8話 ピノッキオの冒険の終わり
家から出てきた女性がゼゾッラであることを示す文を追加しました。
ピノッキオが村から少し外れた事を確認する。
その事をイナバからの合図で確認した俺はゼゾッラをおんぶして道の中央に置いていく。
俺たちは狐と猫を演じるためにそれっぽく見える耳と尻尾のアクセサリーを着けていた。
と言っても着けたのは俺だけでゼゾッラは自前の能力らしい。
爪を伸ばすのと同じ要領だと言っていたが良く分からない。
このアクセサリーは都合よく空き家の棚に入っていたのでやはりこれをやれという事なのだろう。
俺たちはそこから姿が確認しづらいようにフード付きのマントも着ている。
そんなゼゾッラをピノッキオが歩く先の道に置くのが作戦のスタートだった。
ピノッキオは鼻歌を歌いながら歩いていたので接近を感じることは容易だ。
近づいてくるのが分かったゼゾッラはここぞとばかりに大きな声で嘆いた。
まるで近づいてきたピノッキオにアピールするかのごとく。
「猫さん、どうしたんだい?」
当然ピノッキオは彼女に話しかけた。
「おお、どなたか分かりませんが私の話を聞いてください。
私は狐さんと旅をしていたのですが目を怪我して見えなくなってしまいました。
狐さんも片足を失ってしまったのです。
狐さんは森に全てを癒せる物があると聞き、私を置いて森に足を踏み入れてしまいました。
必ず戻ると信じて待ち続けているのですが狐さんは一向に戻ってこないので私は心配なのです。
どうぞ私を哀れと思うなら森に連れて行ってくれませんか?」
「そうなんだ、それは大変だね。
僕が連れて行ってあげるよ」
ピノッキオはゼゾッラの手を取り森の方へと向かって行った。
しばらく進むと森の中に湖が見えた。
ピノッキオはそれをゼゾッラに伝えないままで湖の淵まで歩いていく。
「あれ?あそこに影が見えるけど、ひょっとしたら狐さんかな?
僕見てくるね」
そう言ってゼゾッラの手を離し遠くに行くフリをして彼女の後ろに回り込む。
そして笑いを堪えながら勢いよくゼゾッラの背中を押す!
「ばーか、狐が見えたなんてウソだよ!
あー、人にイタズラするのって何て楽しいんだ」
ピノッキオはそうやってひとしきり馬鹿笑いした。
事前に聞いた通りである。
ピノッキオは生まれたばかりの人形なので善悪の区別もなく頭も良くない。
そのために必ず悪さをするだろうし、その結果を見ずに相手にイタズラしたことで満足すると。
彼は湖にゼゾッラを落としたはずなのに水音が一切していないことに気付いていなかったようだ。
「さーて、帰ろうかな」
そう言ってクルリと振り返ったピノッキオの前に俺は立ちふさがる。
「よう、少年。
聞きたいことがあるんだがいいかな?」
「な、な、な、なんだい?」
ピノッキオは急に目の前に現れた俺に怯えているようだった。
「ここら辺に俺の相棒が来てたみたいなんだが知らないかい?」
「さ、さぁ?知らないね?
猫なんて見たことないし湖に落としたりなんてしてないよ」
俺は内心で呆れていた。
相棒とは言ったが猫の話なんてしてないし湖のことなんて俺は何一つ言ってないのに。
こいつは本当にただの悪ガキなんだな・・・しかし、そんな子供を殺さなくちゃいけないのか。
後で生き返るとは聞いていたが俺の心に罪悪感が芽生える。
その時、湖の方から声がかかる。
「おやおや、さっきまで一緒にいて湖に突き飛ばしてくれたのに知らないとは冷たいじゃないか」
それは勿論ゼゾッラである。
先ほどと違い目は開けている。
「あ、あれ?ちゃんと落としたはずなのに・・・それに目は?」
「ああ、あれは嘘だよ。
でも、君も私に嘘をついたんだからおあいこだよね?
あれ?私のことを知らないって嘘もついたから君の方が一回多く嘘をついたのかな?」
ゼゾッラは笑いながらゆっくりとピノッキオに近づいていく。
罪悪感は感じるが俺も予定通りの行動をしなければ。
「それじゃ迷惑料を貰わないとな。
坊主、金貨を持ってるみたいだしそれを俺たちにくれれば許してやるぜ」
俺もゆっくりとピノッキオに近づいていく。
「う、うわあああああ!!」
ピノッキオは叫びながら横の方向に逃げて行った。
そこはわざと逃げ道を空けておいたのだ。
「まちやがれ、クソガキ!!」
俺はゼゾッラと顔を合わせて頷くとナイフを手に持ちピノッキオを追いかける。
走って逃げていくピノッキオを追いかけていくとたまに予想外の方向に逃げていくことがあった。
その方向に逃げられると空き家に誘導できないので面倒な事になるのだがその対策はしてある。
「どこに逃げようと言うんだい?」
その方向を塞ぐようにゼゾッラが現れる。
彼女の能力『観測する猫』の能力で先回りしているのだ。
更に違う方向に逃げようとすると木の影から小瓶が飛んできて爆発する。
影に隠れたイナバにも方向の矯正を頼んでいたのだが上手くいっているようだ。
そうして時間をかけて2時間になるように調節しながらピノッキオを追いかけ回していく。
逃げる彼の目の前に一軒の家が現れる。
地獄で仏にあったような気分で彼は家のドアを叩く。
「盗賊に追われているんだ!
助けて!!」
ドンドンと叩くと扉が開き中から女性が現れた。
「お姉さん、助けておくれよ。
盗賊に追われているんだよ!」
ピノッキオは女性に助けを求めるが女性は何が何やら分からないといった表情を浮かべて首をかしげる。
「なんで反応してくれないんだよ!
助けておくれよ!!」
尚も女性に縋るが女性は不思議なものを見るような表情でピノッキオを見ているだけであった。
そして、哀れな木彫りの少年は遂に盗賊に捕まってしまう。
「やっと捕まえたぞ、クソガキ!」
俺はキノピオの頭を掴むとそのまま持ち上げた。
(こんな子供の身体にナイフを刺すのか・・・)
俺は憂鬱な気分になりながらもピノッキオの身体にナイフを突き立てた。
しかし、硬い木に弾かれてナイフは突き刺さらなかった。
「ああ、言い忘れていたけどナイフは木が硬すぎて刺さらないんだ。
だから首吊りにして殺すのさ」
いつのまにか後ろに来ていたゼゾッラが声をかけてくる。
今のゼゾッラはフードを着た盗賊ではなく村娘の格好になっている。
先ほどピノッキオの前に現れた女性の正体は「観測する猫」で家に先回りして着替えたゼゾッラだったのだ。
彼女はそのままピノッキオのクビに縄をかけると空中を駆けて木の上に登る。
そして枝に縄をかけると
「それじゃ、バイバイ。
物語の続き頑張ってね」
と言ってピノッキオの身体を手放した。
ピノッキオはそのまま垂直に落ちていき空中で止まる。
そして自身の重みで縄が首に食い込んでいった。
俺はその残酷な光景に何故か目が離せなかった。
自分がトドメを刺したわけじゃない。
しかし、この事に協力した事は確かだ。
少しずつ命が奪われていく光景に俺の心が罪悪感で塗り潰されていく。
もうこんな事があっても手を出すのはやめよう・・・役割や物語なんて知った事じゃない。
そう思いなおしていた。
しかし、ピノッキオの命が消える直前の事だった。
彼は木に首を吊られて苦しそうにしていたはずなのだ。
だが、彼は笑った。
曇りが続いた中での晴天のように晴れ晴れとした笑顔だった。
そして彼の身体から力が抜ける。
先ほどの笑顔が嘘のように無表情になって。
俺は改めてこの世界が怖くなった。
狂った童話の世界が重なった「多重童話」の世界が。
「大丈夫、私が物語のハッピーエンドまで導いてあげるから」
突然、前から声がかかり俺の震える身体を抱きしめた。
俺は何も言えなかった。
でも、その温もりが暖かくて思わず抱きしめ返した。
「全部私にまかせてくれたらいいんだよ。
だって、私は君を導く長靴を履いた猫なんだから」
彼女は俺を導きハッピーエンドに連れて行ってくれると言った。
俺は彼女のことを信じていいんだろうか?
このどこまでも甘く、どこまでも残酷な猫のことを。
〜ピノッキオの冒険 狐と猫が犯した罪 完結〜
☆次回予告☆
狂気の世界に触れて確実に疲弊していくシャルルの心。
そんな彼は新しく訪れた村で貧しい兄妹に出会う。
気まぐれからその兄妹の手助けをすることにしたシャルル。
だが、それは新たな童話の世界の始まりであった。
そこで彼は物語の内容は人に伝わる過程で容易に変化することを知る。
果たして物語の真実とは?
次回
〜ヘンゼルとグレーテル 捻じ曲げられた物語〜
原作版のピノキオは一度ここで最終回を迎えました。
しかし、あまりに救いがない話であった為に読者から苦情が殺到。
しょうがなく始めた第2部が皆さんの知っている話になります。
この話の中でピノキオが嘘をついても鼻が伸びなかったのも、第2部からの設定となっているからです。
次回からヘンゼルとグレーテル編。
始まりと終わり、山場が同じなれど地方によって伝承が微妙に違うという話です。