4話 カチカチ山の白兎
「黙って聞いていれば好き勝手言いやがって。
お前ら全員皮を剥いで団子にしてくれる」
いつの間にか縄から抜け出していたタヌキがこちらを睨みながら言い放つ。
「おいおい、あの縄を抜けたのかよ。
かなり厳重に縛ったはずなのに」
「うーん、これは溺れた事で物語の結末を迎えて新しいタヌキの因子が目覚めたってことかな?
縄抜けとなると分福?」
俺の横でゼゾッラがぶつぶつと呟いている。
「ゼゾッラは何か知っているのか?」
「うーん、知ってはいるけど話したところで理解は出来ないよ。
それよりこの状況を何とかしないと!」
そうゼゾッラが言った瞬間に肩に衝撃が走った。
俺の肩に乗っていたイナバが肩を蹴り上げて跳躍したのだ。
「たーーーぬーーーきーーーーー!!」
そのまま櫂を振り下ろしていく。
だが、硬い金属音と共にイナバの一撃は弾かれた。
何が起きたのかとそちらを見ると、そこにはタヌキの姿は無く茶釜が置いてあった。
どうやらイナバの一撃はその茶釜に弾かれたようだ。
「そんな攻撃効きはせんわ!」
タヌキの声が茶釜の中から聞こえる。
何と茶釜からタヌキの手足が生えてきた。
「な、何なんだあれは?」
「あれが分福の因子なんだけど・・・分かんないでしょう?」
「あ、ああ。
茶釜からタヌキが生えるなんてありえないよな」
「それを言うならウサギとタヌキが喋っている事自体ありえないんだけどね」
ゼゾッラの言葉に俺はハッとした。
そうだ、普通はウサギもタヌキも喋ったりしない。
何で俺はそんな当たり前のことを忘れて、2匹を普通に扱っていたんだ?
櫂を自在に操る喋るウサギ。
茶釜に篭って喋るタヌキ。
どちらも現実にいるはずがない。
何かを思い出そうとした俺だったが、その時酷く頭が痛んだ。
「あいた!・・・世界は広いんだから喋るウサギやタヌキが居てもおかしくはないか」
俺は何に疑問を持っていたんだ?
世の中は広いんだからタヌキやウサギだって喋ることぐらいあるだろう。
そんな風に思い直した俺を見てゼゾッラは溜息をはいた。
「ま、シャルルがそれでいいんなら私もそれでいいんだけどね」
そんな事を話しながらもイナバとタヌキの戦いは激化していた。
イナバの攻撃を全て茶釜で受け止めていくタヌキ。
流石にスタミナが切れてきたのか一旦攻撃の手を止めた。
しかし、タヌキはその隙を見逃さなかった。
「タヌキ族に伝わる奥義を今こそ見せてくれる。
奥義 八畳敷き!!」
タヌキから何かが広がっていく。
それはイナバだけで無く俺たちも包み込んでいた。
「この空間は脱出不可能だぞ!
そのままこの場で朽ち果てていくが良い!」
真っ暗な空間は何も見えず、そして異臭が漂う。
「おい、ゼゾッラ。
近くにいるのか?」
「もちろんいるよ〜私はシャルルの側を離れたりしないからね」
「この空間が一体何か分かるか?」
「もちろん。
これらタヌキの玉袋であたり一帯封じられたようだね」
「た・・・玉袋?」
「タヌキの玉袋に包まれてるんだから臭いわけだよね」
そう言われてみると周りの物が全て汚く見えてくる。
思わず吐き気も込み上げてきたが何とか耐えた。
「たーぬーきーー!!おーのーれーーー!!」
イナバが暴れまわる音が聞こえるが状況に変化がないことから打撃には強いのかもしれない。
「何とか出来ないのか?」
「こんな事もあろうかと対策アイテムは用意してあるよ・・・焚き火の中に」
「ここから離れた場所じゃねえか!」
「まぁまぁ、私の一回見せた能力を忘れたのかい。
私はどこにでもいるしどこにもいないのさ。
というわけでもう持ってきてるよ」
そう言ってゼゾッラが何かをした事を感じた。
するとタヌキは大声をあげて苦しみ始め、玉袋は収縮していった。
「あつっ!あつっ!!」
ようやく玉袋から解放されてゼゾッラの方を向く。
彼女は何かを踏んづけており、その上には石が置いてあった。
「一体何をしたんだ?」
「簡単なことさ。
玉袋に焼いた石を置いてやっただけだよ。
イナバ、こっちに来てくれ!」
「たーぬーーー、はっ!?
ゼゾッラさん、いま行きます」
声をかけられて正気に戻ったイナバがこちらにやってくる。
「例のアレをここに炸裂させてやってはどうかな?」
ゼゾッラはそう言って焼けた石をどける。
そこは焼けて腫れ上がりとても痛々しい状態だった。
「なるほど!
たっぷり塗り込んでやりましょう!!」
イナバはそう言って辛子を取り出すとその場所に塗りたくり始めた。
「ぎゃあああああ!!痛い、熱い!
やめてくれーーー!!」
タヌキはそう叫ぶがイナバは容赦なく塗り込んでいく。
そしてゼゾッラはそんな辛子が塗り込まれた場所をグリグリと踏みつけていた。
「ぎゃあああああ・・・」
叫んでいたタヌキの悲鳴が途切れた。
どうやら痛みに耐えかねて気絶したようだ。
近くに寄って確認してみると茶釜も無くなり普通のタヌキに戻っている。
「さて、仕上げと行きますかね。
今度は二度と浮かばないようにしないと」
ゼゾッラはそう言って爪を伸ばしてタヌキの腹を切り裂く。
それで意図を察したのか、イナバは既に温度が下がった石を持ってきて腹の中に詰めていった。
「ほら、この針と糸を使うといいよ」
ゼゾッラは何処からか取り出した針と糸をイナバに渡す。
「何から何までありがとうございます」
イナバは器用に針と糸を操り切り裂かれた腹を縫い付けていった。
「さて、仕上げだ。
ほら、そいつを持って私の肩に乗りなよ」
イナバは言われた通りにタヌキを持ち上げてゼゾッラの肩に乗る。
ゼゾッラはそのまま宙を駆けていくとあっという間に湖の中央まで移動した。
「ちゃんと物語の結末通りに終わらせないとね」
「お爺さん、お婆さん。
やっと貴方達の仇がとれました」
イナバはそう言ってタヌキを抱えていた腕の力を抜いていった。
ドボーーーーン!!
大きな水しぶきを上げてタヌキが沈んでいく。
その様子を見てゼゾッラはパチパチと拍手をした。
「おめでとう!
これにてカチカチ山は無事に完結というわけだ。
君の場合、後残っているのは因幡の白兎の物語かな?」
「そうですね・・・しかし、お2人についていけばその役割も終えれそうです」
「それは私の利益にも繋がるからね、歓迎するよ!」
2人はそんな会話をしながら戻ってきていた。
2人はかなり遠くまで行っていたはずなのに何故か俺にはその会話が聞こえていた。
聞こえていたはずだったが何一つとして理解できない。
ゼゾッラ、イナバ、タヌキ。
この不思議な力を持つ者達は一体何者なのだろうか?
そして、彼女達がいう役割とは?
そんな疑問を持ちながらも彼女達とこれから旅をしていくという事に俺は何の疑問も持っていなかった。
何故なら既に俺にも役割が与えられていたのだから。
〜カチカチ山の白兎編 完結〜
〜次回予告〜
新たな村に着いたシャルル一行。
そこで彼らは木彫りの少年と出会う。
少年を見たゼゾッラは狐と猫が舞台から退場していたことに気付く。
その過程で明かされる世界の真実。
役割を引き継ぐのは誰なのか?
次回、ピノッキオの冒険〜狐と猫が犯す罪〜