唐突なそのキスは、その場にいる全ての人達を幸せにしたのでした
唐突なそのキスは、その場にいる全ての人達を幸せにしたのでした。
キスをしたのは綾小路さんで、キスをされたのは木原さんで、どちらも高校の女生徒で、ここは朝のホームルーム前の教室で、そんな事になった切っ掛けは、トランプで綾小路さんがポーカー勝負をしていた事でした。
綾小路さんは、その日朝から彼女の取り巻き達とポーカーゲームに興じていたのです。彼女は本当にお金持ちのお嬢様で、それで取り巻きがいるのです。実はわたしもそんなうちの一人で、幼少の頃から労働基準法なんざ知ったこっちゃねーな勢いで、綾小路さんに仕えて来ました。それに不満を抱いた事は一度もありません。綾小路さんのような愉快な生き物……、もとい素晴らしいお人を合法的に近くで見ていられるだなんてこの上ない幸福だと思っています。
綾小路さんは、そのポーカーで快勝していました。綾小路さんが勝負強いという事もありましたが、わたし達が手心を加えていたという事もあります。いえ、彼女が怖くて勝負に勝ちたくなかったとかそういった事は一切ありません。ただ単に、調子に乗らせた方が彼女が面白い行動に出る可能性が高そうだと思っていただけです。他意はありません。いえ、むしろ他意しかありません。すると、彼女は案の定、木原さんに視線を送ってから、わざとらしくこう言ったのでした。
「わたくし、ポーカーには少しばかり自信が御座いますの。大抵の方には負ける気がいたしませんわ!」
木原さんはこのクラスの中で負けず嫌いで有名なのです。そして綾小路さんは、そんな彼女をしゅっちゅうこの様に挑発するのでした。彼女を嫌いと明言しているのにも拘らず。突っかかって来る彼女が面白いと口では言っていたりします。
いつも通り、それに木原さんはあっさりと応じました。
「へー そこまで言うのなら、やってやろうじゃないの!」
「では、勝った方は、負けた方に、何かしら罰ゲームをして良いという事にしませんかしら? その方が面白いでしょう?」
「望むところよ!」
そう応えた彼女は、勇猛果敢に席に座ります。いかにも自信あり気な様子。
――ただ、木原さんは直情径行な性格で、ポーカーのような心理戦を要求される勝負は大の苦手で、まぁ、つまるところを言えば相手になりません。
「ノオオオ! なんでなのよぉ!」
と叫びながら、呆気なく負けてしまいました。自身の表情が読みやす過ぎる点にはどうやら気が付いていないようです。
嬉しそうな様子の綾小路さん。小躍りしそうな勢いです。と言うよりも実際に小躍りしていたかもしれません。
「さぁ、罰ゲームをさせてもらおうかしら」
上機嫌で、木原さんにそう言います。ところが、その余裕な態度はそこまででした。木原さんは綾小路さんのその言葉を受けると潔く、「分かったわよ」と言って、後ろに腕を組み、胸を突き出すような姿勢になるとキュッと目を瞑ったのでした。“煮るなり焼くなり好きにして”の構えです。彼女の小さな胸が、微かに震えたような気がしないでもありません。
そしてその構えを受けた綾小路さんは、ギシッという効果音でも発しそうな勢いでいきなり固まってしまったのでした。顔は真っ赤で、目を剥いて、明らかに普通じゃない様子で緊張しています。
目を瞑った木原さんの顔を、彼女は凝視しているようでした。
ここからは、わたしの想像で、勝手に心の声を当てさせてもらいます。
私は何を緊張しているのかしら? このいつも歯向かって来る生意気な木原さんを懲らしめる事ができると言うのに? ああ、そうね。だからきっと緊張しているのだわ。チャンスは一度切り、できるだけ効果的な罰を与える方法を選ばなくてはいけないものね。それにしても、木原さんは黙っている分には可愛らしい顔立ちをしていますわね。肌は健康的だし、目はくりっとしているし、唇は小さくて柔らかそうでまるでサクランボウみたい。なんだか食べてしまいたくなりますわ。でも、そうしたら木原さんはとても嫌がるでしょうね? あら? でも、これは罰ゲームなのだから、むしろそれで良いのではないかしら? そうね。嫌がることをしてこその罰ゲームですものね。
恐らく、こんな感じの思考が巡ったのだと思われます。そして、しばらく木原さんをじっと見つめていた綾小路さんは、それから唐突に彼女にキスをしたのでした。
そうなのです。
綾小路さん自身は気が付いていないようなのですが、どうやら彼女は木原さんのことが好きなようなのです。もちろん、性的な意味で。
だからしょっちゅう挑発をするのです。木原さんと一緒に遊びたいから。もっとも、相手は同性で身分も違います。社会的には決して許されません。その為、その想いは本人も気付かないほどの胸の奥深くに仕舞い込まれているのでしょう。
が、恐らくは、それが極めて無防備な木原さんを目の前にして全開で解放されてしまったのです。
「んんっ ん んんっ ん~」
綾小路さんの口づけを受けて、パニック状態で木原さんはもがきます。多分というか、ほぼ確実に舌が入っていて、完全に綾小路さんが暴走しているのが分かります。きっと木原さんは何が起こっているのかまったく分かっていないでしょう。そして、何が起こっているのか分かっていないのは、その時教室にいた他のクラスメート達も同じでした。
“なんだか、なんだか分からないけど、物凄いものを見ている気がする”
頬を赤くし、そんな表情で、二人のディープキスを見守っています。
もし仮に、そんな感想を抱いているのだとするのなら大正解です。
わたし達はなんだか分からないけど、物凄いものを見ているのです。
綾小路さんの目は完全にイッテいて、木原さんを窒息させそうな勢いでその口を吸いまくっています。
いけません。
この上なく面白いですが、このままでは木原さんがどうなってしまうか分かりません。名残惜しいですが、こーなったら助けるしかありません。わたしはこう言いました。
「凄い攻めが決まっていますね! このまま、綾小路さんの勝利で終わるでしょう!」
それを聞くと、木原さんの目の色が変わりました。はい。そうです。彼女は負けず嫌いなのです。
反転攻勢。木原さんは、逆に綾小路さんの口を吸い始めました。舌も入れているようです。
「んんん~!!」
その幸せで不意打ちな反撃に、綾小路さんは目を白黒させています。恋焦がれる相手からの“お返しディープキス”。瞳がハートに変わっていて、表情からパニックに陥っているのが分かります。
急展開を見せたその物凄い光景に、クラスの生徒達は釘付けになっていました。これはひょっとすると、R指定くらいはいく光景かもしれません。
木原さんが強く綾小路さんの唇を吸うと、そこで綾小路さんの膝が崩れました。そのまま床に転がります。瞳がハートで、口が半開きで、朦朧としています。これは完全にノックアウトでしょう。
それを見て、木原さんは腕を振り上げて「勝ったわ!」と勝ち名乗りを上げました。何故かとても満足そうです。
これは罰ゲームだったはずですので、勝ってはいけない気がしますし、そもそも何をどうすれば勝ちなのかも分かりませんが、確かに勝利感はあります。物言いは無粋というものでしょう。それに、倒れている綾小路さんは幸せそうですし、そんな二人を見ている教室の皆は物凄いものを見れて興奮していますし、そしてわたしはとても面白かった。皆を幸せにしています。
――つまり、
唐突なそのキスは、その場にいる全ての人達を幸せにしたのでした。
ノリと勢いだけで書きました。