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6話 多重童話

「シャルルはさ、この世界って何だと思う?」


ゼゾッラに問われても何と答えていいか分からない。


「この世界って言われても俺たちが普通に住んで暮らしてる場所としか言いようが無いんじゃないか?」


「うん、そうだよね。

シャルルの認識ではそうだと思うよ」


「何が言いたいんだ?」


「普通の世界にイナバやあの時のタヌキみたいな生き物がいるのかなって話。

ピノッキオみたいな動いて喋る人形もね。

そして、それらを見ても誰も疑問にすら思わない・・・こんな世界が普通だと思う?」


「それは・・・」


ゼゾッラに問われても何も答えられなかった。


そして、その内容は俺自身にも言えることだ。


爪を伸ばして宙を駆ける少女。


櫂を巧みに操り薬の調合ができるウサギ。


婆さんに化けたという玉の皮を伸ばすタヌキ。


一人で動いて喋る人形。


俺はこんな不思議な生き物達に出会っていたのに、まるでそれが当たり前のような感覚になっていた。


今までの人生でこんな事になったのは初めてだというのに。


「今までの人生で出会ったことのない生き物に多数会った・・・じゃあ、今までの記憶は?

シャルル、君のお父さんが亡くなる前の記憶を聞かせておくれよ。

本当にそんな生き物に出会ったことがなかったのかい?」


「親父が亡くなる前・・・」


俺の記憶・・・俺は粉挽き職人の父親がいて兄が2人いる。


そんな親父が亡くなる前の話だなんて・・・普通の・・・普通の・・・


「あれ、何でだ?

親父が亡くなる前の話なんて1ヶ月も経ってない話じゃないか。

なんでそれが思い出せないんだ」


子供の頃の記憶、親父とのこと、兄貴たちとのやりとり、何一つとして思い出せない。


そもそも疑問にも思わなかったが母親は?


母親がいたかすら認識していなかった・・・最初から存在してなかったように。


俺の記憶は長靴を貰って旅に出た・・・そこからしか無いじゃないか。


「それは思い出せないんじゃないよ。

シャルルの物語は父親が亡くなった所から始まるんだから。

それ以前の話なんて存在していないのさ」


「そんな・・・」


バカなと言いかけた。


しかし、否定する言葉が見つからない。


ゼゾッラが言う通り俺の記憶は親父が死んで長靴を受け取った所から始まっているのだから。


「ここまでの説明で解ってもらえたと思うけど、私たちはそれぞれが物語の登場人物なのさ。

そして、この世界は様々な物語が重なって出来上がった世界。

名付けるなら『多重童話(マルチプルフェアリーテイル)』かな」


「多重童話・・・それじゃ、ゼゾッラやイナバも物語の登場人物なのか?」


「そうだよ。

私はシャルルから長靴をもらい、ウサギを袋で捕まえた。

長靴を履いた猫が私の役割さ」


「私は元々は因幡の白兎という役割でした。

しかし、物語が合わさったことでカチカチ山のウサギという役割が重なったのです」


イナバの言う物語は分からない。


しかし、長靴を履いた猫という物語にはとても聞き覚えがあった。


「俺は、長靴を履いた猫の登場人物なのか?」


「そうだよ。

粉挽き職人の三男坊は長靴を履いた猫に導かれて幸せになるという役割さ。

ショックかもしれないけど、ここまでの話は前置きみたいなもんだからね。

ここからが重要なのさ」


何だか今の時点でも大事な話なのにこれ以上と言われても実感がわかない。


しかし、ショックはショックだが腑に落ちた部分が大きく俺はここまでは割と落ち着いて入られた。


「問題なのは私たちの旅にピノッキオの冒険という話が重なったことだ。

ピノッキオは生きた木からオモチャ職人のジェペット爺さんが人形を作り出した所から始まる。

ここまでは聞いた通りだね」


「ああ、そうだな」


ゼゾッラの言葉に俺は頷いた。


「途中は端折るけどピノッキオは金貨を手にする。

その金貨に目をつけた盗賊である狐と猫に2時間追いかけ回された挙句にナイフで刺され、木に首を釣られて窒息死する。

これがピノッキオの物語なんだよ」


「最後の終わり方が残酷だな・・・そうか、あいつ死んでしまうのか」


昼間に見かけた木彫りの少年を思い出す。


交流があった訳ではないが死ぬと言われると物悲しく感じるものがあった。


「それがこのままじゃ彼は死なない・・・いや、死ねないんだよ。

何せその盗賊2人が既に死んでしまっているからね」


「は?何を・・・」


言いかけて止まる。


既に死んでいる盗賊。


ゼゾッラと出会ったときのことを思い出す。


俺たちを襲ってゼゾッラが殺した野盗は2人だった。


「気づいたみたいだね。

このままじゃピノッキオの物語は終わらないんだ」


「で、でも死なないならいいじゃないか!

あいつも今まで通りに暮らせるんだろ?」


俺の言葉にゼゾッラは首を振る。


「いいや、ダメなんだ。

何故ならそこは話の前半部分だから。

その後にピノッキオは森の妖精に生き返らせてもらい、紆余曲折を経てハッピーエンドで終わる。

このままでは彼の物語は完結せずに同じところを彷徨い続けるだけの未完の作品になってしまう」


「じゃあ、どうするって言うんだよ!

俺たちで追いかけ回すって言うのか!?」


俺がそう言うとゼゾッラは待ってましたと言わんばかりの笑みを浮かべた。


「よく解っているじゃないか。

私たちは盗賊の役割を奪ってしまった。

だから、シャルルが『狐』で私が『猫』。

この配役でピノッキオを殺さなくちゃいけないんだよ」

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