六、求婚の歌(一)
長いので切りました。
屋敷に戻ってからも真っ先に鏡を覗いた。
鏡は残酷にも、泣きながら嘴で羽を毟る白凰しか映さない。黒い瞳も金色に変わってしまった。
(嘘嘘嘘、嘘よこんなの)
慌てた立葵に羽を毟るのを止められ、悲しいやら腹立たしいやら、もういろいろぐちゃぐちゃだ。
『元に戻して!』
『落ち着いて、今戻しますから』
立葵がもう一度額を合わせて何かしたらしく、スッと視界が下がる。すぐさま足を見 、髪を触り、背中を振り返って、さらにはもう一度鏡を覗いて取り戻した人間の姿を確認する。
「戻れた……私の体、ちゃんと私の体ぁ」
鏡にすがる私の後ろに、人型に戻った立葵が映った。
「勝手に人の体を鳥にして!」
「夏乃さん、話を聞いてください」
振り返り様、立葵を突き飛ばして寝台に潜り、頭から上掛けを被って全てを遮断した。
泣きながら懇願している立葵なんか、どうでもいい。
「聞きたくないっ」
立葵が上掛けの上から抱き締めてくる。
「触らないで!」
(一体、私の体に何したのよ)
戻れた安堵と確かに鳥になった恐怖で、涙が止まらない。
(どれくらい経ったの?)
泣きつかれて瞼も熱くて重い。
ただ、泣いている間ずっと立葵の歌が聴こえていた。
上掛け越しに、立葵が私を抱き締めたままなのが腕の重みでわかる。
(知らないうちに、見知らぬ場所へ連れて来られた上に、知らないうちに人外にされた……)
立葵が親切で、空を飛ぶ鳥の気分を味合わせてくれた可能性にかけたい。でも雲より遥かに高い場所で、何の訓練もなしに楽に息をしている自分に自信がなくなった。
「立葵さん。……私は未だ人間ですか?」
上掛けの中から勇気を振り絞って訊いた。
「…………凰です」
長い沈黙のあと、立葵がくれた返事はやはり。
「じゃあ、人間に戻れますか?」
「……すみません」
「そう、ですか……」
(私はどうすればいい? 戻っても父さんと母さんは受け入れてくれるかな? 凰でも娘だと言ってくれる? 友達は? 仕事には行ける?)
考えれば考えるほど悪い方にしか考えられなくて、また泣きながら眠った。
目が覚めると、泣きすぎたせいか身体が怠くて熱っぽい。
立葵が身動ぎし彼の腕が離れていくのに気がついた。
「夏乃さん、話してくれなくてもいいです。せめて、お水を飲んでください」
確かにひどく喉が渇いているし、ヒリヒリする瞼も冷やしたい。上掛けから頭を出して上半身を起こすと、直ぐに冷えた手巾と水の入った吸い口が差し出された。
「ありがとうございます」
水を貰ったのは私なのに、立葵がほっとしたように呟く。
「立葵さん、全部説明してください」
また、すべてを遮断して逃げたくなったけれど、泣くだけ泣いて疲れたせいで、そうすることも出来ない。だからかわりに、私に何が起きているのか、立葵に説明を求めることにした。
私の支えは、その方がずっと建設的だ、と自分を窘める理性だけ。
「はい。では、とても長くなるので」
そう言って立葵は寝台に上がり、私を支えるように後ろから抱き抱えて座った。距離感がおかしいと思ったけれど、もう、そんなことをされても咎める気すら起きない。
「夏乃さん。お気付きでしょうが、ここは人界ではなく仙界です。それから、ご覧になったとおり私は鳳です。鳳凰一族は羽族の頂点であり、代々、鳥の長を務めてきました」
(やっぱりね)
私がちゃんと聴いているか、立葵が確認するようにこちらを見るので頷いておく。
「歴代の中でも、父はとても美しい極彩色で霊力の強い鳳でした。その父が長の間は羽族はずっと平和でした……ですが、父が亡くなるとそうではなくなったのです。鳳凰一族に残った未婚の鳳は、幼い者を除けば数十羽の凰に対してたった三人、兄の銀朱と私、そして従兄の彩歌だけになっていました」
いきなりどういう話だと立葵の腕の中から顔を見上げたけれど、今度は立葵がこちらを見ない。
「鳳凰は永い生を持つからか、元々、子が産まれにくいのですが、段々と産まれてくる子も赤や緑の五色ではなく、色混じりばかりになりました。そのうえ、鳳がめったに産まれてこなくなっているのです」
ゆっくりと話す立葵の言葉には一族を憂う哀切が込められているように感じた。
「それで私と彩歌は、凰の外身を持たずに産まれたのだろう、と人界に降りてツガイを探すことにしたのです。一族の中に自分のツガイを見つけた兄と違い、二人とも仙界では見つかりませんでしたから」
事実その通り、夏乃さんを見つけました、と立葵が私の手を擦る。