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第三話 服を買う(二)

続きました。

 



「…サラスヴァ。私はミカの魂を縛ってしまったのだろうか」


 アルはようやく顔を上げ紅茶を一口飲み、サラスヴァに問いかけた。

 魂を縛る、とはどういうことだろうか。


「だろうね。アルさん、もしかして使徒と眷属の違い、分かっていないんじゃない?」

「ああ、その通りだ。面目ない。今まで必要に感じたことがなかったからな。これを聞こうと思って呼んだんだ」


 ソーサーを握るアルの手が小刻みに震えていた。それにそっと両手で触れた。


「じゃあ説明するね。まず使徒。彼らは生きている。眷属が死んでいるのか、と言えばそうじゃない。種族を、生命を全うしている、と言えばいいかな。例えば人間なら、人間として生まれ、とある神に加護を貰って使徒となり、歳を取って人間として死ぬ。加護のおかげで普通の人間よりかは丈夫だけど、大怪我したら命を落とすこともあるよ」


 店内は静かだ。アルと俺は息をのんでサラスヴァの説明を聞いている。


「一方で眷属は、種族から抜け出しているんだ。彼らは眷属になった瞬間、その種族の寿命を捨て、神と永遠を共にする。新たな種族『眷族』に転換すると言ってもいいね。もちろん大怪我をすれば死ぬこともあるんだけど、使徒とは比べ物にならないほど丈夫なんだ。眷属にするには名を通して魂を縛る必要がある」


 サラスヴァは一息つくと紅茶を一気に飲み干した。「もう一杯もらえる?」とポットを小突くと、ポットはひとりでに紅茶を注ぎだした。


「使徒と眷属の見分け方はかなり曖昧で、加護や神性の強さ、要はどれだけ神様に近づいているかってことでしか判断できない。まあほとんどの場合、使徒と眷属じゃ雲泥の差があるんだけどね」

「じゃあ俺は…?」


 『眷属以上に神寄り』なんて言われていなかっただろうか。


「君は並の眷属よりよっぽど神に近い。何なら神だと言われたら信じてしまうよ。どうしてこんなに神性が強いのか。まさか『偉大なアルモート様の眷属だから』だけじゃないよね?何か言ってないことがあるんじゃない」

「それはまだ言えない」

「僕はミカ君に聞いているんだけれど」

「ミカが眷族なら私が主だろう。私を通すのは至極当然のことだ」

「過保護だねぇ」

「なんとでも言え」


 お互いにらみ合い、空気が凍る。入れたばかりの紅茶も冷めてしまったんじゃないだろうか、なんて場違いなことを考える。だって身じろぎ一つできないほどシンとしてるのだ。現実逃避しないとやってられない。

 先に根負けしたのはサラスヴァだった。


「はぁ、それで?勝手に魂を縛ったことに関してはどうするんだい?」

「説明するさ」

「まさか解かないつもり?」

「…ミカがそう望むなら、解く」


 サラスヴァは深いため息をつき「君、そんな傲慢な奴だったっけ」と頭をかきながら言った。


「ミカ。お前は今、魂を私に縛られていることで、私が命じたことに逆らえない状態にある。私が『飛び降りろ』と言ったら飛び降りざるを得ないし、『死ね』と言ったら死んでしまう」

「ちょっと!いくらなんでもその言い方は過激すぎるよ!彼子供でしょ」


 アルが言ったことは恐ろしいことなはずだ。本来は。だけど今、俺はアル全肯定botなのだ。縛りがなかろうとアルの言うとおりに行動するだろう。

 それにおそらく、何もかも、というわけではない。なぜなら「身体に何か不調や違和感はないか、何かあったら些細なことでも教えてくれ」と言われたとき、妄信的な感情が生まれたことを隠せたからだ。アルが命令しようと思わなければ縛りは効かないのだろう。


「しかしこの縛りを解くにはお前の名を破棄しなければいけなくなる」


 ()()()()()()で、せっかくもらった名を破棄するなどありえない。


「ミカエル、お前は、何を望む」

「現状維持で!」


 空気が固まった。先程とは違う温度で。


「……」

「……」


 目の前には面食らったアル。左、机の向こうには口元を引くつかせているサラスヴァ。その奥には顔を覆って震えているローディアとしゃがみ込み震えているネイロー。これ、三人は笑いをこらえているな。被せ気味に宣言したからか。


「あっははははは!」

「ふ、ふふ、ふふふ」

「笑いすぎですよ!!今日何回笑われればいいんだ…」


 ついに堪えきれなくなったサラスヴァを皮切りに、ローディアは崩れ落ちネイローは床と仲良くなった。アルはぽかんと口を開けたままこちらを見ている。


「あはははは、ヒー、腹いた」

「ふふふ、んぐ、けほ」

「もう…。アル?俺は縛りなんて関係なく、アルに言われたら何でもするよ。それに名前も気に入ってるからこのままでいいんだ。アルは?このままじゃいや?」

「私は……私は、生命の神として許されざる行いをしたんだ。お前は、許してくれるのか」


 許されざる行いとは何だろうか。寿命がなくなったからか。ふと、アルが『親を亡くしてどうすればいいかわからない子供』と重なった。今のは誰だろう。


「ミカ、私も、このままがいい。許されるのなら、私の眷属でいてほしい。ミカエル」


 ぎゅうと力強く抱きしめられた。どこにも行かないで、と言われているようで、なんだか切なくて思いきり抱き締め返した。


「許すも何も怒ってないし…。俺もアルの眷属がいいな。ね、アル、これからもよろしくね」

「ああ…」


 それからしばらくの間、いつの間にか笑いが収まっていた三人に見守られながら抱き合っていた。



 ***



 アルは最後にひと際ぎゅうっと抱きしめ、名残惜しそうにほほを擦り合わせてから、眠ってしまったミカを離し、横に寝かせてやった。


「寝てしまった」

「四着もファッションショーして、いろんな新しい概念を知って、疲れちゃったんじゃない?しかたないよ」

「主様、おかわりは、いる?」

「ありがとネイロー。いただこうかな」


 サラスヴァはすっかり冷めてしまった紅茶を飲み干した。

 ローディアは魔法でブランケットを取り出し、ミカにかけてやった。


「それにしてもミカ様は本当に面白いですわね」

「やらんぞ」


 即答したアルにローディアは苦笑をこぼした。


「そんなに警戒されなくても。なんというか…大人びているというか。身体の年齢は…四歳くらいでしょうか。歳不相応にしっかりされてますよね。お金のことも気にされてましたし」

「そうそう。一体いつから眷属になっていたんだい?」


 アルはどこまで話していいものか思案した。異世界のことはまだ知られてはならない。うっすらと転生した記憶があることだけ伝え、今世は双子として生を受けてしまったと話せばいいだろう。

 事のあらましを伝えれば、ローディアとネイローはすんなりと納得し、サラスヴァは渋々納得した。


「結局神性が高すぎる件は分からずじまいかあ。ちぇ」

「私とて確証が持てないんだ。不用意に話すべきではないだろう」

「それはそうだけどさあ」


 芸術の神は娯楽の神だ。文化の神の一柱ではあるが、『より面白いように、楽しいように、美しいように』と啓発するさまは、文化神の中で唯一、生命の循環には必要のないものだとアルは考えている。無論、ヒトの生活にはなくてはならないものだということは知っているが。

 常に貪欲に娯楽を欲している芸術の神へ異世界の情報なぞ渡したら――。

 小さな寝息を立てるかわいい眷属を守るためにも、この世界を守るためにも、この情報は、この神にだけは漏らしてはならない。

 ささやかな誓いを立てたところで、アルははて、と考えた。


(自分はこんなにも一つのことに執着する性質だっただろうか)

「んん…」

「ミカ?」

「んんにゃ…」


 アルの思考はミカが身じろいだことで霧散した。しかしまだ寝足りなかったらしい。寝返りを打ちソファから落ちそうになったところを慌てて支える。どうせ起きていようと抱き上げて宿へ向かう予定だったのだ。このまま抱き上げてしまおう。

 アルは起こさないよう慎重に抱き上げた。首が痛くないように、息がしやすいように。


「なんかそうしてると母親みたいだね」

「そうですよねぇ。わたくし隠し子かと思ってしまいましたもの」

「……私の子供ではない」

「ごめんって」


 ミカを自身の子供と思っているか、という問いを反芻したものの、答えは変わらず否であった。

 サラスヴァはアルの表情の微細な変化は読み取れない。声色だけで判断している。アル自身もそれは把握していたので鋭くなってしまったかと反省した。


「アル様、本日お持ち帰りになさいますか」

「ああ」

「では縮小いたしますね」


 ローディアはハンガーラックごと縮小魔法をかけ小さな箱へしまう。カウンターで羽ペンを走らせ、アルへ提示した。


「箱から出して拡大魔法をおかけくださいね。お会計はこちらになります。五日以内のご入金をお願いいたします」

「ああ、わかった。世話になったな」


 アルは紙を受け取ると箱と共にポーチへしまった。ミカを抱きなおしドアへ向かう。ネイローがいつでも開けられるように待っていた。


「また、どうぞ」

「次会うときはちゃんと教えてよねー」

「期待はするなよ」


 開けられたドアの先は大通り。ぶつからないよう気を引き締めねばと決意した。


「ありがとうございました」


 ドアベルは鳴らない。振り返ればそこは壁。特殊な魔鉱石を使われたドアベルによってさまざまな魔法が付与されているのだ。

 宿屋は三つ先の十字路を右に曲がってすぐだ。昼過ぎには『絹の家ムーサ』に着いたのに、もう夕方である。早くベッドで寝かせてやりたい。

 アルは腕の中のぬくもりを抱きしめ、知らずのうちに笑みがこぼれた。

 そして口元が緩んでいたことにハッとする。


(ああ、そうか)


 異世界の魂は、この世界の世界樹には還れない。なぜかは知らないが弾いてしまうのだ。つまりアルが時折遭遇する死んだ異世界の魂たちはその手で消している。そして消えるときは苦痛を伴うらしく、恨みがましく呪うのだ。言葉は聞こえずとも、その怨念はいつまでも心の中に巣食っている。

 数千年の神生(じんせい)の中で初めて出会った『生きた』異世界の魂。生まれたからには祝福したいと願うのは神の性だろう。

 祝福(なまえ)を送って眷属になったことはうれしい誤算だった。何せ全ての生命に崇められる神の眷属だ。動物も魔物も襲うことはない。野生を失った人類だけはありうるが、眷属の力に敵うものなどいない。

 この世界で死に、神に魂まで消されるなど、本来はあってはならない。


 ああ、創造主よ。せめてこの子だけは見逃してください。すべては無理だとわかっています。どうかこの子だけは―――。


 ミカをベッドへ寝かせると、額に一つキスを落とした。くすぐったかったようで「んふふ」と笑いながら身じろいだ。

 備え付けられた机の上の、上質な紙とペンを手に取り、少しためらったがメモ書きを残した。メニューを読めていたからこれも読めるだろう。

 ミカの目が覚める前に夕餉を買ってこなければ。

 アルが外に出たころにはすっかり日が落ちていた。



 ***



「んんー…。あれ、おれねちゃってた。…アル?」


 ぐっと伸びをして見回してみるが部屋に人気はない。ここはおそらく宿屋だろう。意識のない自分を運んでくれたらしい。大変だったろうな、とアルが帰ったらしっかりお礼を言おうと決めた。

 書置きとかないだろうか、とありそうな場所を探してみる。なんと言ってもこの部屋は無駄に広いのだ。壁で仕切られていない分よりそう感じる。リビングとベッドルームとなぜかキッチン。めちゃくちゃいい部屋だろう。金に困ってないのは本当らしい。

 リビングの机に想像通り書置きが残してあった。


「えーっと……き、汚くて読めない」


 ただでさえ『読めなさそうでぎりぎり読める造形』をしている文字なのに、走り書きされたら読めるはずもない。


「帰ってくるまで大人しく待つかあ」


 やることもなく暇なので、紙に落書きをすることに決めたのだった。


次回、お勉強会

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