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第三話 服を買う(一)

服を買います。

続きます。


 ドアを開けると同時に、ころろんと可愛らしいドアベルが鳴った。その音の出所を見れば、揺れているのはベルではなく、銀細工に覆われたほのかに光る鉱石であることがわかる。

 どういう原理で音が鳴っているのだろう、と眺めていると店の奥からドタドタと慌ただしい足音が聞こえた。


「アル様~!!よくお越しくださいましたぁ~!!」


 バーンと勢いよく扉を開け放った女性は、その豪胆な振舞いとはかけ離れたクラシカルなドレスに身を包んでおり、見た目だけなら貴族令嬢のようだ。


「んもう、いらっしゃることがわかっていれば、お茶菓子の一つや二つ、三つ四つとご用意できましたのにぃ」

「そんなにいらん。それに今日は私ではなく、この子の服を用意してほしいんだ」


 ちなみに俺はハストッド亭から抱っこされっぱなしである。抱かれることには慣れたが、至近距離に美しいご尊顔があることにはまだ慣れない。顔がいい。まぶしい。


「それならなおさらですわ。ジャルテケーキぐらいしかありませんのよ。ちなみにこちらのかわいい彼はまさかアル様のご子息様?お相手はどなたですの?フシャ様?イム様?まさかのイシュチェル様!?」

「なわけあるか。ミカは私の使徒だ」


 ジャルテケーキ、おいしいのかな、などと食欲の下僕に成り下がっていれば自分がアルの子供だと思われたらしい。

 使徒であることを伝えたということは、彼女はアルが神だと知っているということ。もしかしたら彼女も人間ではないのかもしれない。羅列された名前も神々の名だろうか。

 女性は頬に手を当て首を傾げた。


「使徒…?ん、んん?」

「ミカ、こいつはローディア。芸術の神サラスヴァの眷属にして、この『絹の家ムーサ』の店主でもある」

「えっと、こんにちは…?ミカエル、です」


 何やら訝しんでいるローディアにぎこちなく挨拶すれば、にこりと完璧な笑みで返された。


「ご挨拶ありがとうございます。こんにちは、ミカエル様。あの、アル様?使徒にしては神性が…」


 しんせい。何かが低かったり足りなかったりするのだろうか。何かあるとすれば、きっと異世界の魂がこの世界の身体に入っていることが原因だろう。


「何か問題があったか?」

「いえ、その、アル様がおっしゃるなら、その通りなのだと思うのですけど、使徒にしてはいささか強いような…というよりこの方は眷属以上に神寄りな気もするのですけど…」

「ふむ…」


 アルは俺の胸元をじっと見つめると、考え込み動かなくなってしまった。

 神寄り、つまりアルに近いということだ。いいか悪いかはわからないけど嬉しい。


「眷属に関しましては我が主が一等詳しいかと。よろしければ文を飛ばしましょうか」

「ああ。聞きたいこともある。そうしてくれ」

「かしこまりました。ネイロー!聞いていたんでしょう?主様に文を飛ばしてくださる?」


 ローディアが開け放たれっぱなしの扉の向こうへ声をかけると、大きなぬいぐるみを持ちゴシックロリィタに身を包む、まるで人形のような少女が現れた。いや、まるで、ではないかもしれない。その少女の指先は球体関節になっていたから。

 可愛らしい姿だが、その顔には『大変不満です』と書かれている。


「私も、アル様の接客、したい」

「早い者勝ちですわ。諦めなさって」

「むう、前回はトリトーネ、前々回は、ローディア…ずるい」


 ネイローは依然として不満そうだが、大人しく従っている。アルは人気者なようだ。嬉しいけど、俺の知らないアルがたくさんいるのだと考えると妬けてしまう。

 ふんだんにあしらわれたレースやリボンを惜しげもなく揺らすネイローは、ゆったりとした足取りで窓際へ向かった。

 つい目で追っていれば、「採寸いたしますわ」とアルから降ろされた。

 文を飛ばすのにどうして窓際に行くのだろうと、ネイローの様子をうかがおうと顔を向けた途端、色とりどりのリボンが降ってきた。


「うわあ!」


 クスクスとあちこちから小さな笑い声が聞こえ、目の前には羽の生えた妖精たちがリボンを抱え飛んでいた。


「妖精たち、いたずらはほどほどにしてくださいな」


 ローディアはそう言うと店の奥へ入っていった。

 妖精たちは宙で器用にカーテシーをし、リボンを使って採寸をし始める。

 妖精たちの見様見真似で腕を上げ、後ろを向き、意外と難しいカーテシーをしているうちに、文は飛ばし終わったらしい。戻ってきたネイローが「ミカエル様、カーテシーは、しなくて、いい」と肩にとまった小鳥を撫でながら言った。


「見てたんですか…は、恥ずかしい」 

「ネイロー、言葉遣いはしゃんとなさいな」

「そんなに気にしなくていいさ。ミカには普通に接してやってくれ」


 ローディアはカップケーキとティーポットをトレーに乗せて戻ってきた。あれがジャルテケーキだろうか。

 

「妖精たち、おやつの時間ですわよ」


 トレーをカウンターに置き、どこからか細い木の棒を取り出すと「さ、こちらにお寄りになって」とカウンターの内側を指した。

 カウンターの脇から眺めていれば、ローディアはスッと棒で床を指し「魔女のお茶会(ヴェイヅマ・タトゥエ)」と唱えた。

 するとぽふんと煙を立てながらロココ調のソファとロ―テーブルが現れた。どうやら魔法の杖の様だ。


「すごい…」

「ふふ、ほかにもお見せいたしますわ」


 今度はカウンターのトレーをテ-ブルに置き、ポットを軽く五回叩く。蓋がひとりでにカタカタと鳴り、店の奥からはティーカップやソーサーが飛んできた!

 ティーポットの周りをくるくると回り、五枚のソーサーたちが置かれ、五つのカップたちも置かれた。ティーポットはそれぞれのカップに少しずつお茶を注いでいる。

 

「さあ、お茶のご用意ができましたわ。お菓子を、と言ってもジャルテケーキしかないのだけれど、あまぁいものを頬張りながら、おしゃべりといたしましょう」

「ああ、ほらミカ、おいで」

「あ、うん!」


 初めて魔法らしい魔法を見て呆けてしまった俺をアルが抱きかかえる。慣れてしまったからされるがままだったが、ハッと周りを見れば温かい目で見守られている。忘れていた羞恥が込み上げてきた。

 アルは俺を膝の上に座らせご満悦そうである。もちろん、傍から見たら真顔だが。

 アルが喜んでるならいっか、と思考を放棄しかけ、いやいや飲んだり食べたりしにくいでしょ、第一俺の食べこぼしがアルにかかってしまう…!とアルから降り隣、ネイローの向かいに座った。

 さみしそうな顔(当社比)をされ心揺らいだが、見えないふりを決め込み、未知のジャルテケーキに手を伸ばす。一口頬張れば香ばしいナッツの風味やドライフルーツの甘みが口いっぱいに広がり、思わず笑みがこぼれた。

 その様子を笑顔で眺めていたローディアは紅茶を一口飲み口を開いた。


「お気に召したようで何よりですわ。さて、今回はどのようなお召し物になさいます?」


 むぐむぐと一生懸命口を動かしケーキを飲み込む。


「動きやすくて、あまり派手じゃないものをお願いしたいです」

「探索用とフォーマルなもの、普段着を数着ずつ頼む」

「シンプルなものがお好きなのですね…フォーマルはすこぅしフリルとかあってもいいかしら」


 フリルなんてついていたら派手じゃないだろうか。しかし服のことは全く分からない。思い出せそうにもないので前世でも無頓着だったんだろう。相手はプロだし任せてしまおうか。


「お、お任せします」

「任せると少しどころじゃなくふりふりのひらひらになるぞ。あまり遊ばないでやってくれ」

「えっそれは、ちょっと…」

「ではデザインを見ながら随時変更するという形で、よろしいですか?」

「ああ、頼む」


 ローディアはどこから取り出したスケッチブックにさらさらとデザイン画を描いていく。

 あれ、まさかオーダーメイド…?


「アル、結構するんじゃない?そんなに何種類もいいの?」

「金のことは気にするな。山ほど余っているからな。使わないと経済が回らないだろう」


 ああそれと、とアルはつづけた。


「寝巻も頼む。これは二着でいい」

「私、デザイン、したい…!いい?ミカエル様」


 ネイローはぱっと目を輝かせ手を上げた。


「ちょっと、担当しているわたくしに聞くのが先ではなくて?まあ、ミカエル様が許可してくださればよくってよ」

「ミカエル様…」


 可愛らしい少女にきらきらとした目で懇願されて断れる人はなかなかいないだろう。断る理由もないし。


「よろしくおねがいします」

「やった…ありがとう、ミカエル様」

「あの、あと俺のことはミカって呼んでください」

「ではミカ様と」

「あ、えっと、様付けされるような立場じゃないし…」


 正直むずむずしていた。天使の名前で呼ばれることがこっぱずかしいというか。いや、名付けられた時から自分の名前としてはしっくり来てるんだけど。あとは様付けのせいだろう。おそらく前世でも様付けなんてされていなかった。


「それはちがうぞ。まだ説明していなかったから、ちょうどいい」


 何が違うんですか。まさか様付けされる立場なんですか、俺。

 アルはジャルテケーキの最後の一口を飲み込むと紅茶を啜り言った。


「私は創造主を除いた神の中で一番位が高い。その使徒であるミカと、私より位の低い神サラスヴァの眷属である彼女らは、同等かミカより位が低いんだ。位が高いからと言って何かあるわけじゃないんだが、序列を大事にする奴が多いからな。ミカ、お前はほとんどの神やその眷属、使徒から様付けされるような立場だ。覚えておくと良い」

「ええ…まじで…」


 そのまさかだった。もそもそとジャルテケーキを食べ進める。おいしい。おいしいけど、とんでもなく偉い立場でプレッシャーを感じている。

 でも、アルがほかの誰より位が高いのはなんだか誇らしかった。

 ローディアはデザイン画を描き終えたようで、顔を上げ口を開いた。


「その一番位が高い我らがアルモート様は、だれより探索業に励んでいらっしゃるようですけどね」

「商売に精魂込めてるサラスヴァ勢には言われたくないな」


 一瞬、空気が固まったような錯覚に陥った。ローディアはスッと目を細め、顎を小さく引いた。 

 

「芸術にはそれ相応の対価を支払うべきですので」

「ミダスが喜ぶな」

「アル様こそ財の神の寵愛を受けていらっしゃるのでは?」

「美味い食事にありつくには、探索で稼ぐのが一番手っ取り早いんだ。さらに天職だったというだけのことだ」

「神のくせに天職とは」

「どうせ神なんて名ばかりだろう」

「よくおっしゃいますこと。何千何万の分霊(わけみたま)を創れる神なんてアル様ぐらいですわ」


 静寂が空間を支配する。カップを持ったまま口につけることもできず、嫌味の応酬とも取れる会話に、どうしたものかと冷や汗をかいた。


「アル様と、ローディアは、いっつもこう。安心して、仲はいい、から」


 ネイローが発言したことで停滞した空気は霧散し、次第に柔らかいものへと戻っていった。

 ネイローさん、ありがとう。本当にありがとう。


「そうですか…。その、探索業って?」

「あらぁ、ご存じありませんでしたか」


 先程の冷たく澄んだ表情とは打って変わり、やさしく柔らかく、それこそあまぁいお菓子のようなローディアに身震いした。切り替えが早い。ついていけない。


「探索業とは、この世の未開の地を探索し、様々な植物を採取したり、動物や魔物を狩り素材を集める仕事のことだ。採取中心の者は探索者と呼ばれ、狩り中心の者は狩人と呼ばれることもある」

「集めた素材のうち植物や肉は飲食店や医療の場に、毛皮や木材、牙や爪なども鍛冶屋や衣類屋へ。魔鉱石という魔力を含んだ石材は家具屋などに卸されます」

「そんなことはまだ教えなくてもいいだろう」

「あら、大事なことですのよ。探索業、なさるのでしょう?何がどこへ動いているかを知ることも、世界を知る一助になりますわ」

「…一理あるな。ミカ、理解は追いついているか」


 正直いっぱいいっぱいだ。ほとんどの神様より立場が上だと告げられ、空気の温度差に精神を削られ、未開の地とか、魔物を狩るとか、思っていた以上にサバイバルな世界だとわかったから。

 しかし同時に楽しみでもある。知らないものはワクワクするし、聞きたいこともたくさんある。ドアベルはどういう原理なのか、球体関節の種族がいるのか、文を飛ばすのはどうやったのか、魔法の発動の仕方は。興味は尽きない。


「うん、大丈夫。すごくためになりました。ローディアさん、ありがとうございます」

「いいえ、お役に立てたのなら何よりですわ。さて、お茶も飲み終わったことですし、デザインを見ていただきましょうか。机を片すので皆様お退きになってくださいな。でないと一緒に片してしまうかもしれませんもの」


 片目をつぶり茶目っ気たっぷりに話すローディアにネイローは「質の悪い、冗談、やめて」と引き気味である。片されてしまったことがあるのかもしれない。

 デザインを見るなら机でできそうなものだが、きっとまた魔法で何かあるんだろう。

 ローディアが杖でトレーを二度叩くとソーサーやカップがきれいに重なり、そのまま店の奥に消えていった。今度は机に向かって宙に丸を描き「元に戻れ(ヴォゼラシュワン)」と唱えると、またぽふんと煙を立てて消えてしまった。


「すごい…便利ですね…」

「ふふ、倉庫にあるものを出したり戻したりしているだけなのですよ。次はミカ様の番です。…布よ納まれ(ミィニャッツィギー)出でよ鏡(ダワイコウル)

「わわっ」


 今度は自分の身体から煙が出た。なにもわからないけど魔法ってすごい。今まで着ていた服は畳まれカウンターに置かれ、自分は上質な衣服を身にまとっていた。

 首元がフリルの肌触りの良いシャツにリボンタイ、暗いグレーのベストに金のボタン、ハーフパンツはうっすらとストライプが入っている。小さな黒いマントには羽のコサージュが。


「これ、派手じゃない…?」


 いや派手だろう。マントの裏地と靴下はピーコックグリーンなのだ。瞳に合わせてくれたんだろうけども、かなり目を引く色合いをしている。黒地に映えすぎる。さらにおまけとでも言うかのように、肩から胸元にかけて大きなフリルが、袖は大きく広がったあと手首でキュッとしまり、またフリルが広がり中からはレースがのぞいていた。


「とってもかわいいですわぁ~!そのふんわりした袖はランタンスリーブと呼ぶのですよ」

「そうなんですね…あの、もうちょっと抑えめにできたりとかしませんか…」

「あら、お気に召されませんでした?では胸元はフリルではなくタックにしましょう。レースもなくして…。布よ納まれ(ミィニャッツィギー)


 正直あまり変わらないと思う。まあいいか、何度も変えてもらうのも申し訳ないし…。


「あまり遊んでやるなと言っただろう。これでは私の服と大差ないな」

「えっ!アルの服似てるの!?」


 見たい。すごく見たい。ローブ以外に何か着ているところを想像できない。アルと似た衣装を着られるならふりふりのひらひらでもかまわない。むしろばっちこい。

 ジッとアルを見つめていれば根負けしてくれたらしく、スッと額の前で丸を描いた。やはりぽふんと煙を立てアルは姿を変えた。

 リボンタイのフリルシャツにランタンスリーブ、黒い手袋。アンクル丈の細みのパンツに黒いピンヒール。肩にはジャケットをかけており、なんとジャケットの裏地はピーコックグリーンなのだ。こんなのお揃い以外の何物でもないだろう。

 感謝の意を伝えるべく偉大なる神の眷属の前で膝をつき頭を垂れた。


「素晴らしい。神様ありがとう。天才。大好き。俺このままでお願いします」

「ミカ様は面白いお方ですわね」


 しかしこのカッコよさは何だろう。ジャケットだからだろうか。手袋だろうか。同じような色合いで、同じようなフリルのシャツなのに自分は可愛らしく見えてしまう。いや自分が可愛いと思っているわけではなく。

 やはり等身だろうか…と背の高いアルを眺めていれば、ふいと目を逸らされてしまった。


「あまり見てくれるな。慣れていないんだ…」


 照れた!アルが照れた!かわいい!


「照れた!アルが照れた!かわいい!」

「…様子がおかしい。今日はもう帰ろうか」

「まってごめんって」

「お待ちになってくださいな。あと三着ございますわ」


 思わず口に出してしまうとアルはスッと手を動かし元のローブに戻ってしまった。残念。


「はぁ…さっさと終わらせるぞ」

「では普段着ですわ。布よ納まれ(ミィニャッツィギー)


 どうやら次は暗い青緑のセーラーらしい。しかし後ろの襟はずいぶん長く、先は尖って二つに分かれている。そして袖、というより肩。なぜか肩が出ている。ほんとになぜ。オフショルダーという奴だろう。袖は相変わらずボリューミーだ。ハーフパンツとショートブーツ、ウエストポーチはとてもいい。頭に乗っているのは襟と同じ色のベレー帽だった。

 えっ、普段からベレー帽をかぶるの、俺。


「はぁ~見立て通り可愛らしいですわぁ。どうです?お気に召しました?」

「あの、俺、男なんですけど、なんで肩開いてるんですか」

「あら、ファッションに男も女もありませんのよ?」


 いやでも、と食い下がろうとしたところ思わぬところから援護射撃が来た。


「かわいいぞ、ミカ」 

「!!??!?!??!?でっ、えっ!!?」


 か、かわいい?はい?今アルがそういったんですか?に、にやけてしまう。かわいいなんて嬉しくないはずなのに、アルがほめてくれたというだけで有頂天になれる。もしかしたら早く決めて早く帰りたいが故の言葉かもしれない。それでもいい。アルの言葉は嘘でもうれしいのだ。本当に俺はどうしちゃったんだろうか。


「これでお願いします!次お願いします!」

「本当に、ふふ、おもしろい方で、ふふふ」

「もう、そんなに笑わないでくださいよ…」


 ローディアさんは笑いながらも呪文を唱え着替えさせてくれた。笑いながらでも失敗しないんだな。

 三着目は探索用だ。大き目の襟にフリルタイが付いたグレーのシャツ、黒のベストにショートパンツ。編み上げブーツ。そして黒タイツ。もう何も言うまい。破きそうで怖いけど、魔法で丈夫なんだろう、きっと。

 さらに手には結構な布量の黒い何か。広げてみればそれはアルの着ているローブと同じデザインのものだった。


「これ…」

「きっとその格好に似合うと思いますわ。だって彼女も…」

「ミカ」


 名を呼ばれ振り向けば、ローブを手に持つアルの姿があった。フリルタイのグレーのシャツに黒のベスト。長い足は編み上げブーツまで黒のパンツに包まれている。どう見てもこれは。


「おそろい、だな」

「は、」

「ん?」

「はわわわ…」


 こんなことがあっていいのだろうか。あまりの嬉しさに力が抜けへたり込んでしまう。これから先、アルと共に行動すればするほど目立ってしまうではないか。嬉しい。すごく嬉しい。全人類、いや全生き物に伝えたい。俺とアルはニコイチなのだと…!


「こんな、こと、されたら、私のデザイン、が、霞んじゃう…」

「ふふ、大丈夫よ。さっきちらっと見えたけど安心していいわ」


 そうだ、あと寝巻が残っていた。寝巻ならよほど変なものにはならないだろう、たぶん。


布よ、納まれミィニャッツァ・イギー


 着ていたのはダボっとした白いパーカー。着心地もよくしっかり安眠できそうである。今までがゴシック全開だったため少し不安があったが、これならむしろとても良いものだ。


「あの、ミカ様、フードを、かぶってほしい」

「?わかりました」


 ぽすっとかぶれば鏡には猫耳フードを被る少年が写っていた。


「えっ」

「これを買おう」

「えっ?」

「色違いはあるか?もう一着は色違いがいい」

「ある、ます。黒バージョン、です」

「え、え?」

「では、早速普段着にお召替えさせていただきますわ。着せ替えよ(ピリエディギー)

「あとはサラスヴァ、いるんだろう」

「アリャ、お見通し」

「えええ!」


 即決したアルに驚いているうちに色違いの購入が決まり、着替えさせられ、芸術の神サラスヴァがドアを開け現れた。まさかずっと前から店の前にいたんだろうか。というか猫耳パジャマ確定ですか?何故即決した?猫好きだからいいけど。

 サラスヴァは羽根つき帽子をかぶり、男性とも女性とも取れる体躯で、華やかな衣装を身にまとっていた。ストールと腰布を巻いて短剣を腰に差し、小さな琴を背負って、いかにも吟遊詩人という風貌だ。

 サラスヴァは、口の端を二っと吊り上げ「ファッションショーは楽しめた?」と聞いてきた。


「えと、はい、一応」

「それは良かった。それで?この方がアルさんの使徒だって?冗談じゃない。どこからどう見ても眷属サマでしょ」


 芝居がかった動きで肩をすくめて見せると「椅子とお茶ちょーだい」とローディアに言った。


「はい、サラスヴァ様。魔女のお茶会(ヴェイヅマ・タトゥエ)

「ありがと。どうぞ座って」


 きれいな所作で座り足を組むと手を差し出し座ることを促した。遠慮なくアルより先に座ったということはこの神は序列をあまり気にしないらしい。

 ローディアとネイローは魔法を使わずティーポットたちを取りに行った。


「それで、何か聞きたいことがあるって?」

「お前はミカを眷属だといったな。それは何故だ」

「え、なに?抜き打ちテスト?そうだなあ、まず神性の高さでしょ、それからアルさんとのつながりの深さ。縁っていうんだったかな」


 サラスヴァはまるで思いもしなかったことを聞かれたようでぱちぱちと瞬きをし、それから俺をじっと見て一つ一つ回答を挙げていった。。


「それから…魂の濃さ」

「濃さ、ですか?」

「そう。その身体にしては魂の、なんていうのかな。年齢、が違いすぎる。これって眷属になって身体が歳を取らなくなったからでしょ。あ、待って、ミカ様って人間だった?」


 だった、って何だろう。眷属は歳を取らない?まさかもう人間ではないのだろうか。


「人間です。…多分。その、記憶がなくて。今も人間だと思ってるんですけど」


 記憶がない、と聞いたサラスヴァはあちゃーと顔をしかめる。


「訳アリだったのか。聞いてごめんね。でも人間なら長命種と違って見た目通りの年齢なはずだよね。今はもう眷属だから人間ではないよ。例えばうちのネイロー。彼女はビスクドールだったけど眷属となり飲み食いもできる身体へと変化した。見た目はそのままだけどね」


 ローディアたちがお茶を手に帰ってきた。お礼を言い一口啜る。もう人間ではないなんて。確かにおかしな変化はあったけど。いや、一度魂が抜けて彷徨って、幼い子に入ったこと自体おかしな話だったな。そういえば俺が異世界の人間であることを伝えてもいいのだろうか。アルは初めに質問してから一言も話しておらず、ずっと考え込んでいるようだ。

 声をかけていいものか悩んでいると、サラスヴァに声をかけられた。


「人間じゃなくなってたなんて不安だよね。もしかしてアルさんに説明されていないのかな。そうだとしたらアルさん、それはひどく傲慢なことだと思うよ」

「ち、違うんです。アルもこうしようと思っていたわけじゃなくて、俺に名前をくれたんです。俺が、名前も忘れちゃったから。そしたら使徒?眷属?になっちゃったみたいで」

「名前…?名付けなんて神殿でいくらでも…まさか」


 アルを責めるような物言いに、そして何も言わないアルに、焦って擁護すればサラスヴァまで考え込んでしまった。

 サラスヴァの後ろに控えているローディアとネイローに視線を送るも、ただ困ったように眉を下げられるのみだった。

続きます。

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