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十九、隼の疑惑


 私と木槿(むくげ)さんからお芝居だと聞かされて、六人は呆気にとられていたけれど、一様に芝居で良かったと胸を撫で下ろした。

 で、今はお芝居の理由を説明したあとの和やかタイム、のつもり。


「身上書を見たけど結構バラバラなんだねぇ」

「はぁ」

青嵐(せいらん)は割りと良いとこの出みたいだし、疾風(はやて)は妹三人のお兄ちゃん。野分(のわき)は兄弟が多くて、花信(かしん)はひとりっ子。それから桑花(そうか)ちゃんは旅館のお嬢さんで瑠璃(るり)さんは旅商人の娘さんなのね」

「えぇまぁ」


 六人は安堵はしたものの、貫禄充分な奥方から弱々しい嫋やかな女性、今度は近所のお姉さん風と、くるくる印象を変える主に戸惑いが隠せないらしい。


「ごめんね? 戸惑うのも無理もないと思うけど、普段はこうだから慣れて欲しいの」

「そうしてやってくれ。お前達の前でまで気を張ると夏乃さんが疲れてしまう」

「諦めなさい。こういう方達なのだ」

「そうそう。ところで皆の種族は? 何鳥?」


 立葵(りゅうき)木槿(むくげ)さんの説得のお蔭でようやく納得顔を見せた六人に、ワクワクしながら訊いてみた。一応、親しみ安い演出のつもりなのであってけして興味本位では……あるな。


「奥様、ここをご覧ください。種族紋がありますでしょう?」


 早速侍女として働き始めた瑠璃さんが指す身上書の右上に、各々意匠(デザイン)違いの丸い紋様が捺されている。


「私には紋を見てもわからなくて」

「では奥様、どうぞご覧ください」


 疾風(はやて)の言葉を合図に六人が一斉に鳥に姿を変えた。

 多少種族でサイズの違いはあれど、人型の時と同じ大きさだ。仙気の影響というやつかもしれないと思うけれど、霊気と違ってまるで見えないのでいまいちピンとこない。


青嵐(せいらん)狗鷲(イヌワシ)疾風(はやて)(ツバメ)野分(のわき)(ハヤブサ)花信(かしん)白隼(シロハヤブサ)です」


 立葵(りゅうき)が従者ひとりひとりを手で指しながら教えてくれた。


「わぁー、何だか強くて速そうですね」

「それはもちろん、護衛を兼ねる従者は武を求められますから、そういう者を集めているのです」

「なるほど。それじゃ侍女のふたりは?」

桑花(そうか)(ウグイス)瑠璃(るり)は名前のとおり大瑠璃(オオルリ)ですね。二人は唄が上手い種族ですから、今度唄ってもらったらいいと思いますよ」


「「是非」」

「専属歌手だ、やったぁ」


 人型に戻って桑花(そうか)ちゃんと瑠璃さんが笑顔で頷いてくれた。娯楽が少なそうで心配していたのになんて贅沢だろう。


「立葵様、奥様」


 喜んでいると、明るくて元気いっぱいのはずの野分が私達の後ろでかしづいていて、思い詰めた目でこちらを見ていた。その隣には同じ顔をした花信もいる。


「どうしたの、二人とも」

「私達はお二方に鳳凰一族の安全が脅かされていることをお知らせしたいのです」

「どういう意味だ? 何があった」


 強大な霊力を持つ筈の鳳凰が危ういという不穏な発言に、立葵の纏う霊気が一際濃くなり淡く光を帯びた。


「昔から鳳凰の警護の一端を担ってきた隼が弱体化しております。今のままでは方々をお守りすることなど出来ません」

「ふむ。嘘偽りはないな?」

「はい。私と花信はお知らせする為に里を出て参ったのですから。武を司る隼が弱体化するなど許せません」

「隼一族の誇りをかけて誓います」


 和やかになりかけていた空気は完全に緊迫したものに変わっていて、青嵐と疾風の立ち位置も私の背後に変わっていた。

 仁王立ちの立葵が無言で続きを促す。


「休暇で里帰りしてきた従者が軒並み弱くなっております。里一番の猛者だった者にも容易く勝つことが出来ました。ですが私自身が強くなったわけではないのでおかしいのです」


 援護を頼むかのように野分が花信に顔を向け、大きく頷いた花信が立葵と目線を合わせる。


「鍛錬を欠かすような者はいないうえに、徐々に弱くなるのではなく急に弱くなるのです。おかしいと思われませんか?」

「そうだとしても、先に隼の長に伝えるのが筋だろう。こちらにいる隼からもそのような報告は上がってないが?」

「隼一族の長には取り合ってもらえませんでした。里帰りした者達も私達が急に強くなったと疑っていない様子で、長にも気の所為だと言われて終わりました」

「鳳凰の長の警護は我々に負けた者達が担当しております。確証のないことを申し上げて、同族の名誉を損なうことは出来ず悩んでおりました」


 揃って頭を下げる野分と花信を前に、立葵が霊気を戻して木槿さんと視線を交わす。二人には何か心当たりがあるように見えるけれど教えてはもらえないようだ。


「他に気づいている者は?」

「他の種族は存じませんが、隼一族では我々二人だけです」

「そうか。──夏乃さん、四人をしばらくお借りしてもいいですか?」


 私が頷くと、立葵は従者四人を連れて部屋を出ていく。


「奥様には私からご説明しましょう」


 不満タラタラな私を見た木槿さんが、苦笑しつつ、侍女の二人にも近くに寄るよう手招きした。


「奥様、これからお話することはご内密に。桑花、瑠璃。お前達にも教えるのは奥様をお守りする為だ、けして口外しないように」

「はい」

「「もちろんです」」

「……立葵様は、銀朱(ぎんしゅ)様のツガイであった芙蓉(ふよう)様の死に、あの二人の話が関係しているとお考えなのです。もちろん、私もですが」

「え、どうしてです?」

「前回お話しましたでしょう? 芙蓉様の従者は青嵐を除いた全員が隼だったと」

「あ!」

彩歌(さいか)様に従った者も多かったとはいえ、他の護衛も大勢おりました。彼等が到着する前に従者全員が討たれるなど、とても考えられません」

「従者も弱くなっていた可能性があるのですね?」

「はい。──桑花、瑠璃。これでわかっただろう、お二方が芝居をしてまでお前達を確かめたわけが」

「はい……」


 途中から息を詰めていた、桑花ちゃんと瑠璃さんの顔が色をなくした。それを宥めるように木槿さんが微笑む。


「そう怯えなくてもいい。だが基本、奥様は結界内におられるとはいえ、何があるかわからない。お前達二人は、この屋敷内であっても必ず奥様のお側にいるように」

「「承知しました」」


 にわかに緊張した二人が重々しく頷く。


「奥様も、何かあれば桑花と瑠璃に咎めがありますので、お一人で出歩きませんように」

「わ、わかりました」


 初日に露台に出たことを思い出して、冷やっとする。ただの心配で立葵がずっと屋根にいてくれたわけではないことをようやく理解した。


「では、隼の件は取り敢えず立葵様にお任せして、奥様は(おう)への対策をなさってください。桑花と瑠璃もたいそう働き者ですよ?」






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