして昨晩の出来事を相談した。元夫がやってきて復縁を迫ってきたことを話すと向坂は

「君の気持ちはどうなんだい? 昔、風俗に売り飛ばそうとしたような男を信じられるのかい?」と真剣な表情で聞くと小百合は怒りを押し殺しながら

「信じられる訳がありません。あの男はクズですから。今は景気がそこそこいいから仕事があるので、金回りが良いので私たち親子のことを思い出したんでしょう。でも少しでも景気が悪くなって、名古屋の会社が車の生産を少なくするとすぐに首になりますから。まじめに働かないから首切り候補1番手ですから。最初に解雇通知を受けるんです。」と話しながら昔の事を思い出して涙ぐんでしまった。

 社長室で向坂と小百合が話し込んでいると秘書の桂田と副社長の井川も中に入ってきた。桂田は神妙な顔をしながら

「話は今そこで聞いていたわ。小百合さん、大丈夫ですか。そんな男とまた関わってしまったら雄太くんも苦労してしまうわ。」と彼女の隣に座って肩に手を当てて慰めてくれた。井川はその様子を見ながら向坂に向かって

「社長、小百合さんとその松田さんとの離婚の条件はどうなっているんですかね。」と言うと向坂社長は小百合に

「離婚した時の話は何か条件を付けたのかい。」と聞くと我に返って小百合は

「慌てて「逃げるように離婚したから条件なんか何もありません。ただ離婚届けに判を押して子供は私が連れて来ただけです。あいつが雄太を育てられるわけがなかったから。」と言うと向坂は

「離婚合意書を取り交わしたわけではないんだね。ところでその松田君は雄太の親権を取り戻したいとかは考えているのかい?」というと

「それは考えてないと思うわ。子供のことは特に行ってなかったし・ただ一人でいることが寂しかったんじゃないかなと思うわ。」と3人の顔を見渡しながら語った。

「それじゃ、とにかく君がどうしたいかという事を彼にきちんと伝えることだね。もし心細かったら我々が立ち会ってあげるよ。」と向坂が小百合の目を見つめながら言った。井川と桂川も頷いていた。

「また今日も彼が来るかもしれないから、こっちから呼び出したらどうかな。全員揃っているところに彼を呼び出して話し合う。主導権を彼に渡さない交渉術だよ。」と井川が提案してくれた。桂川は

「ここから彼の携帯に電話してみたらどうですか。そして今日の夕方、場所を設定してあったらどうかな。」と言うと小百合は携帯を出して彼から来た着信履歴を使って送信した。

呼び出し音が数回した後彼が電話に出た。

「小百合、電話してくれたんだね。会いたくなったのかい。」と松田健吾はよりを戻せるかもしれないというかすかな可能性に少しの喜びを感じているようだったが、小百合は

「とりあえず、会って話しましょう。あんた今どこにいるの?」と聞くと彼は

「福井の駅前のマリオットだよ。」と言うので小百合は

「それじゃ、マリオットのロビーで6時に待ち合わせしましょう。」と提案して彼もそれを了承した。


 夕方仕事を終えると小百合は雄太に少し遅れることを連絡して向坂の車で駅前に向かった。井川と桂田はそれぞれ自分のマンションに帰りそこから駅前に向かうことになった。5時45分には4人がそろった。マリオットホテルの4階のフロント前に応接セットが並べられたそのソファーに4人がそろって座った。しばらくするとエレベーターから出てきた松田が近寄ってきたが、小百合一人だと思っていたのに4人もいたので驚きを隠せなかった。マツダは開口一番

「小百合、この人たちは誰なんだい。」と言ってきた。小百合は

「会社の人たちよ。今、私会社員なの。その会社の社長さんと秘書さんと副社長さん。元の旦那が突然復縁を迫ってきたって相談したらついて来てくれたんだよ。」と言うと松田は渋い表情のままソファーに座った。すると桂田が進行役のように

「それでは松田さん。あなたの要求をまず述べてください。」と無感情な声で言うと

「おれは小百合とまた夫婦として名古屋で住みたいだけだよ。小百合のことが忘れられないんだ。」と思いを述べた。すると桂田は小百合に向けて

「それでは小百合さん、あなたはその要求に対してどうお考えですか。」と聞いた。小百合は深呼吸をして言葉を選んで

「私は松田健吾と再婚する意思はまったくありません。13年前のことを思い出すと殺されたくらいの心の傷を負っています。」ときっぱりと吐き捨てた。松田は頬をひっぱたかれたような衝撃を受けたが

「殺されたってそんなことはなかっただろ。」とすがるように言うと

「風俗で働けってことがどういう意味だか解っているの?女にとって風俗で働くってことは一般社会の人間をやめるに等しい意味なんだよ。もう戻ってこれないんだよ。」と感情があふれだしそうな表情で語った。松田は

「少し大げさじゃないか。人間を辞めるなんて。」と照れ笑いしながら語った。すると向坂は松田を攻めるように

「一旦風俗の世界で毎日のように見知らぬ男たちに抱かれて生活すると、世間からどう見られるかわかりますか。風俗の世界を抜け出せたとしてもその過去は簡単に消えないんです。何処へ行っても誰かがその過去を探し出して、傷口を掘り起こすんです。そんなことに女性が耐えられると思いますか。しかたなくそのアリ地獄に死ぬまで、身を置くしかないんですよ。」と語り掛けた。すると松田は向坂に向かって強い口調で

「外野は黙ってくれ。大体あなたは何の権利があって俺たちの問題に関わってくるんですか?」と大きな声で叫んだ。すると小百合が

「大声で叫ばないで。この人は私が勤める会社の社長さんだけど、私にとって大事な人なの。」と言うと向坂の顔を見た。向坂は突然のことでびっくりしたが悪い気はしなかった。松田は間髪入れずに

「おまえはこの社長のことが好きなのか? 結婚するのか?」と追い打ちした。すると向坂が

」そうだよ。僕たちは付き合っていて、近い将来、結婚するつもりだ。だから君は手を引いてくれ。」ときっぱりと宣言した。

 周りで聞いていた井川と桂川は突然の結婚宣言にびっくりした。同時に思わず笑いそうになった。社長が本音を漏らしたのだ。社長がどぎまぎしていると小百合が

「向坂社長、結婚について初めて口にしてくれたのね。うれしいわ。」とわざとらしい猫なで声を出して、自分たちの仲の良さを松田に見せつけてきた。向坂はどの演技につき合うように

「突然で申し訳ないけど、以前から考えていたんだ。松田さんが現れていいチャンスになったね。結婚を前提にこれからは正式な交際をしていこう。」と恥ずかしくなるような言葉を発した。松田健吾はいたたまれなくなって

「わかったよ。おれは名古屋に返る。雄太も俺と一緒に貧しい生活をするより、この社長さんと一緒に暮らした方が幸せかもしれないな。」と言ってさっさと立ち上がってしまった。井川がそんな松田に

「松田さん、今から名古屋へ?」と聞くと背中越しに

「まだ名古屋方面行の新幹線はあるんだろ。すぐ帰るさ。」と言って部屋に荷物を取りに行った。

 井川と桂川は事がすんなりとおさまったことを見届けるとさっさと自分たちのマンションへ帰って行った。残された向坂と高宮小百合は向坂のマンションでこれからの事について話し合うために徒歩で向かって行った。ただ高宮小百合は自分の部屋で雄太が待っているので歩きながら携帯電話をかけた。

「雄太、お母さん今日は少し遅くなりそう。冷蔵庫の中に冷凍のうどんとピザがあるからチンして食べてね。」というと雄太は

「もう、自分で作って食べたよ。野菜とお肉で野菜炒めを作ってご飯をチンして食べたから心配しないで。」と頼もしいことを言ってくれた。小百合は

「さすが私の子だわ。頼もしい。それじゃお母さん、お泊りしちゃうかもしれないけど許してね。」と言って電話を切った。隣りでその会話を聞いていた向坂は雄太のたくましさに感心しながら、お泊りという言葉に胸がときめいていた。



小百合と向坂は幸せをつかむ。ここからの2人はどんな風に生きていくのか。皆様のご感想をお待ちしています。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ