十一、従者と侍女選び(一)
ようやく着いた小広間は、立葵の部屋からかなり遠く、少し下った位置にあった。
そこには、男女合わせて百を超えそうな人達が集まっている。
壇上から彼等を見下ろす形になって、引き攣りながらどうにかこうにか微笑みを作るが、奥様らしいかは鏡がないのでわからない。
(こんなに大所帯なら予め教えて欲しかったぁ)
冷や汗が背中を伝って気持ちが悪い。
卒業式や中学校の演劇発表以外、こんなに大勢を見下ろしたことなんてないから足も震えている。
(兄さんと違って、見上げることはあっても見下ろす立場になんてなったことないのに)
木槿さんが壇上から動かない。
つらいけど、立場上、私の立ち位置はここなのだろう。
「皆、こちらが立葵様の奥様で、お前達の女主人となられた夏乃様だ。以後けして失礼のないように」
「はっ」
木槿さんが告げると、全員が一斉に膝をついた。
顔を上げたまま、男性は胸の前で両手首を掴み、女性は手の甲を合わせる。初めて見る挨拶だ。
(へぇー、こちらの挨拶はこうなのね。私がするときもそうすればいいのかな?)
「奥様、どうぞ御言葉を」
木槿さんが小声で言って下がっていく。
(木槿さん、いきなりですか?)
後ろを振り向くことも出来ず、微笑みを固定させたまま、ぐっと足に力を入れて前に出た。大急ぎで、うろ覚えなドラマの台詞を引っ張り出す。
「夏乃です。人界から参りましたので不馴れなことが多いですから、皆には手間をかけると思うけれど、どうぞよしなに」
少し使用人達がざわついている。
(あれ? 何か雰囲気が変わった?)
「では奥様、この中から従者と侍女をお選びいただきます。私が下で彼等にその旨を伝えますので、その前にもう一度、彼等をよく御覧になって下さい」
隣に並んだ木槿さんが小声でそう伝えたあと壇上から下りていく。あくまで私は下りてはいけないらしい。
軽く頷き、全員を見渡した。挨拶する前とは表情の違う人が何人もいる。
(私の挨拶はそんなにまずかった? それにしては変よね? 表情がバラバラだし)
眉を顰めたり眉尻を下げる者、口の片端を上げる者、顔が強ばる者、そして…………目をキラキラさせている者。
「今から、奥様が従者と侍女をお選びになる。選ばれた者は誠意を持ってお仕えするように」
「「「はっ」」」
「では奥様。お願いいたします」
木槿さんが、どうぞというように彼等に手を向けた。
「木槿、何人選べば良いのかしら? 」
(側におかないといけないなら、少しでも好い人がいいよね)
「すべては奥様の良いようにと、立葵様より伺っております」
私に向かって深く頭を下げる木槿さんに、心のなかで感謝する。
さっきの様子だと、立葵の筆頭従者である彼はかなり地位が上だ。その木槿さんがへりくだり、ことさら丁寧に接することで、私の立場が彼よりも上位であることを示してくれているのだろう。
(でも私も凰なのに、そこまでするのはどうしてだろう? あとで聞いてみればいいか。取り敢えずはこっち)
「では、わたくしが気に入った者だけ、ということにしましょう」
(こう言っておけば、多少人数がおかしくても問題ないはず)
「今回選ばれなかった者は、追々、優秀な者からお側に上がってもらう。──奥様、宜しいでしょうか」
「ええ。それで宜しくてよ」
(さすが。ナイスフォロー。これであとは選ぶだけ)
「では木槿、お願いね」
わかってくれるよね? と、ゆっくり瞬いて木槿さんに丸投げしてしまう。選ぶ手順がわからないから仕方ないの。手を抜いてるわけじゃないから許して。
「では、御前にひとりずつ案内致しますので、今回御召しになる者を右へ、お残しになる者を左へと、お手をお振りくださいませ」
私が使用人の為に足を運ぶのは駄目で、あくまで足を運ぶのは彼等というわけか。その人のところへ歩いて行って、ポンと肩でも叩けばいいかと思っていたから助かった。
(主従関係って、面倒くさっ)
つらつら考えているうちに女性陣が列を作っていた。
木槿さんの合図でひとりの女性が前に出る。
彼女の顔を見て、なるべく優雅に見えるように左へ軽く手を払った。直ぐさま木槿さんが彼女を下げ、仕事に戻るように伝えてくれる。
彼女は、眉を顰めていたひとりだ。
順々に前へ出てくる女性達を、どんどん左へ払っていく。上から見たときに既に決めてあったので、早い早い。
三分の一ほど払い終えたところへ、漸くお目当ての女の子が出てきた。
彼女をじっと見て右側へ手を払う。
「ありがとうございます、奥様!」
思わずといった様子で御礼を口にした女の子は、慌てて頭を下げると、取り繕った感じで右側に捌けていった。
「申し訳ございません。あの者はまだ日が浅いのです」
彼女の代わりに頭を下げた木槿さんが、私にしか見えない角度で微笑んでいるから彼のお薦めでもあるようだ。
彼女は私の挨拶の前よりも、そのあとの方が目がキラキラしていた人だった。
初めて選ばれた者が出たことで、列の後ろがまた少しざわついている。
「んん”」
(木槿さんの咳払いひとつで静かになるなんて、木槿さんて、どれだけ偉いのかな? ──おっと、やっちゃった)
またどんどん左へ払いながらそんなことを考えていたら、つい、目をつけていた女性まで左へ払ってしまった。
「お待ちなさい」
左へ下がろうとしていた彼女が慌てて膝をつく。
「やはりあちらへ」
(あくまでも優雅に。私は「奥様」なのだから)
思い直した風を装って右側へ手を払う。右へ向けられた私の手を見て彼女の目が潤んだ。一度頭を下げると、彼女はすぐに立ち上がり右側へ歩いていき、最初に選んだ女の子と、手を取り合って喜んでいる。
(ずいぶん仲が良さそう。引き離さずに済んで良かった)
あとはもう全員左側でいい。二人が多いのか少ないのかわからないけど、仕方がない。これからずっと一緒にいることになるのに、良い印象のない人を側におくのはイヤだ。




