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四、ツガイの声


 飛び去っていった立葵(りゅうき)は、あれから長いこと戻って来なかった。

 彼を泣かせたのは自分だというのはわかっている。けれど、酔態や動転した姿を晒した此方としては、精一杯礼儀正しく、誠意ある提案をしただけだ。それを責められても困る。


(やっぱり鳥男と人間じゃ価値観が違うんだ──でも綺麗だったな)


 ふと、立葵(りゅうき)の姿が浮かんだ。

 黒い鳳が飛翔する様は荘厳というべき美しさで、あの時は時が止まったような気さえしていた。

 漆黒の羽が陽の光を弾いて煌めき、羽ばたく度にキラキラと光の粒子が舞う。たなびく尾は彼が瑞兆と呼ばれるに相応しい存在だということを知らしめるに充分な神秘的な姿。


(でもなぁ、実際に舞っていたのはしょっぱい水だしなー)


 ボタボタと落ちる涙を思い出したとたん、無宗教でありながら抱いてしまった敬虔な気持ちが、一瞬で何処かに消えた。


「……それより、ここは何処なんだろう?」


 人工衛星やドローンが飛び交うなか、こんな秘境が地球に残っているわけがない。

 テレビでやってた『リアルにあった恐怖のお話』だとか、サングラスのオジさんが案内する『奇妙な夜のお話』だとかは、観る側だから良いのだ。


(中の人になりたいなんて、一度も思ったことないのに。 ──にしても、遅過ぎない?)


 相変わらず、夏乃は男物のシャツ一枚で、見知らぬ部屋に放り出されたままだ。

 素面(しらふ)でその格好は無理なので、きっちりボタンを留め、きれいに袖を捲った。腰には寝台から拝借したシーツを巻く。ずるずるではあるけれど大分マシだろう。

 スリッパらしき物は見当たらないので裸足でペタペタ歩き、露台(バルコニー)に出た。


 情けないことに、今は立葵(りゅうき)がいなければ右も左もわからない。

 さっきから体が空腹を訴えているけれど、猫ではないので、好奇心で身を滅ぼすようなことはしない。大人しく待つ所存。


(ミースケは、ご飯食べたかな?)


 ご飯をねだる甘えた鳴き声を思いだしながら、手摺りに掴まり改めて広大な雲海を眺めた。

 少し前より雲の位置が低いようで、あちらこちらにどれも春日大社や平等院を思わせる造りの似たような朱色の屋根が見えた。

 自分がいる部屋の向かいの寝殿?とは回廊で繋がっているようで、大きさは違うけれどどうやら鳳凰堂と似た形になっているらしい。


「立葵さん、早く戻って来ないかな……へぶしゅっ」


 くしゃみが出た瞬間、背中から真っ黒な羽に包まれ、振り仰げば(ほう)の姿のまま、目を伏せている立葵(りゅうき)がいる。


「ありがとう。遅かったですね……」


 目を伏せたまま首を振る立葵(りゅうき)に何処にいたのかと聞くと、夏乃が出て来た部屋の、朱色の屋根をチラッと見る。


「ずっとそこにいたんですか?」


 コクンと頷いた彼の目はまだ伏せられたままだ。


「私が心配で?」


 また立葵(りゅうき)が頷く。


(あんなところにずっといてくれたのか……)


 泣くほど酷いことを言ったらしいのに、それでも心配してくれていた──そう思った瞬間、あんなに恐ろしかった鳥男は、立葵という名のとてもいじらしくて健気な存在になっていた。


「立葵さん、ありがとう。それと、ごめんなさい」


 もう一度首を振った立葵(りゅうき)と、やっと目が合った。(ほう)の姿では表情がわからないけれど、とても哀しそうに見える。

 大きな金の目が何かを訴えているような気がしたので、立葵が話してくれるのをじっと待つことにした。

 その訳を聞かなければいけない気がして。


「…………」

「…………」


 数分もそうして見つめあっていたけれど、どうしてなのか、彼は何も言わない。


(はっ! 私はなんて馬鹿なの。話せるはずないじゃない!)

「ごめんなさい、その姿じゃ話せないですよね?」


 立葵が(ほう)になっていることを考えていなかった。


 立葵の羽をそっと掴む。

 一緒に部屋に戻ろうと促しても、項垂れるだけで動かない。


「立葵さん、傷つけてしまってごめんなさい。謝ります。でも私達、もう少し話し合った方がいいと思いませんか?」

『嫌です。また、婚姻をなかったことにしよう、と言うつもりでしょう?』

(え?!)


 低いけれどずっと聴いていたくなるような鳥の鳴き声がする。確かに聴こえるのは鳴き声なのに、頭のなかで勝手に立葵(りゅうき)の声に変わっていくという摩訶不思議。


「……立葵さん?」


 彼はまだ項垂れたままで、(くちばし)も全く動いていない。なのに鳴き声と彼の声が、夏乃の頭に流れ続ける。


『伴侶になると承諾してくれたのも、嘘なんでしょう? 夫婦の契りも酔ってたから……。だから、ツガイのはずの、私のこの声も聴こえてないんだ。 やっと私の(おう)を見つけたのに……』

「立葵さん? これ、貴方が喋っているんですよね?」

『 !! 』

「痛っ!」


 急に、大きな鳴き声が響いて、耳?が痛くて思わず蹲みこむ。


「ちょっと立葵さん! 音量!」


 これは文句のひとつも言わないと、と立ち上がれば、さっきまで項垂れていた立葵が顔を上げて、爛々と瞬きもせずに私を見ていた。


『夏乃さん、私の声が聴こえるのですか?』

「もちろん。声というか鳴き声? でいいのかな」

『ほ、本当に聴こえてますか? 』

「ですから、聴こえてますってば! それよりも音量を下げてもらえません? 隣にいるのに、そんな大声を出さなくてもいいじゃないですか。耳? 頭? が、とても痛いです」

『!!』

「だから、音量!」


 また大音量の鳴き声が響いて、思わず立葵の羽をひっぱたいた。


『夏乃さん! 私の(おう)!』


 それでも音量を下げる気がない立葵に頭にきた。むしってやろうかと睨み付けると、(ほう)が目の前で人に変わる。


「やっぱり夏乃さんは私の凰に間違いありません。 ……良かった」


 人型に戻った立葵が、ボタボタ涙を流しながら抱きついてきた。


(よく泣くなぁ)


 絆される前に早く帰り方を訊かければ、と立葵に抱きつかれたまま突っ立っていた。


 




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