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ニューヨコハマに夜は来ない。朝が来ないからだ、絶えず降る重酸性雨に遮られ、誰も太陽を見たのこと無いまま生まれ、死んでいく。あるのはただ暗闇だけだ。
今がいつなのか。どこにいるのか。何もわからない。
薄暮色の街灯が並ぶ、だが不明瞭を増すだけだ。闇の向こうに目を凝らすが、都市計画にそびえる集団住宅の縦列が、画一的に繰り返しては、何の見分けもつかない。電飾から爛れて散る火花さえ同じ影で、風に揺られてもなお、元の形に戻る。それら全ては雨の中に沈み、音もまた同じだった。
俺はその中で、ゴミに埋もれていた。不法投棄された合成ポリ袋の山から、臓物のように廃棄物が漏れ出し、街灯を照り返す。錆びた缶、黴た水、焼けた骨格、モザイクめいた全ては濡れていたが、アスファルトよりも柔らかい。元セクサロイドのシリコン外皮さえ受け入れ、外の水を遠ざける。
ギャングの抗争に送り込まれたのでも、強盗に襲われたでもない。数日仕事が見つからず、金も電力も底を尽きた。レンタルIPが無ければネットワークにさえ繋げず、仕事を得る手段も無い。防水コートは売った、重酸性雨の中歩くこともできない、この中で凌ぐしかない。
死とは、このようなものなのかもしれない。死んだことはないが、少なくとも近づいていることはわかる。
アンドロイドの死について、法は定義していない。だが充電の切れたアンドロイドは、死体と同じに扱われる。保証人がいなければ、誰が売ろうと解体そうと、誰も止めはしない。
充電は残り数パーセントだ。放電で記憶と人格が消えるのが先か、スクラップ塊としてグラム単位に売られるのが先か。
それを引き延ばすため、ほぼ全ての駆動電力を断った。時刻記録、位置情報特定、あらゆる機能が停止し、立つことさえできず、身体はゴミ山に委ねられる。動作周波数は引き延ばされ、意識上の一秒が十秒に、十秒が百秒に鈍化していく。この引き延ばしに意味があるのか、考えてもわかりはしない。休眠状態に入った意識は、既に思考を手放した。
残るのは記憶だけだ。記録媒体の自動最適化機能が、記憶情報を断片的に抽出し、レンズシャッターの裏に投影する。休眠状態の中、思考さえ存在しない空間に映るもの。それは人間の尺度で形容すれば、「夢」と呼ばれた。だがその実、記憶維持電力を軽減するため、削除選択を求めてくるに過ぎない。
優先的に現れるのは、容量の大きい記憶だ。最適化されておらず、削除効果の高い、あるいは長期間保存されている記憶から、選択を提示される。
始めに現れるのは決まって、あの名前だった。
――――ベティ。