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第五話 ギルドへ(一)

2023年5月29日修正


 小鳥の鳴き声が聞こえる。朝が来たらしい。

 隣のアルを見れば、昨夜と変わらず寝息を立てていた。


(まつ毛長いなあ)


 こうしてまじまじと見てみると、恐ろしい程に整った目鼻立ちであることがわかる。人間ではないことを裏付けるかのような透き通った肌。スッと通った鼻は高く、形の良い唇は潤っていて皴一つない。

 影を作るほど長いまつ毛がふるりと揺れた。


「ン…。ミカ…?」


 寝起きのかすれた声はなんだか色っぽくて、見てはいけないものを見てしまった気持ちになった。

 アルはまだ眠気が覚めないようで、目をこすり何度も瞬きをしている。


「おはよ、アル。朝だよ、よく眠れた?」

「私は…眠っていたのか…」


 ごろりと寝返りを打ち、天井を見つめるアルはかなりボーっとしていて心配になった。

 体を起こし、掛かっていたふかふかの布団を押しのけ、アルにも体を起こすよう促す。暖かい布団で横になっているからボーっとしてしまうのだろう。


「ほらアル、起きて」

「ん、ああ。昨日、ミカの歌を聞いていたら、なんだか心地よくて…。これが寝るということか」


 体を起こしたアルはまだ眠たそうな目をしていた。今まで寝てこなかったから寝足りないのかもしれない。


「気持ちよかった?もうちょっと寝る?」

「身体が軽い気がする。いや、今日は探索者ギルドに行こうと思うんだ。あまり遅くなると帰りにずれ込むからな」


 アルは小さく欠伸をすると「支度をしよう」と立ち上がり、俺に両手を伸ばした。

 まさか抱っこですか。


「俺、自分で降りれるよ」

「なに、私がぬくもりが恋しいんだ」


 そう言われたら仕方がない。断れるわけがなかった。アルに抱き上げられ、そのまま洗面所へ向かう。さすがに歯を磨くときは降ろされた。

 そういえばこの世界には蛇口がある。出てくる水は飲用に適しているらしく、アルがお茶を入れた時もキッチンの蛇口から出る水を使っていた。まったく気にせず使っていたが、水道管が通っているのだろうか。


「アル、これってどうやって水が出てるの?」

「水の魔石と術式を組み合わせているんだ。これは…、魔石が水を生み出し、術式で煮沸・冷却しているようだ」

「なるほど?」


 わざわざ煮沸しているということは殺菌だろうか。

 蛇口の付け根を覗けば、豪華な装飾の中にきらりとひかる青い宝石のようなものが見えた。ただの飾りだと思っていたけれど、これが魔石なのだろう。周りの装飾も意味があるのかもしれない。

 

「魔石にも種類があるんだね」

「ああ。七種の魔素が何年もかけて凝縮した魔結晶と、人工的に作る粗結晶、魔結晶から魔素を抜いた純結晶があり、人々はどれも魔石と呼んでいる。魔結晶は単純な魔法を発動させることができて、純結晶は魔術を埋め込むことができ、粗結晶は魔結晶の劣化版だ。魔素の種類は…ミカ、大丈夫か」


 初めて聞く単語のオンパレードに頭を抱えてしまった。断じて俺の理解力が低いわけではない、と思いたい。


「と、とりあえず、魔石には種類があって、魔法と魔術は別物ってことはわかったかな…。ごめん、あとで紙に書いてもらっていい?字も教えて」

「ああ、ゆっくりやっていこう」


 アルは俺の頭をクシャと撫で抱きかかえなおすと「そうだ、生活魔法も教えなければな」と言った。


「俺、魔法使えるの?」

「魔力があるからな。呪文を覚えれば便利だぞ。そのうち呪文を唱えずとも使えるようになる」

「そっかあ、楽しみ!」


 俺も魔法が使えるようになるらしい。とても楽しみだ。覚えることはたくさんあるけれど、アルやローディアたちのように格好良く魔法を使えるようになりたいから、がんばろう。

 アルと話しながらリビングへ向かうと、アルはポーチから小さな箱を取り出した。その中から取り出した小さなラックを床に置くと、指を鳴らそうとして、止めた。

 手のひらほどの大きさになっているが、『絹の家ムーサ』で買った俺の服の様だ。


「ミカ、早速魔法を使ってみようか」

「えっ、そんなすぐにできる物なの?」

「杖はないが…ああ、ペンを代わりにしよう」


 アルは俺を降ろすと、机にあったペンを握らせしゃがみ込み、後ろから腕を支えた。


「ペン先をラックに向けるんだ。そしてラックが元のサイズに戻るところを想像する」


 目を閉じた世界では、ラックがぐんと勢いよく大きくなって、掛かっていた洋服たちが揺れた。


「できたか?そうしたらペンを、丸を描くように動かしこう言うんだ。『拡大せよ(ラシュ・グデー)』」


 目を開ける。小さなラックを囲むように丸を描き、呪文を口にした。


拡大せよ(ラシュ・グデー)!」


 呪文を唱えた途端、ラックがボンと音を立て、部屋中に煙が広がる。

 俺は煙の勢いで飛ばされそうになり、アルに抱きとめらた。煙が消え離されると、目の前には天井に届くほど大きなラックが鎮座していた。


「…でか!!」

「…天井を突き抜けなくて良かった。次からは外でやるべきだな」


 苦笑したアルが指を鳴らすと、ラックはポンと音を立て、あるべき大きさへ姿を変えた。

 ペンを強く握る自分の手をまじまじと見る。

 失敗した原因はさっぱりわからないけれど、今、俺は、生まれて初めて魔法を使ったのだ。


「すごい…すごいよアル!俺、魔法使っちゃった!!」

「初めてにしては上出来だった。これからは嫌と言うほど使うことになるぞ」

「んへへ…」


 アルは頭をやさしく撫でてくれた。うれしいな。

 …今ものすごく幼児返りしていた気がする。危ない危ない。しっかりしなくては。早く成長して実年齢と精神年齢を近づけたい。

 フリルタイがついたグレーのシャツを手に取ったアルが「自分で着てみるか?」と言った。


「着替えくらい一人でできるよ」

「そうじゃない。魔法で、だ」

「う、うーん」


 正直やってみたい。しかし先程失敗したばかりだ。もしこのお高いであろう服を破ってしまったりしたら…と考え身震いした。


「うん。やめとく」

「そうか」


 アルは喉の奥でくつくつと笑っている。こちらが考えていることなんてお見通しなのだろう。

 スッと手を頭に翳され、反射的に目を閉じる。アルが「着せ替えよ(ピリエディギー)」と唱えると、お馴染みのボフンと言う音が聞こえた。

 目を開ければ、アルの手にあるハンガーには今まで着ていたパーカーがかかっており、自分を見下ろせば、アルが手に持っていたグレーのシャツを纏っている。

 アルはハンガーを戻し指を鳴らすと、薄手のシャツから見慣れた格好に戻った。アルの服はどこから来てどこへ行ったんだろう。


「これでいい。それでは行こうか」


 泊まっている部屋は最上階だったらしく、ドアを開けた目の前には三角形の螺旋階段が下に長く続いていた。まさか、俺を抱きかかえたままこれを上ってきてくれたのだろうか。

 鍵を閉めているアルを振り返れば、「昇降機があるぞ」と笑われた。

 アルについていくと、床には大きな円形の装飾が描かれており、その周りを囲むように柵がたてられていた。曼荼羅のような模様の中央に、美しくカットされた大きな宝石がはめ込まれている。


「これが昇降機?」

「ああ。乗る前にこのベルを鳴らすんだ。そうすると昇降機がその階にやってくる。鳴らしたベルによって、行き先が変わるんだ」


 アルはそう言い、柵の上に吊るされた三つのベルのうち、左のものを一度鳴らした。すると中央の宝石が一度光った。

 柵の中に入ったアルに倣い、自分も置いていかれまいと駆け足で追う。脚が短いとすぐ駆け足になってしまう。

 少し待つと昇降機は動き出し、柵の内側の円盤だけが降りていった。つまり身を乗り出せば挟まれてしまうということだ。少し怖くなってアルに引っ付いた。


「左を鳴らすと一階なの?」

「ああ。左を鳴らすと一、真ん中を鳴らすと二、右を鳴らすと四階になる。三階と五階は…」

「左と真ん中で三階?」


 アルは少し驚いたように瞬きをした。その後柔らかい笑みを浮かべ「賢いな」と俺の頭を撫でた。まあね、中身は高校生だからね。


「六、七階はないんだ?」

「ああ。鳴らしてみたが昇降機自体来なかった」

「鳴らしたんだ…」


 ゆっくりと時間をかけ一階に到着した。ロビーの内装は豪華で、天井をシャンデリアが彩っている。やはりここはお高いホテルの様だ。


「そういえば何泊とってるの?」

「ひと月だ」

「ひ、ひと月!?…ひと月何日?」

「二十四日だな」


 一カ月が短いのかもしれないと思って聞いてみたが十分長かった。一泊いくらかは分からないが相当な金額だろう。そういえばこの世界の貨幣を知らない。

 アルは俺を抱きあげると回転扉を押し開け外に出た。


「金のことは気にするな。本当に、山ほどあるんだ」

「うん…頼らせてもらうね。でも今度お金の数え方とか教えてくれる?」

「ああ、もちろん」


 朝にもかかわらず、通りは人で溢れていた。

 抱っこに慣れてしまった俺はこれ幸いと辺りを見回す。よく観察すると、歩いている人は皆、武器や防具を身につけており、それら以外の荷物が小さい。縮小魔法を使っているのかもしれない。

 しかしどうにも気になるのが、こちらに突き刺さる視線。見る限り、小柄な者はいるが、俺ほど幼い子はいないので珍しいのだろう。中には指をさして何かを話す者もいる。人を指さしちゃいけないんだぞ。

 それにしても、ここの住民は皆武装しているのだろうか。だとしたら少し恐ろしい。


「アル、この国の人はみんな武器を持ってるの?」

「いや、皆探索者だからさ。ここは王国きっての探索者が集う都市『イスカージャ』。中央区に住む市民は武装なんてしていないぞ。今向かっているギルドは比較的外側にあって、中央から外れるほど探索者向けの店が増えるんだ」

「へ~!街の外はどうなってるの?」

「それは…」


 アルが言いかけたその時、前方からワッと歓声が上がった。「おかえりー!」という声や、口笛まで聞こえる。


「なんだろう」

「おそらく長期の探索に出ていた者たちが帰ってきたんだろう。確か三つのパーティが合同で出ていたはずだ」

「そうだよ~!」

「わあ!?」


 ふんふんと聞いていると、突然片耳が爆音に曝された。思わず耳を抑え振り向ければ、ひらひらと手を振る少女がいる。耳の代わりにヒレが、露出された肌のあちらこちらには鱗が付いていた。

 …探索者ってこんなに露出していいんだろうか。


「フローラ、ミカをいじめないでくれ」

「ミカ君て言うんだ。よろしく~!びっくりしちゃった?ごめんね」

「う、うん」


 フローラは表情をコロコロと変え謝ると、口早に「あのねあのね、」と切り出した。


「探索に出てたのはね、うちらとー、猫ちゃんとー、王子様んとこ!」


 どうやら探索に出ていた三つのパーティの何かを教えてくれたようだが、残念ながらちっともわからなかった。猫ちゃんってなんだろう。気になる。


「でねでね、二人は今から探索?ギルド?どっち?」


 フローラはずいと近づき二択を出す。なぜその二択なのか。

 アルがなかなか答えないので視線を向けると、盛大に眉間にしわを寄せていた。このパーソナルスペース激狭少女が苦手なんだろう、きっと。俺も苦手だ。


「…ギルドだが、」

「やったー!一緒いこ!」

「……はぁ」


 両手を上げ喜んだ彼女はアルにぴったりとくっつき隣を歩き始める。

 アルは深いため息をつき俺を抱えなおした。



***



「ギルドとうちゃーく!」


 扉を開くと同時に、フローラの大声が響き渡った。もちろん大勢の視線を集めたが、皆慣れているようで「なんだフローラか」「ようおかえり」と友好的な声がかけられた。

 アルは再度深いため息をつき、眉間を揉んでいる。おいたわしや。

 ギルドは入ってすぐ広々とした吹き抜けになっており、正面奥にはカウンターがある。混み合っているようで、職員はせわしなく動いていた。

 左奥は食堂、右壁には掲示板が設置されている。あの掲示板で『クエスト』を受注するんだろうか。すごくゲームっぽい。

 一階で完結しているように見えるけれど、二階は何があるんだろう。


「ねえねえ、ところでギルドで何するの?教えて教えて!」

「朝食をとるんだ。ついてくるなよ」

「なんでなんでー!」


 アルは無情にもそう言い放つと食堂のほうへと向かった。が、お構いなしについてくるフローラにアルは舌打ちをした。


「チッ」

(アルって舌打ちとかするんだ…)


 アルに降ろされ、席に座る。窓際の二人掛けの席だ。フローラは居ないものとして扱うつもりらしい。


「ここはメニューが少ないんだ。ブテラかパジャーニ…バムに具材を挟んだものなんだが、バムを焼いたやつと焼いてないやつ、どっちがいい」

「うーん…。焼いたやつ!」

「わかった。注文してくる」


 しかしフローラはアルがいなくなった隙に、当たり前のように椅子に座った。そこはアルの席なんですけど。


「ねえミカ君ミカ君、アルさんとはどういう関係?お姉さんに教えて!」

「えっと…弟です…」

「え~!そうなの?三年ぐらいの付き合いだけど、弟がいるなんて全然知らなかったなあ。まあアルさんミステリアスだから知らないことだらけなんだけど!」


 フローラは笑いながらそう言うと「そんなところも魅力だよね」と一人うんうんと頷いた。

 そうか、アルは『ミステリアス』なのか。俺の知らないアルの様々な姿を知れて嬉しい反面、俺の方が関係が浅く感じられて嫉妬した。実際その通りなのだが。

 …本当に弟だったらよかったのに。


「ミカ君さ~、うちのパーティに入らない?きっと楽しいよ!あ、女の子しかいないから安心して!ミカ君が入ればアルさんも入るだろうし、二人で一緒に…」

「フローラ。詐欺まがいの勧誘はやめてもらおうか」


 押しの強い勧誘にどう答えたものかと考えていると、アルが皿を両手に帰ってきた。皿にはほかほかのホットサンドが乗っている。


「詐欺だなんてひどーい!」

「そこをどいてくれ。パーティには所属しないといつも言っているだろう。…ミカ、冷めないうちに食べよう」

「ミカ君とうちで声色が違うよ!?」


 フローラはぶーぶー文句を垂れながらも席を立ち――、隣から椅子を持ってきた。居座る気満々だこの人。

 仕方なく無視して「いただきます」とホットサンドならぬパジャーニを一口かじる。焼いてないものも好きだけど、熱々でしか味わえない美味しさもあると思う。

 付け合わせには揚げた芋のようなものが添えられている。食べてみると、甘く味付けされていた。目を丸くしていれば、アルが「それはバテと言うんだ」と教えてくれた。

 はふはふと食べていれば、派手な羽飾りをつけた女性が歩いてくるのが見えた。彼女はまっすぐ、おそらくフローラに向かって歩いている。パーティの人だろうか。彼女も耳ではなくヒレが生えている。


「ミカ君美味しそうに食べるねえ」


 女性はずかずかと歩みを遅めることなく進む。


「頬っぺたもちもちしそ~」


 そしてついにフローラの真後ろに立ち、手を振りかざした。


「ねえねえ突っついてい、ったぁ!?」

「こんのっバカ!まーたアルさんに迷惑かけやがって」

「いったいよ、ツェツィーリヤ…」


 フローラの後頭部を力強く引っ叩いた女性はツェツィーリヤというらしい。頭をさするフローラの襟首を掴み立ちあがらせると、頭を下げた。


「食事中にすんませんアルさん。うちのリーダーがご迷惑おかけしました」

「いや。…お前も大変だな」

「いえ、まあ…。それじゃ、失礼します。ほら行くぞ」


 こ、この人がリーダーなのか…。

 アルとツェツィーリヤはお互いの苦労を察し、労いの言葉をかけあった。何それ羨ましい。苦労ではなく、察し合った部分が。苦労はご遠慮願いたい。

 リーダーであるはずのフローラは泣きまねをしたが、ツェツィーリヤに容赦なく連行されていった。遠ざかる「ひどいよ~!」と言う声を聞きつつ、パジャーニに向き直る。


「ようやく静かになったね」

「そうだな。…あいつの相手をするといつも疲れる」


 アルは今日何度目か分からない溜息を吐いた。フローラの騒がしさを思い出し、俺は苦笑して答えた。


「俺もちょっと疲れたや。…そういえば今日って何する予定だったの?」

「お前の探索者登録をしようと思っていたんだ。国をまたぐときの身分証にもなるからな。その後は簡単な依頼を受けようかと。だが…疲れたならまた今度でも、」

「疲れてない!超元気!めっちゃ元気!」

「わかったわかった。…ふふ」


 探索者。この世の未開の地を探索する者。そんなもの憧れるに決まっている。なれるならば、早くなりたい。外へ出てみたい。

 元気な様子をアピールすればクスクスと笑われた。やりすぎたが、眉間にしわが寄っているよりずっといい。

 バテの最後の一つを口に放り込んだ。


「ごちそうさま!おいしかった」

「ごちそうさまでした。ならよかった。それじゃあ受付に行こうか」


 アルが両手を差し出す。反射的に両手を出してしまったがすぐに引っ込めた。危ない危ない。じとりとアルを見た。


「アル~、この距離位歩けるよ。外より人も少ないし」

「…私が、ぬくもりが恋しいんだ」

「そ、その手には乗りません!」


 アルの片手をやんわりと退け、残った片手と自分の反対側の手を繋いだ。背の高いアルには少し屈んでもらうことになるが、ほんの少しの距離だ。許してくれるだろう。

 ちら、とアルを見れば、口元に手を当て何か考えていた。


「アル?」

「…すまない。行こうか。あそこだ」


 ワクワクしながらカウンターの方を見やれば、並んでいた人々や職員の七割ほどがこちらを見ていた。どうやら一部始終を微笑ましく見守っていたらしい。皆一様に笑顔であった。

 そうだよね、ちっちゃい子ってかわいいからつい見たくなるよね!もはや自棄(ヤケ)である。

 羞恥を堪えつつ、アルの手を引っ張り列へ向かう。

 並んでいる人は数人ほどしかおらず、単独で来ている人ばかりのようだ。一方混んでいるカウンターは数人で固まった組が何組もおり、その互いの気安さからパーティであることが窺えた。

 

「お次の方」

「はい!」

「ではこちらの用紙に記入してください」


 周りをきょろきょろ見回していると職員に呼ばれ、出された用紙を見ようとして気が付いた。カウンターの高さが俺の目線と大差ない。


「び、微妙に見えない」

「見たいのか?」

「だって見ないと書けない…あ」


 アルに返事をしようと上を向き、受付の看板が目に入る。そうだ、ぎりぎり読めるけど、書けないんだった。


「書いてやるから待っていてくれ」

「そうする。でもアルの字…」


 宿屋に置かれていたメモを思い出す。線の長さや丸の大きさが微妙にちぐはぐだった走り書き。


「受付のお兄さん読めるかな」

「な、」

「んっふ…ん゛、失礼しました。アルさんの字はなんというか、少し癖はありますがちゃんと読めますよ、安心してください」


 吹き出しかけた職員は、アルの字をオブラートに包んで表現した。アルは「癖…」と独り言ちながら記入している。ごめんねアル。だって読めなかったんだもの。

 書き終えたアルは記入された用紙を見せてくれた。内容は、名前・年齢・出身地・能力。能力って、ふわっとしてるなあ。

 アルが書いた部分は、数字以外読むことができなかった。俺は五歳らしい。


「…読めるか?」

「ごめん読めない」

「そうか…」

「ハハ、大丈夫です、読めますよ。こちらで登録しますね」


 職員は紙を受け取り目を通すと俺を二度見し、それからアルを見て納得したように何度か頷いた。


「それでは試験を行います。食堂で少々でお待ちください」


 待って。試験なんて聞いてない。アルを見上げれば、どうした?と言わんばかりに首を傾げられた。


「行こうか」

「アル、試験なんて聞いてないんだけど…?」

「なに、すぐ終わるさ」


 文字も書けないのに試験なんてどうにかなるんだろうか。いや、どうにもならないから『すぐ終わる』と言ったのかもしれない。

 歩きながらどんな内容なのかを聞こうとしたその時だった。


「おいおい、ここは託児所じゃねえだろ?アルさんよ」


 嘲笑を含んだ物言いにムッとして見上げれば、アルの肩に腕を回した大男がいた。



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