夢見る乙女と暖炉と現実
「第5回下野紘・巽悠衣子の小説家になろうラジオ大賞」参加作品です。
「じゃあ、よろしくね」
「ああ。決まったら連絡する」
今俺はドイツの片隅にある小さな町に来ている。出張の傍ら家探しの真っ最中だ。
半月前、突然上司に呼び出された。ヘマをやった覚えは無い、と思いたい。
あれこれ最近の行動を振り返りつつ会議室へと向かってみれば、上司の口から出たのは海外駐在の打診だった。
海外営業本部欧州担当。いつかはこんな話もあるかもと頭の隅にはあった。
入社して四年。断る理由は無い。
「私ね、暖炉のある家に住むのが夢だったの」
ん?何の話だ?
学生時代から付き合っている彼女とは、これを機に籍を入れることにした。
何もなければ彼氏彼女としての歴史だけが積み重なっていきそうな俺たちの関係を、大きく変えるには良い機会かもしれない。
「暖炉って、煙突が必要なアレのことだよな?」
「そう!サンタが入れる様な煙突付きなら最高ね♪」
都心暮らしの俺たち。両家ともにマンション住まい。当然だが煙突なんてあるわけがない。
暖炉?どうやって使うかなんて知らないよ。エアコンよりも暖かいのか?
「一軒家には暖炉それなりあります。ドッペルハウスでもたまに。ライエンハウスはときどきあります」
「ドッペルゲンガー?ライオンハウス?」
「あははは。ドッペルゲンガー違うよ。ドッペルハウス、二軒くっついた家。半分あなた使う、半分別の家族使う。ライエンハウス、横に長い家。えっと、日本語は何?そう、なが〜や!一つあなた使う、あとは別の家族たち使う。私の説明分かる?二階も地下室もあるよ」
日本語が堪能だと紹介された不動産屋。おそらく俺のドイツ語より千倍はマシだろう。大丈夫、概ね理解した。たぶん。
「一軒家が見たいです。出来れば庭付きで」
「庭の無い一軒家なんてあるの?あなた、面白いね!」
だよな。ここは日本じゃない。
日本にはそんな一軒家もあるって説明しようとも考えたがやめておく。
「もしもし。暖炉のある一軒家に決めたよ。三か月後には入居できる。一旦日本に戻って引っ越しだ。忙しくなるな……」
「本当?嬉しい!」
「暖炉はステキ。でも、使う前に注意必要!まず煙突の蓋外す」
「ええと、蓋って?」
「使ってない暖炉蓋してある。ゴミとか鳥入る困るでしょ。そのあと、煙突掃除屋さん電話してね」
「煙突掃除屋?」
「そう!掃除しないと火事とか中毒なるよ。死ぬの困るでしょ?」
素敵と夢と現実と死と。
希望は叶えた。暖炉のある家に住むのが夢。夢の暖炉を使うかどうかは……。