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19話 チェシャ猫の暗躍

目の前の少年はこの村に狼が出るという。


その話を聞いた僕は笑いを堪えるのに必死だった。


僕の頭の中にはあらゆる童話の内容と結末が入っている。


それはあの日、自分の手で殺した継母の血肉と引き換えに得た知識だ。


この知識の中に彼の情報ももちろん入っている。


嘘をつき続けた結果、実際にその出来事が起きても誰も信じず助けに来てくれない。


飼っていた羊は全て狼に食べられる哀れな少年。


人間は嘘をついてはいけないという教訓の為に作られた嘘をつかされ報いを受けることになった可哀想な存在だ。


僕も似たようなものだから同情はするよ。


でも、結末は変わらないし変えられない。


誰かの手が加わらない限りは。


僕たちは宿に部屋を取ると別行動を申し出る。


ここにあの少年がいるということは狼も近くにいるということだからね。


途中で見かけた一団も全員が狼がキーワードになっている童話のキャラクターだ。


恐らく狼に関する何かが起きて探しているのだろう。


何が起きたかだいたい想像はつくけどね。


僕は村を出て森の中を歩く。


狼が出るといえば森の中が相場だ。


ある程度進むと森の奥から声が聞こえた。


「嫌だ、嫌だ、死にたくない」


ガタガタと震えて怯える声の主こそ探していた狼だった。


僕はなるべく陽気に声をかける。


「やぁ、そんなに怯えてどうしたんだい?」


狼はビクッとして後ろに飛びのく。


しかし、僕は観測する猫の能力を使ってその後ろに回り込んだ。


「大丈夫、安心していいよ。

僕は見ての通り只の無害なチェシャ猫さ。

君の物語とは決して交わることはないよ」


「ほ、本当か?

信じていいのか?」


僕は狼の前に立ち姿を晒す。


「見てごらんよ。

君を殺す銃は持っていない。

君のお腹を切り裂くハサミだってない。

お腹に詰める石だってないさ。

その後に糸だってないだろう?

レンガの家なんて作ることすら出来ないよ」


「わ、分かった。

それであんたは何をしにきたんだ?

俺が悪役の狼だってのは分かってるんだろう?」


僕はニヤニヤとした笑みを貼り付けながら話をする。


チェシャ猫にこの笑みは欠かせないだろう。


「僕は親切な猫だからね、君に教えにきてあげたのさ。

彼女たちがこの村に来ていることをね」


僕はそう言って先ほど観測した一団の映像を浮かべる。


「ひいいいいい。

どうして追ってくるんだよ!

俺のことは放っておいてくれよ」


「君は彼女たちの物語の中でどうなるか知っているんだね?」


「ああ、そうだよ。

最初にこの女の婆を食った時に唐突に脳裏に浮かんだんだ。

猟師に腹を裂かれて石を詰められのを。

山羊も同じさ。

子豚のところは燃えている暖炉に突っ込んだ映像だったけど、結末は皆同じだ!

全部殺されるんだよ。

俺は死にたくないんだよ」


「なるほど、君の気持ちは分かるよ。

それでこの村に逃げてきたんだね」


僕がそう言うと狼は頷いた。


「ああ、ここには悪い映像が浮かばなかったんだ。

羊を食べて退散するだけ。

後には泣いた男の子がいるだけだった。

初めて死なない場所に着いたのに何であいつらがいるんだよ!」


「彼女たちの物語は君を殺さない限り終わらない。

どれだけ逃げても必ず殺されるだろう。

だけどいい方法がある。

この中に一人だけ物語が変化する可能性がある人物がいる。

その人物の物語を書き換えられたら君は助かるよ。

何せ変わった後の話はこの嘘つき少年の話と同じ。

君が食べて終わるだけさ」


「ほ、本当にそんな方法があるのか?

教えてくれ!

俺は生き残る為なら何だってやるぞ!」


「ふふ、何でもやってくれるなら話が早いよ。

それじゃ、一回命を捨ててもらおうかな」








ゼゾッラの一人称が僕に変わっていますが間違いではありません。

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