21話 王都とゼゾッラ姫
俺は夢を見ていた。
最近よく見る男の夢。
彼は貴族の婦人達に混ざって童話を朗読していた。
タイトルは赤ずきん。
ゼゾッラが言っていた赤ずきんが狼に食べられて終わるエンドだ。
彼が朗読を終えると婦人達は一斉に拍手をする。
彼は一礼をして婦人達にこの話の肝を語りだした。
「この話の狼と同じように男というものは狼と同じです。
決して食べられないように努努ご注意なされますように」
「あら、それじゃ貴方も狼なのかしら?」
彼の言葉の揚げ足を取ろうとしたのだろうか?
婦人の一人がそう問いかける。
「その通り、私も危険な狼であります・・・と、言いたいところですが私は狼や男である前に小説家です。
物語を集めて編集し、自分の言葉にして皆様に伝える。
この喜びの前では男の喜びなど些細なことです」
「あら、それじゃあこの物語も元のお話があるの?」
「ええ、こちらの話はスウェーデンの民話である『黒い森の乙女』という話を私なりに作り直させて頂きました。
元のお話はご婦人方に聞かせるには少々下品な表現がございましたからね」
「その配慮とても素晴らしいわ。
また私達のお茶会に招くので是非お話を聞かせてちょうだい」
「仰せのままに」
男は頭を下げてその会を退席しようとした。
その後ろ姿に婦人が別れの言葉をかける。
「次も楽しみにしてるわ、シャルル」
俺はベッドから跳ね起きる。
今の夢は何だ?
ゼゾッラが言っていた黒い森の乙女を赤ずきんに作り変えた男。
それが何で俺と同じ名前で呼ばれていたんだ?
心臓が痛いくらいにバクバクと動く。
あれは俺なのか?
俺が乙女が死ぬ物語を書いたのか?
俺より遥かに歳を食った男が自分の筈がない。
しかし、そう思い込もうとしても頭の中では先程の夢の光景がグルグルと回っていた。
そんな時に横から手をかけられて仰向けに押し倒される。
「そんなに酷い顔してたら眠れないだろう?
ほら、私の心臓の音を聞くといい。
心音は人を安心させるというからね」
ゼゾッラはそう言うと胸で抱きかかえるように、俺の頭を両手で包み込んだ。
「なぁ、俺は一体誰なんだ?」
「君はシャルルじゃないのかい?
それ以上でも以下でもないだろう」
「分からないんだ。
旅に出る以前の記憶がない。
覚えているのは与えられた設定とシャルルという名前。
俺は本当に粉挽き職人の家に生まれたのか?
何もかもが不確かで自信が持てないんだ」
俺はゼゾッラを掴んでいる手に力を込める。
その力に負けないようにゼゾッラはより強く抱きしめてくれた。
「大丈夫、きっとこの旅が終わる頃には君は確かな自分を獲得しているさ。
それに旅ももうすぐ終わる。
もう明日には王都に辿り着くからね」
「王都・・・」
そうだ、旅をしていて忘れていたが俺は元々王都を目指していたんだ。
それが旅の目的だった筈なのに何で忘れていたんだろう。
「大丈夫、きっと物語はハッピーエンドで終わるさ。
私はその為に猫になったんだからね。
今は気持ちを落ち着けて安心してお休み」
シャルルはそう言って子供をあやすように頭を撫でた。
その手の暖かさと心臓の音を聞いていくうちに俺は気持ちが落ち着き眠りに落ちていった。
次の日、俺たちは王都に入った。
今までの村と違い洗練された街並みは嫌が応にも自分を田舎者だと錯覚させた。
「シャルルは元々仕事を探しに来てたんだよね?
なら、私に任せてくれないかな?」
「ゼゾッラは王都に来たことがあるのか?」
「言ってなかったかな?
私はここの生まれだよ」
ゼゾッラはそう言うとスタスタと先を歩いていく。
「あ、おい。待ってくれよ!」
予想外の答えに一瞬固まってしまったが慌ててゼゾッラを追いかける。
彼女はどんどんと先に進んでいき、街の中心にある城までやってきた。
城には門番がいて不審者を通さないという仕事をしている。
当たり前の顔をして門を通ろうとするゼゾッラを当然ながら門番は止めた。
「止まれ!平民の娘が何用か!」
兵士は槍を横に向けて通せんぼするが、ゼゾッラはそんな兵士をにこやかな顔で見ていた。
「あら、仕事熱心なのはいいけど私の顔を見忘れたのかしら?」
彼女が門番にそう言う。
最初は如何わしそうな顔で見ていた門番の顔がみるみるうちに青くなっていく。
「大変だ!姫が帰還なされたぞ!!
急いで大公様にご連絡を!」
門番は慌てて近くにいた兵士に伝令を頼む。
その兵士もゼゾッラの顔を見て慌てて城の奥に向かった。
「もう通っても大丈夫よね?」
「は、ご無事で本当に安心しました。
おかえりなさいませ、ゼゾッラ様」
ゼゾッラが尋ねると兵士は敬礼をしながら道を開ける。
「そうそう、後ろの彼らは私の連れだから通してあげてね」
「あの者達は一体?」
「彼はカラバ侯爵。
私は彼の領地で保護され、彼の協力で無事にここに戻ることができました。
くれぐれも失礼の無いようにお願いいたします」
「なんと!
姫様の恩人は我が国の恩人と同じ。
どうぞお通りください、カラバ侯爵」
そう言って門番は俺も城の中に招き入れた。
カラバ侯爵?
一体何を言っているんだ?
それにゼゾッラが姫様だなんて何の冗談だろうか?
俺とイナバは互いに状況に対応できず、訳の分からないという顔をしながら案内されるしかなかった。




